13 ワーレンの町

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。前世では冒険者Sランクの人間の剣士だった。完全獣化で黒狼の姿になれる。

・デビット…ワーレンの町冒険者ギルドマスター

・ザック…ワーレンの町にいたBランク冒険者パーティーのリーダー

・アンナ…Bランク冒険者パーティーの魔法使い

・リタ…Bランク冒険者パーティーのメンバー

・ビリー…Bランク冒険者パーティーのメンバー


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 見知らぬ部屋のベッドの上で目が覚めた。


 辺りを見回す。

 部屋には私が居るこのベッドに、小さなテーブルとイス。テーブルの上には水差しとコップが置いてある。他にはこれというような物もない、生活感の感じられない部屋だ。

 おそらく、ここはどこかの宿屋の一室だろう。


 そんな事を確認していると、ようやく思い出してきた。

 ミノタウロスを倒して、それでギルドマスターと名乗るおじさんと話をしてて…… あーー…… 急に眠くなったんだ……

 思い出した。そういや、丸二日以上寝ていなかった…… それでそのまま寝ちゃったとか。馬鹿か、私。


 自分でこの部屋まで辿たどりついた記憶は、明らかにない。という事は、かなりの迷惑をかけたという事だろう。

 細かい怪我などあったはずなのに、どうやら治してもらったようだ。

 見ると、服も大分汚れている。体――というか、手足とかは拭いてもらったようだ。大分汚れてただろうに。


 ドワーフの国を出てから、寝る時間もとらずにただ駆けていた。水浴びもしていない。さらにミノタウロスの血もついていたはずだ。汚い。しかも臭かっただろう。

 そんなものをここまで運んでもらったのかと思うと、無性に恥ずかしくなった。


 この国には種族の差別は基本的にはない。

 でも、全く居ないとは言い切れない程度に、差別をする人々も居る。そういう人が獣人を卑下するときに使う言葉に『獣臭い』がある。

 そんなは事ない……とは思うのだけど、確かに獣化する事もあるので、やはり気は使う。

 そのはずなのに…… 恥ずかしいやら、泣きたいやら、そんな気分になった。


 ふと見ると部屋の端に小さいシンプルなドアがある。もしやと思いベッドから出てそのドアを開けてみると、そこは浴室だった。

 風呂付きの部屋は珍しくははないが、決して安くもない。少なくともDランクの冒険者が普段使い出来るような宿代ではないだろう。

 でもその時は宿代の事より、今すぐにでもこの汚れた体を綺麗にする事しか考えられなかった。

 そのまま浴室に入り、湯を使った。


 そして、また失敗した。

 着替えがない…… いや、あるのだけれど手元にない。バッグの中だ。着ていた服は汚れていたので、体を洗うのと一緒に洗ってしまった。

 浴室のドアから居室を覗くと、ベッドのかたわらに自分の荷物がまとめてあった。

 良かった。

 水を切っただけの濡れた体のまま部屋に戻り、バッグからタオルを出して体を拭く。さらに衣類の入ったマジックバッグを引っ張り出した時。


 部屋のドアが開いた。


 * * *


「申し訳ありませんでしたーー!!!!」


 もう何度目かの謝罪の言葉を、ビリーさんが口にする。

 あの時、ギルドマスターさんと一緒に居た冒険者さんの一人だ。私より少し年上くらいだろうか。やけに軽装だったのを覚えている。かなりさっぱりとした短髪と明るい髪の色が、さらに身軽そうなイメージを演出していた。

 でも今はその短髪を、床にこすりつける様に頭を下げ続けている。その周りを取り囲む形で、同じパーティーのメンバーだという皆さんが彼を責め立てる。


 特に魔法使いのアンナさんの怒り具合が半端じゃない。昨日、私に回復魔法をかけてくれようとした女性よね。ただ優しそうなふんわりとした印象だったのだけど、今はしっかりきっちりしたイメージに見える。


 ビリーさんがアンナさんを「姉ちゃん」と呼ぶのが聞こえた。

 ああ、成程。確かにアンナさんの長い髪も、ビリーさんと同じ灰がかった金髪アッシュブロンドだ。

 二人の髪の長さが対照的なせいか、すぐには気付かなかった。


 さっきは咄嗟とっさに全力で叫んでしまった……

 そりゃ、真っ裸のところに知らない男性がドアを開けたら、そりゃあ驚くし、警戒もするし。ビリーさんが慌ててドアを閉めてくれたけど、あれはしっかり見られたよね……

 急いで服を着ていたら、ドアの外がバタバタと騒がしくなった。私の声を聞いた皆さんが集まってきてしまったらしく…… で、今に至る。


 油断をしていた私もいけない。彼に悪気がなかったのはわかった。

 どうやら私は丸一日近く寝こけてたらしい。ミノタウロスを倒したのが昨日で、今は昼前くらいだと教えてもらった。

 それで心配して代わる代わる見に来てくれていたそうだ。タイミング悪く、ビリーさんが来たタイミングと重なっちゃっただけだ。


「本当に申し訳なかった。パーティーのしでかした事は俺の責任だ」

 リーダーのザックさんまで頭を下げた。

 頼りがいのありそうなしっかりとした、いかにも戦士風の体躯が印象的で、昨日もギルドマスターの隣に居たので良く覚えている。


 被害者は確かに私だろうけど、ザックさんにまで詫びてもらうのは、むしろ申し訳ないような気持ちになってくる。

 目の前で深々と下げられた黒髪に向かって答えた。

「いえ、私が…… 部屋の鍵が掛かっていないのを確認せずにいたのが悪いんです! もう大丈夫ですから。ビリーさんは許してあげてくださいっ」

 私がそう言うと、ビリーさんは半泣きの顔を上げて一瞬きょとんと不思議そうな顔をし、また床に頭をぶつけた。


「それよりも、むしろ私が皆さんにご迷惑をお掛けしたのではないかと……」

 そっちの恥ずかしさを思い出し、気まずさと一緒にそう告げる。それを聞くと、剣士のリタさんがああとうなずいて、

「安心しなさい。運んだのは私だから。あのドスケベには指一本も触れさせてないわ」

 と、ビリーさんを指さしながら言った。


 確かにリタさんなら私くらい軽々だろう。女性にしては長身で、袖から覗く腕も引き締まっているのがわかる。もしも男装をしたら、とてもよく似合いそうだ。でも、ふうわりと巻いた少し長めの赤毛が女性らしさを演出している。ザックさんと並んだらいい絵になるだろう。

 いやでも、ドスケベだとか誰に運んでもらったかとか…… そういう事を気にしたんじゃないんですけどね。


 どう返事をしていいか困っていると、ザックさんの助け舟がはいった。

「そういえば、腹は減ってないか??」

「あ、お腹空いてます……」

 尋ねられて、やっと自分の空腹に気付いた。丸一日以上食べてなかったのだから、お腹も減ろう。


 アンナさんが隣に来て、私の頬に手をあてて顔色を見てくれた。

「あなた、スタミナ切れで倒れたのよ。よく眠れたならもう大丈夫だとは思うのだけど」

 ……そりゃ、あれだけずーっと走ってればスタミナ切れるよねー。どうやらミノタウロス戦が原因だと思われてるっぽいので、そういう事にしておこう。


 体調は大丈夫だと伝えると、皆と昼食を食べに出掛ける事になった。

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