王都を離れて

86 王都を離れて(1)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。冒険者デビューしてまだ半年程の15歳。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー。完全獣化と神秘魔法で大黒狼の姿などになれる。


・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、英雄アシュリーのサポーターをしていた。35歳だが、見た目が若く26歳程度にしか見えない。リリアンの前世を知っている。

・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。23歳。リリアンに好意を抱いている。


・カイル…リリアンの三つ子の兄で、灰狼族の若き族長。銀の髪と尾を持つ。やや(?)シスコン気味。

・タングス…仙狐(3本の尾を持つ白毛の狐)の兄妹の兄。前・魔王討伐隊一行を慕っている。

・シャーメ…仙狐の兄妹の妹。二人とも20歳程度の人狐の姿になれる。


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 大黒狼の姿で森の中を駆ける。

 誰かを乗せて旅をするのも、もう4度目でだいぶ慣れた。でも今回はちょっと今までとは勝手が違う。

 隣を走るのは大白狐。さらに私たちの少し後方から、銀狼と白狐が付いてくる。


「なんでリリがこんな事に手を貸しているの?」

 走りながら銀毛の狼――カイルが不満そうな声を上げた。



 私の兄のカイル。そして、狐獣人のふりをしている、仙狐せんこ兄妹のタングスとシャーメ。

 彼ら3人が王都に来た時に、まあ色々な事があった。そして急遽、その次の日にデニスさんシアさんとの旅へ出掛ける事にした。ニールと顔を合わせられないというのが、大きな理由の一つだ。


 カイルたちにもしばらく旅程に付き合ってもらう事になった。せっかく王都に来たばかりなのに申し訳ない。



 今回の旅は、本当なら馬車と走りで行くつもりでいた。馬車だと狼の足よりも遅くなってしまうけれど、私の背に大人二人は乗せられないのでやむを得ない。

 その話をすると、仙狐兄妹が協力を申し出てくれた。とても助かる。

 でもデニスさんを乗せる事には二人とも嫌な顔をした。まぁ、知らない人だしねぇ。

 それなら私がデニスさんを乗せると言うと、今度はカイルが反対をした。


 プライドの高い獣人にとって、人間を背に乗せると言うのが並大抵の事ではないというのは、理解はしている。

 でも私には前世の記憶があって、半分は人間みたいなものだから、そのあたりはどうもピンと来ない。

 カイルもその事を知っているから、私が獣人らしくない事をしてもうるさくは言わない。でもデニスさんを乗せる事は何故だか不満らしい。



「手を貸しているんじゃなくて、私が二人に手伝ってもらっているんだよ」

「あの事に関係あるの?」

「うん」

 あの事と、カイルがそう言うのは私の前世の事だ。そっか…… と、カイルは呟くと、まだ何かを言いたそうにしながらも、しぶしぶ承諾してくれた。


「ごめんなさい。カイル、ちょっと過保護で……」

 背に乗るデニスさんに、小声で謝る。

「いやー、あれは過保護ってどころじゃねえな」

 デニスさんは困ったような声でそう言うと、私の首に回した手を組み替えた。


「お前!! リリに抱き付くんじゃない!!」

「良いんだよ、カイル。ちゃんと掴まってもらわないと、逆に危ないんだから」


 また過敏に反応した兄にそう言い含めると、今度は兄の横を走る白狐――シャーメが声をあげた。

「そこのおっきいの。おねーちゃんが優しいからって、調子に乗らないでよね」

 シャーメには「リリアン」と呼べと言ったはずなのに…… すっかり元に戻ってるし。


「僕だって、リリアンに乗った事ないのに……」

 私の隣を走る大白狐――タングスがため息をつきながら言った。

 ちょっとまって。それってどういう意味?


にぎやかなのはいいけれど、お前らちょっと騒ぎすぎだぞー」

 タングスの背から、シアさんが仙狐たちをたしなめた。



 狼の足も狐の足も、馬車よりかなり早い上に、こんな森の中を走るのはお手のものだ。しかも二人とも獣の背に乗り慣れたようで、最初からスピードをあげる事ができた。

 目指す仙狐の住処に着くまでに、そう時間はかからなかった。


 * * *


 私たちがここを拠点にすることを、タングスとシャーメは快く承諾してくれた。

 旅の最中、町に宿を取り道中の記録を残す事は避けたい。とはいえ、野宿ばかりも体に負担が大きい。私が転移の魔法を使えるのだから、シアさんとの旅の様に家に帰ればいいのだけれど、ニールたちとの事もあるので、今は極力王都の家に帰るのも控えたい。

 昨晩、3人でそんな相談をしていたら、横からシャーメが口を挟んできたのだ。


「それなら、うちでお泊りしようよーー」

「いいの? とても助かるけれど、大丈夫かな?」

「大丈夫みたいだよ。ギヴリスも怒らないみたいだしー」

 ニコニコとそう言いながら、シャーメは白い尾を振った。

 確かに、仙狐の住処には前世で数日世話になったので、勝手もわかっている。広さも十分にある。

「そうだな、あそこなら部屋もあるな」

 シアさんも同じ事を思い出したのだろう。元より細い目をさらに細めて、懐かしそうに言った。


「おねーちゃんに毎日会えるしっ!」

 そう言いながら、さらに尻尾をぶんぶんと振る。大人しく横に居るタングスと視線が合うと、彼もうんうんと首を縦に振った。どうやら二人は歓迎してくれるらしい。


「デニスさんも、それでいいでしょうか?」

「いや、俺は世話になるだけだから」

 頭をかきながら言うデニスさんを見て、シャーメが少し首を傾げたように見えた。


 * * *


 さっそく、魔法で座標を記録する。これでいつでもここに帰って来ることが出来る。

「馬車よりずっと早かったし、やっぱりすげえよな」

「まあ、移動は早いですが、三日おきに王都に戻らないといけないので、その通りの時間はないですね」

「ああ、リリアンは王都に用事があるって、言ってたな。何があるんだ?」

 デニスさんが不思議そうな顔をして言った。

「例の貴族のお年寄り絡みです。また色々とお手伝いをする事になってるんですー」


「その日には俺らは特訓な。爺様にも挨拶しにいかねえとな」

 ニヤニヤと笑いながらシアさんが言う。

「一応メールはしておいたのですが…… 相変わらず返事がないんですよね。読んで下さっているとは思うのですが」

「まあ、爺様は嫌とは言わないでくれると思うがな。最初はリリアンも行くんだろう?」

「ですね。座標を記録しておきたいです」


 以前に古龍エンシェントドラゴンの爺様のところに行ったのは、神秘魔法を使えるようになる前だったので、まだ転移の座標を記録していない。

 とりあえず挨拶を兼ねて、明日にでも古龍の住処に向かう事にした。

 カイルは少し迷っていたけれど、まだしばらく私たちに付き合ってくれるそうだ。


 その後は仙狐の住処の空き部屋に、私たちの滞在する場所を作らせてもらって、1日が終わった。


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(メモ)

 仙狐、シャーメ、タングス(#29、Ep.10)

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