83 隠された事(1)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー(アッシュ)。神秘魔法で大人の姿などになれる。

・ケヴィン…人間の国シルディスの先代の王で、2代前の『英雄』

・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーに想いを寄せていた。


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 前世の記憶があって良かった事の一つに、幼い頃から文字が読めたという事がある。


 幸いにも育った家には代々伝わった大きな蔵があり、そこに投げ込まれていた過去の「拾い物」の山――特に書物は、私の知識を深めるのに大いに役にたった。


 しかし、それでも欲しい情報には足りなかった。

 6歳の誕生日に、ここ数年の人間の国の事が記録されている本をねだった。


 そして、クリスの死を知った。


 アシュリーは……あの時に命を落とした。

 でも仲間たちは、魔王を倒して本懐ほんかいを遂げ…… そして各々おのおの望んだ人生を過ごしているのだろうと、そう思っていた。


 思って、いたのに……


 たまらず、兄に全てを打ち明けた。

 突拍子もない私の前世の話を、兄は全て受け止めてくれた。


 * * *


 元々、勉強は得意だった訳じゃない。のだと、思う……


 残念ながら、前世の幼い頃の記憶が私の中にはない。

 私が覚えているのは、あの大事な仲間たちとの旅の間の事ばかりだ。どうやら全ての前世の記憶を持っている訳ではないらしい。

 しかし、それでも十分だった。


 得意ではないと言っても、一度は大人になった身に子供の勉強はぬるかった。本来なら15歳で終える勉強を13で終えた。

 それから1年は狼に成りすまして、国々を巡った。


 14になる頃に、人間の国の王都シルディスにおもむき、冒険者見習いになった。


 前世で縁があった少年の、将来が気になったのもある。純粋に馴染みの場所に足が向いたのもある。

 昔の古巣の、西地区の冒険者ギルドでの少年と再会した。

 あの頃私を見上げていた幼い少年は、見上げる程の立派な青年になっていた。


 前世の仲間と拾った狐獣人の少女も、今は笑顔で給仕の仕事をしていた。

 ちょうどその給仕の手伝いに空きがあり、住む場所と仕事を併せて見つける事ができた。


 * * *


 冒険者の見習いとして活動しながら王都の図書館に通い、人間の国の歴史を調べた。


 神代の時代からこの国は幾度となく魔王を倒し続けてきた。

 その度に神の国から勇者が召喚され、人間の国からは英雄が選出される。


 魔王討伐隊はまず、魔王を倒す為の神器を集める。

 それらはダンジョンの奥深くに眠っている。もしくは、険しく高い山の頂にある事も、湖の底に沈んでいる事も、ある家に代々伝わった物だった事もあった。


 東へ向かい、北へ向かったと思えば今度は西に向かい、ぐるぐると国中をまわってまた王都に戻る。

「スタンプラリーみたいね」

 そう、ルイは言った。


 ルイの国にはそういう「遊び」があるのだそうだ。指定された場所へおもむき、そこに提示された証を集め、全てを回って集める事で完了とする遊びが。


 私たちがしているのは遊びではない、これは大事な任務なのだ……


 なのに、何故……


 過去の記録を調べると、幾度かは同じ場所で神器を入手している。

 その場所の神器は過去の勇者の手により、持ち去られたはずではないのか?

 ならば、何故またそこに置いてあったのか? 新たな神器なのか、それともそこに戻されたのか??


 何故、私たちはわざわざ神器を集めさせられたのだろうか?


 * * *


 魔族領に入ってしばらくすると、今まで使えていた魔道具が、そして教会の魔法が使えなくなった。

 ケヴィン様に尋ねると、彼が英雄として旅をした時にも同じ事が起きていたそうだ。


 ならば何故、それは我らに伝えられなかったのだろうか?


「語ってはいけぬ事、そう思い込んで…… いや、思い込まされていた様だ……」

 そうケヴィン様は仰った。

 伝えられなかった事は、魔族領の情報だけではない。魔族の事、魔王の事、神器の事、そして世界の事……



 私が見つけた、過去の勇者が綴った手記には、それらの秘匿ひとくされた情報が書かれていた。


 彼らの手記は解かれる事もなく、教会の図書館に隠されていた。

 きっと誰も読めなかったのだろう。神の国の文字は非常に多く、複雑で難解だ。繰り返し出て来るいくつかの語彙ごいを拾う事はできても、おそらくその程度が限界だろう。


 開いて見ればなんて事のない、ほとんどが日常の呟きだった。

 食べ物が合わない、生活が不便だ、魔獣が怖い。そんな不平を手記に書き落とす。そして、時には淡い恋心をも。


 それを聞いたケヴィン様が、わずかに悲し気な目を見せた。


 元勇者カナエ様の日記を見つけてから、私もそれを読ませていただいていた。

 彼女と彼が、どれだけ互いを大切に思っていたか、嫌という程にわかっている。


 だから、この先を告げるのは、つらい……


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(メモ)

 本(#18)

 少年(Ep.1、#56)

 狐獣人の少女(#24、#56)

 スタンプラリー(Ep.8)

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