73 守りたいもの

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー。

・シア(シアン)…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。

・サム(サマンサ)…前・魔王討伐隊の一人でエルフの魔法使い。15年前の討伐隊の任務の後、教会を抜けて行方をくらましていた。


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 ザッ、ザッ、ザッ……


 獣の耳が土を踏むかすかな足音を捉えた。シアも何者かの気配に気付いたらしい。すっと私から体を離し、外していた眼帯を付けた。

 地下室から階上にあがる階段に向けて、互いに目配せをする。彼の表情は先ほどまでの優しいものでなく、戦闘の時に見せる真面目なものに変わっていた。


 足音を立てぬようにそっと階段をあがる。

 かろうじて残っている壁の陰に隠れ、外の様子をうかがうと一人の男性が近づいてくるのが見えた。


 見る感じでは冒険者ですらない、近くの村の住人か何かだろうか。短剣ショートソードを手にしてはいるが、その構え方も、また足音を消さないその歩き方も、到底慣れたものとは思えない。

 むしろ武器を持つのも似合わない、たくましさよりもやさしさが似合うような、そんな青年だ。


 その青年は小屋の前に立つと、こちらに向かって声を張り上げた。

「そこに誰かいるのか?」


 * * *


 案内された村は先ほどの小屋からそう遠くはない場所にあった。こぢんまりとした村で、厳しいこの北の地で皆が助け合って暮らしているのだと、そう教えられた。

 なんとなく人の温かみを感じる村だと思った。村のあちらこちらにヤマキジが放たれ、山羊はのんびりと下草を食んでいる。どこかで子供たちがかくれんぼでもしているのだろうか? 数を読む幼い声が遠くから聞こえた。


 ノアと名乗った青年は、村長の息子だそうだ。見た感じ、年は30に届くか届かぬかくらいだろう。私たちがサムの知り合いだと聞くと、この村にいざなった。

 中央にある一番大きな家に案内され、簡素ながらも小奇麗こぎれいな雰囲気の応接室に通される。家のどこからか赤子の泣き声が聞こえた。


「私の父、この村の村長です。父さん、こちらのお二人は、サムさんのお知り合いだそうです」

 ノアさんの紹介を受け、それぞれ名を名乗る。

 目の前にいる村長も、ノアさんによく似た穏やかそうな壮年の男性だった。


 勧められてソファーに腰かけると、まず村長が口を開いた。

「なるほど…… 元討伐隊のシアン様ですね」

「ああ。様って、がらじゃあねえけどな」

 シアはばつが悪そうに頭を掻きながら答えた。


 また赤子の泣き声が聞こえ、ノアさんは「ちょっと失礼します」と席を立ち、応接室を出て行った。


「サムさん…… いや、サマンサ様を訪ねて来たのですね」


 シアが黙ってうなずくと、

「申し訳ありませんが、彼女は亡くなりました」

 そう、村長は話し始めた。


「彼女があそこに住み着いたのは、15年程前の事でした。村の者たちは、なんとなくですが彼女が元討伐隊の方だとわかっておりました。でも彼女はサムと……そう名乗りましたし、何やら理由わけがある様子で。皆、それ以上を訊こうとはしませんでした」

 それ程までに彼女は疲れ果てていたのです、と窓の方に目を向けて、村長は言った。


 こんな辺境の村には、医者も居なければ、調合師も居ない。魔獣が襲ってきても助けてくれる冒険者も居ない。村人たちの心遣いで、ようやく元気を取り戻したサムは、今度はそんな村の助けをするようになった。

 村人たちも彼女の素性をあえて聞くような事はしなかった。彼女が望んでいるのなら、そのままで良かったのだと。


 でもどんなに村人たちと親しくなっても、彼女はあの家を離れようとしなかったのだそうだ。


「何度も、村に住まないかとお誘いしたのですが、彼女は一向に首を縦に振ってはくれませんでした。今、思えば」


 村長は、私たちの方に視線を戻して言った。


「いつか自分が殺される事をわかっていたのかもしれません」

 村がその巻き添えをくらう事を恐れ、一人で居る事を選んだのだろう。



 ――しばらくの間があり、シアが口を開いた。

「そうか……」

 サムは殺されたのか――と、言葉にしなかった彼の心の声を感じた。


 わかっていた事だ。サムはもう死んでいるのだと。私たちはそれを確かめる為にもここに来たのだ。

 あの焼け焦げた小屋を見た時に、それが穏やかな死ではなかっただろう事も、覚悟はしていた。


「彼女が亡くなった時の事は――」

「僕がお話します」

 その声に扉の方を見ると、いつの間に戻ってきていたノアさんが、悲しそうな顔で立っていた。



「村の頼み事を彼女に伝えに行くのは、村長の息子である僕の役目でした。だから、あの日もいつもの様に彼女を訪ねたんです。でもあの日はいつもとは違っていました」


 つい最近――2か月ほど前の事だったそうだ。

 いつもの様にサムの家に向かったノアさんが目にしたのは、おそらく魔法使いであろう集団だった。

「10人以上は居たと思います。皆あの暑い最中さなかに頭から足先まである長いローブを身に付けていました」

 それは、こんな辺境の地ではまず見かける事のない、異様な光景だったのだと。ノアさんは咄嗟とっさに岩陰に隠れて、その様子をうかがっていたのだそうだ。


「あの小屋の前で、サムさんは連中のリーダーらしき人物としばらく話をしていました。その後、相手の女性は集団を連れて引き返そうとしましたが……不意に振り返って彼女に大きな魔法をぶつけたんです。そうしたら、他の魔法使いも一斉に……」


 そこまで話すと、ノアさんはつらそうに顔を伏せた。


「風と炎と砂埃と…… いろんなものが舞い上がって、僕も目を開けて居られなくて。やっと目を開けたら……」


 はぁと、溜め込んだ息をそっと吐き出した。

「リーダーの持つ大きな剣で、彼女は串刺しにされていたんです」

 それを見て、ノアさんは慌てて村に逃げ帰ったのだそうだ。


「僕は……何もできなかった。ずっと岩の陰に隠れている事しかできなかった。ごめんなさい……」


「サムさんは、うちのせがれの恩人なんです」

 ノアさんの隣に座る村長が、彼の肩に手を置いて言った。


「彼女は、いつも僕に来るなと言っていたんです。そして用が済んだらすぐに帰れと。自分に関わったら、良くない事になるからって。でもそんな事言ったって……」

 彼はそこで少し項垂うなだれてぎゅっと目を閉じた。そして、また顔を上げると言葉を続けた。


「……いや、すいません…… 連中は地下室まで見つけたらしく、全てを持って行ってしまった。あの家も燃やされてしまい、あの通り何も残りませんでした」


 ……いや。サムの事だ。おそらく、わざとあの地下室に色々と残してそれを持ち帰らせたのだろう。いずれこうなる事をわかっていたのなら、対策をしていない訳がない。ならば……


「彼女は貴方に何かを託していませんでしたか?」

 ノアさんにそう聞くと、彼は視線を落として目をらせた。


「……貴方からサムの匂いがするんです」


 家の奥から、また赤子の泣き声が聞こえた。

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