29 二人の狐(1)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。『変姿の魔法石』で大人の姿に化ける事ができる。

・ドリー…自称「人ではない、ゴーレムのようなもの」。ギヴリスの助手で、聖獣たちの健康管理をしているらしい。

・ギヴリス…リリアンを転生させた神。『黒の森の王』と呼ばれる獣人たちの神


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 目が覚めると、やけに飾り気のない真っ白なベッドの上だった。まるでベッドを隠す様に周囲にぐるりと白いカーテンがかけてある。天蓋てんがい付きのベッドだと思うにはあまりにも質素でアンバランスだ。

 カーテンを開けて外に出ると、隣にも似たようなベッドがもう1台あった。やはりこのカーテンはベッドを隠す為のものらしい。ほんの少し刺激臭のするこの部屋には、ドリーさんは居ないようだ。


 ドアを開けて廊下にでる。。わずかに物音がする方を目指して真っ白い廊下を進むと、さっき居た部屋がありドリーさんが机に向かって何かを書いていた。


「目が覚めましたか。やはり大分お疲れだったようですね」


 そう言われれば、やたらと体がスッキリしている様に思える。


「バランス調整もしておきましたから。あと各スキルのリミットを解除しておきました。ブースト機能も使える様にしてあります」


 リミット…… って上限って事よね。

 冒険者カードを取り出してスキルを確認しようと思うと、その瞬間、目の前に見た事のない文字の羅列が発現した。まるで空中にある見えない板にでも書かれている様だ。そして……見た事のない文字のはずなのに、私にはそれが読める……


「順応が早くて結構ですね。大分便利になったと思いますよ。それに神代文字は使える様になってもらわないと困りますので」


 これは私のステータスだ。それぞれのスキルの上限値にあたる部分には数字ではなくまるを二つ繋げた様な不思議な記号が入っている。


「えっと…… これって不味くないですか?」

「不味いとは?」

「教会の魔法使いの中には、スキル鑑定が使える方たちが居ます。闘技大会の時には必ず鑑定されてしまうので、さすがにスキル値が不自然過ぎると……」

「ああ、心配いりません。そこは貴女自分で偽装できますから。所詮しょせん人間の使う借り物の神秘魔法が、主から直接たまわった神秘魔法を破れる訳はありません」


 ……さらりと凄い話をされた気がする。

 神秘魔法? 聞いた事のない種類の魔法だけど……


「今お使いになったスキル鑑定も神秘魔法ですよ。あまり詳しい話は禁忌に触れますのでできませんが、その『教会の魔法使い』しか使えないとされている魔法は神秘魔法ですね。本来なら人が使ってはいけない力もあるのですが、直接神の力を削り取って無理矢理行使しているようです」

「……それが使える様になったって事ですか?」

「正確に言うと元から使われていましたが、バランス調整をしたので普通に使える様になったはずです」


 ええと、いまいち把握しきれない……

 だけど一つわかった事は、教会の魔法使いしか使えない魔法が私にも使えるようになったって事よね。


「まあ、その認識でいいと思いますよ。使いたかった魔法がある様ですし」


 うーん、見透かされるというのは便利なようで、でもなんだか恥ずかしい。


「あとこちらを。神代文字にしか対応していませんが、今の貴女には問題ないでしょう」


 渡されたのは、手のひらサイズの板の様な魔道具だった。


 * * *


「おねーーーちゃーーーん!!!」

 叫び声と一緒に、3本の尾を持つ白狐が胸元に飛び込んできた。

 が、今の私の体格では支えきれず、抱えた狐と一緒にそのまま後方に一緒に吹っ飛んで転んだ。


「こら! シャーメ!!」

 後から追ってきたもう1匹の仙狐せんこが白髪の男性の姿に変わり、転んだ私に頭を下げた。

「すいません、リリアン。シャーメがはしゃぎ過ぎてしまって……」

 そう言いながら、タングスはさり気なく私の背に手を回して痛む所がないかを見てくれた。

「だってだって! こないだは他の人もいたから、遠慮してたんだもん!」

 シャーメは言い訳をしつつも、狐姿のまま私に目一杯すり寄っている。

 それを見たタングスはちょっと何かを言いたげな顔をしてから狐姿に戻り、彼も全身ですり寄ってきた。



 私が前世でこの二人と出会った時には、まだやっと乳離れし始めたくらいの仔狐だった。母親を亡くし、きゅーきゅーと鳴いていた二人を放ってはおけず、僅か十日程の間だけだったけれど家族の様に一緒に過ごした。

 そしてつい五日程前にこの姿で再会したのだけれど、二人はちゃんと昔の事を覚えていてくれて、こうして慕ってくれている。


 今日も私がここに居ると知るとすぐに駆けつけて来てくれた。

 先日会った時には二人ともずいぶんと大人っぽくなったなあと感心していたけれど、この様子を見ると人目があったので我慢していたらしい。


鳳凰ほうおうの所にお泊りしたって聞いた! ずるい! 私たちの所にも泊まっていってくれれば良かったのに!」

 シャーメはすっかり甘えモード全開で、人狐の姿になっても私の腕にしがみついて離れない。タングスの方は逆に狐姿のまま、私の膝に顎を乗せてすっかりくつろいでいる。

 ドリーさんの前だと言うのに、二人とも全く気にしていない。彼の目は『人目』ではないようだ。うん、確かに間違ってはいない。


「お二人とも健康診断をして行かれますよね?」

 目の前のこの光景にどう思うわけでもないらしい。表情も変えずにドリーさんがそう告げると、二人とも聞こえない振りをした。

「タングスさん。シャーメさん」


 改めて名を呼ばれて、しぶしぶとまずタングスが声を上げた。

「まだリリアンに会ったばかりなのに……」

「リリアンさんの健診はもう終わってますから、今からやれば今日中にお二人とも終わりますよ」

 それを聞いてタングスは私の様子をうかがう様にちらと見た。ああ、この子もすっかり甘えているのね。仕方ないなあ。

「私は明日まではここに居るんだから、二人で順番に受けておいで」

 そう言ってタングスの耳の後ろを撫でてあげると、気持ち良さそうに「クゥ」と一声鳴いた。ほらと声をかけると、しぶしぶと立ち上がり私の口元をひと舐めしてから別室に入って行った。


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(メモ)

 仙狐(#25)

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