Ep.14 傷/デニス(2)
静かだったダンジョン内に
キマイラはSランクの魔獣だ。Bランクのこいつらが敵うような相手じゃあない。
「逃げろ!」
俺が叫ぶと同時に、キマイラは俺を目がけて飛び掛かってきた。
手にした大剣で獅子の牙を受け止める。が、竜の口がブレスを溜めているのに気づき、力を込めて剣を振り払った。
身をかがめると、俺の上を火炎ブレスが撫でていく。間一髪だった。
うわあ!という叫び声が聞こえて、振り返った。
BランクパーティーのリーダーがDランクの手伝いを突き飛ばして転ばせたのが目に入った。
「せいぜい時間を稼いでくれよ!」
そう吐き捨てるように言うと、リーダーは他のメンバーと一緒に来た道を戻って走り出した。
「待て! こいつも連れていけ!!」
そう叫んだが振り返る様子もない。見捨てるつもりか?!
Dランクは背負った荷物の持ち手が絡まり、立ち上がれなくてもがいている。駆け寄って、剣で持ち手を切って立ち上がらせた。
こいつを逃がさないと。
「早く逃げろ!」
もう一度叫ぶと、Dランクは転がるようにして部屋の出口へ向かった。
こちらを
キマイラが怯んだ隙に、Dランクの後を追って駆けだした。
――なんだ意気地のない奴らだな――
何故かこんな場所で、子供の声を聞いた気がした。
ダンジョンの通路には、キマイラの咆哮を聞いた魔獣たちが集まっていた。
前を走るDランクに襲い掛かる魔獣たちを、剣で振り払いながら走る。
なんであそこで油断をしたんだ。あんなにわざとらしい場所に罠があるのは、わかっている事だったろうに。
ここまでが順調すぎて、そんな簡単にしくじるわけがないと油断していた。Sランクになった俺には実力があるんだと、だからちょっとやそっとの事では問題はおこらないと思い込んでいた。あの時、俺が止めないといけなかったのに。
Dランクがダンジョンの石畳に足を取られて転ぶと、魔獣たちが彼を目がけて襲い掛かろうとした。
「うわぁ!!」
庇いきれなかった牙が、Dランクの腕に足に食い込んで、彼が叫んだ。
魔獣たちを剣と魔法で振り払う。怪我をしたDランクを抱えると、また走り出した。
その後は、ただただ無我夢中だった。
なんとか外に出た時には、もうDランクは息をしていなかった。
俺の
ダンジョンから外に向かう足跡がいくつかあるところをみると、他のヤツらはどうにか逃げおおせたのだろう。
背中が痛む。背中の傷が火を背負ったように熱かった。
魔力もほぼ尽きていて回復魔法も使えない。荷物は全てダンジョンの中に置いてきたので、ポーションも持っていない。
ここに来る前に寄ったあの村にまで戻ることができれば、生きていられるだろう。真っすぐに村を目指そう、遠回りをする余力はない。森へ向かう道に重い足を向けた。
この森にはレイスが出るのだと、村の年寄りは言った。
Dランクの遺骸を抱え、足を引きずりながら森の中を歩く。
まだ夜ではないというのに、薄暗い森の中では遠くから夜の生き物の声がかすかに聞こえる。
進めば進む程深く暗くなる森では、落ちてくる雪の白ささえ、濁って見えた。
――さん……
森の奥から、誰かの声が聞こえる。
――デニスさん、なんで……
守れなかった…… 俺が…… 俺が死なせた……
「すまない…… すまない……」
そう呟きながら歩く俺の後を、こいつの声が追ってくる。
こいつの姿をした何かが、俺の体中にすがってきて……
背中に付いた無数の傷が、また熱く痛んだ。
* * *
気が付くと、固いベッドに寝かされていた。
「まともな治療も出来なくてすまないね。こんな田舎の村には医者もおらんのだよ」
俺の様子を見に来た、あの婆様がぼそりと言った。
俺はあの森を出た所で倒れていたらしい。
村の坊主が俺を見つけたのは本当に偶然だそうだ。こんな雪の日に、わざわざ森に柴を拾いにいく者もそうは居ない。見つけてもらえなかったら、俺は雪に埋もれて死んでいたかもしれない。
俺が抱えていたDランクの遺骸は村人が埋めてくれたそうだ。
「あんたは…… 森でレイスに会ったかね?」
婆様は怯えた目でそう尋ねた。なんでそんなにレイスの事を気にしているんだ?
「……少女のレイスは居なかった。俺が見たレイスは、違うヤツだった」
俺が死なせた、あのDランクの冒険者だ。
そう言うと、婆様は両の手で顔を覆ってさめざめと泣いた。
「なあ、婆さん。いったいあの森で何があったんだ?」
「何もない。わしらは
ああ、いたわしい…… いたわしい……
そう老婆は嘆き続けた。
一晩休ませてもらうと朝には
まだ背中の傷が痛むが、国境の町のギルドに戻って今回の事を報告しなければいけない。
俺を見送りに出てきた婆様に言った。
「なあ、あんたらは
森で火事がおきても、小屋が炎に包まれても、この村の者たちは何もしなかったのだ。
「あの森番の男は乱暴者で…… 事ある毎に面倒を起こしていた。あの男が居なくなっても困る者は誰もいなかった。むしろ厄介者はいなくなればいいと……」
だから、何もせずに見捨てた。
「でもあの子まで死んで良かったわけじゃあなかったんだ」
村人が見ているレイスは、救おうともしなかった少女への罪悪感だ。
俺が見たレイスは―― 俺の後悔だった。
あの森に本当はレイスなんか居ない。それを見せたのは自らの心の傷だった。
老婆に礼を言って、村を出た。
あのパーティーの一行とは、あれきり二度と会う事はなかった。
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