34 邂逅/デニス(2)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。帰省先の故郷から王都に向けて帰還中。神秘魔法で大黒狼や大人の姿などになれる。

・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属するAランクの先輩冒険者

・デビット…ワーレンの町冒険者ギルドマスター

・ジェス…冒険者。ミノタウロスに襲われたCランクパーティーの生き残り


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 そこへさっきカードを持って出て行った男性が戻って来た。何かあったのだろうか? デビットさんと何やら相談をしている。

 リリアンが、あっと何かに気付いた様な表情をしたのが、目の端に入った。改めてリリアンの方を見ると、立てた耳をぴくぴくと動かしながら複雑な表情をしている。

 ……また何かやったのか? こいつ。


「リリアン君、以前この町に来たその前にワイバーンを倒してるな」

 飲みかけてた茶を吹き出しそうになった……

 ワイバーン? じゃあ、一昨日食った肉はもしかしてそれか?


「ラントの町でワイバーンの討伐依頼が出ていたらしく、君が倒したのがそのワイバーンらしい。知らぬ間に居なくなっているとの警戒情報が来ていたので、それと照合して確認がとれた。こちらで依頼完了の手続きをしておこう。報酬は今用意している。経験値は先ほどのミノタウロスの分と一緒につけておくが」

 ここでデビットさんは顎に手をあてて、

「……ランクアップも可能だ。どうするかね? 望めばBランクにまで上げられる」

「うう…… あまり目立つのは困るので、Cランクくらいにしておいて下さい」

「ああ、そうだな。面倒の種にもなりうるだろうし、今はそこまではランクアップしないでおいた方が良いだろう」


「Cでもそれなりに目立ちそうだな……」

 冒険者になって半年足らずでB、Cランクになる者が居ない訳ではない。しかし、そのほとんどは上級冒険者に手伝ってもらって経験値を稼いだ、貴族の坊ちゃまたちだ。


 確かにリリアンも見習いの時期にそれなりに経験値は稼いではいたが、俺も西のギルマスもその辺りはしっかり確認しているので、過度の評価を与える様な事はしていない。なのでこれはほぼ彼女の実力通りと言う事だ。

「でも、デニスさんとクエスト行くのには、Cランクくらいにはなっておかないとですしー」

 俺の視線を感じたのか彼女は、そんな言い訳をしてみせた。



「そうだ、デニス君に面通しさせたい者が居るのだが、頼んでも構わないかね?」

「構いませんが、どのような人物で?」

「先のミノタウロスの事件の時に居合わせた冒険者だ。王都出身だと言っているのだが、照会しても情報が出て来ないのだよ。もしかしたら君の知る人物かもしれないだろうし」

「あの彼、まだ居たんですか?」

 リリアンもその冒険者の事を知っているようだ。


「事情を、何も話そうとしないのだよ。仕方ないので、王都のギルドに引き渡そうと思っていたのだが、例のダンジョンの調査でバタバタしていて後回しになっていた。今は念の為に隷属れいぞくの首輪を着けた状態で、町の雑用や手伝いなどをさせている」


 そう言って、デビットさんはまた部下の男性を呼び出して用を言付けた。

 待ってる間にデビットさんからミノタウロスを見付けた時の話を聞いたのだが…… 本当に何やってるんだよ、リリアンは…… ぶっ倒れたという話を聞いて、驚いてリリアンの顔を見たら、すげーバツが悪そうな顔をして目をらせた。

 ……後で説教だかんな?


 そんな話をしていると、ノックの音がして二人の男性が入ってきた。

 一人はデビットさんの部下で、もう一人は……


「……ジャスパー?」


 名前を呼ばれた彼は、咄嗟とっさにもう一人の後ろに隠れようとしたが、すぐに前に押し出された。間違いない。彼は『樫の木亭』の一人息子のジャスパーだ。


「お前、いったいこんなとこで何してんだ!? ずっと帰らねえ、連絡もないって、トムさんもシェリーさんも心配してるんだぞ!」


 ジャスパーはもごもごと何か言おうとしたが、何も言えずに項垂うなだれた。それを見て、深いため息が出た。


「あー…… デビットさん、すいません。確かに彼は王都西の冒険者です。差支えなければ、俺が責任もって西のギルマスに引き渡します」

「ジャスパーと言う名なのか…… 彼自身はジェスと名乗っていた。名前が違ったのなら照会をしてもわからない訳だ……」

「しかも彼が王都を出たのはもう1年以上も前です。名前なしで照会したとしても、すぐに判る者もあまり居なかったでしょう」

 ジャスパーは俺の後輩でもある。もし俺がこいつの照会の話を聞いてたらわかったかもしれないが…… いや怪しいか。これという特徴のある男じゃあない。


 こいつは普通過ぎたんだ。何か抜きん出た才能がある訳じゃない。とは言え出来の悪い奴でもない。

 生活の為に冒険者になったのなら、彼くらいの働きが出来れば、将来は生活には困らないだろうと思える、そんな冒険者だった。


 それじゃあダメだった。彼の父親――『樫の木亭』の店主のトムさんが、元はSランクの冒険者だったからだ。

 でも、トムさんも、奥さんのシェリーさんも、ジャスパーに過度の期待をわせた事はなかったはずだ。

 過度の期待という重荷を作ってしまったのは、彼自身だ。ありもしないプレッシャーを自ら作り、それに追われ、彼は町から逃げ出してしまった。


 可愛い一人息子ではあるが、成人している立派な大人だ。トムさんもシェリーさんも、心配をしながらも、でもどこかでしっかりやっているなら、元気で居てくれるならと、そう思っていたはずだ。


 それなのに、こんな形でこいつに会う事になるとは……

「ひとまず、話を聞こうか? ジャスパー」

 軽くにらみをきかせながらそう言うと、ジャスパーは顔を青くさせて一歩二歩と後ずさった。


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(メモ)

 ワイバーン(#10)

 上級冒険者に手伝ってもらって……(#6)

 ジャスパー(#1)

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