12 八つ当たり

 ※残酷な描写と思われる部分があります。ご注意下さい。


◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。前世では冒険者Sランクの人間の剣士だった。冒険者デビューしたばかり。完全獣化で黒狼の姿になれる。


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 獣人の国へ行く為に、東の国境に向かって狼の足でがむしゃらに駆ける。正直、虫の居所が悪かった。


 どうにもならない事もわかってはいる。でも前世の自分の不甲斐なさが、無性に悔しかった。

 は死んでからも誰かを傷つけ、死んでからも誰かを悲しませている。自分の死をいたんでくれる人が居る事よりも、自分の死が人を傷つけている事が悔しかった。前世の自分が憎かった。


 ドワーフの国を出てからは、町にも入る気にならず、ひたすら昼も夜も構わずに駆け続けた。色んな思いがになっていて、何かにそれをぶつけたかった。安全な街道脇の森でなく、わざと山に近い危険な森を進んだのはその所為せいだ。こちらの道の方が近い、なんて言うのは、ただの言い訳に過ぎない。


 だからその通り道に居たミノタウロスは運が悪かった。私の八つ当たりの標的にされてしまうのだから。

 ある意味、そこにの冒険者たちも運が悪かった。もう少し私が着くタイミングが早かったら、もう少し持ちこたえられていれば、死なずに済んでいたかもしれないのだから。

 もうただの肉塊となった、人であったモノを握り潰しながら、牛頭人身の魔獣は獣人の姿に戻った私に威嚇いかく咆哮ほうこうを放った。


「面倒くさい」


 チョーカーに仕込んだ魔法石による制限を全部外し、愛用のロングソードを手にした。


 * * *


 ミノタウロスだった物から、ロングソードを抜く。何年かぶりに制限を全部外したので、かなり身軽に動けた。ミノタウロスはAランク相当の魔獣だ。それを一人で倒せたのだから、まあ悪くはない。


 前世の私はSランクだったけれど、最終的には『神の加護』が付いてSSランク相当になっていた。

 リリアンになってからの基礎力は大分戻って来た。スキルは前世のものも受け継いでいるから、総合するとおそらく今はSランク相当くらいか。


 次の闘技大会があるまでに、参加資格のあるAランクにまで上げておかないといけない。

 流石に冒険者デビューして2か月の小娘が、急にAランクになるのは不自然だ。でも故郷で加護をもらったとか、スキル上昇のダンジョンに行ってきたとか、そういう事にして闘技大会までに緩やかにランクアップしておけば、少しは誤魔化ごまかせるだろう。


 ミノタウロスを倒して、少し頭が冷えたようだ。辺りに散乱する、いくつかの遺体と、いくつかの人だった肉塊にくかいを見回す。この冒険者たちの事はどこかのギルドに届けないと。

 そう思っていると、かすかに複数の馬のひづめの音が聞こえた。


 * * *


 「ギルドマスター! 街道にミノタウロスが現れたそうです!」

 傷を負った青年と共に、門番が叫びながら冒険者ギルドに駆けこんできたのは、馴染なじみの冒険者パーティーのリーダー、ザックと話をしているところだった。


 気の付くギルド員がすぐさま青年に駆け寄り、回復魔法を掛ける。幸い彼の傷は深くはないらしく、息をきらせながらも訴えてきた。

「私の……所属するパーティーが、ダンジョンから戻る途中に、ミノタウロスに襲われました…… リーダーは私に応援を連れて来いと…… お願いします!! 早く、助けに行かないと!!」

 聞くと、彼らはCランクのパーティーらしい。その話が本当なら、のんびりはしていられない。


「すまないが、君たちも一緒に来てくれないか??」

 こんな小さい町に立ち寄る冒険者は多くない。今滞在してくれている、少ない冒険者の中で一番ランクが高いパーティーはBランクだ。そのパーティーが今ここに居合わせてくれたのは不幸中の幸いか。

 Bランク相当の冒険者が4人。さらに、ギルドマスターをしているが、自分も武器を持てばAランクの剣士だ。これならAランクのミノタウロス相手でもなんとかなるだろう。



 青年はジェスと名乗った。彼の仲間たちの安否もかかっているので急がないと。現地までは馬を走らせることにした。

 馬には乗れぬ者もいるが、二人乗りでも足で駆けつけるよりははるかに早い。

 ジェスには自分の馬に乗ってもらった。町まで走ってきたばかりのジェスに馬を駆らせるのはつらかろう。また現地までの案内もしてもらわねばならない。

「もう少し先です。あの丘を越えた先に……」


 ジェスが指をさした丘を越えた先には、黒髪の少女が立っていた。

「……誰だ? あれは?」

 ジェスがいぶかしげに呟くのが聞こえた。ということは、彼の仲間ではないようだ。


 少女のかたわらにはミノタウロスの巨体と、さらに離れたところに人らしきものたちが倒れているのが見える。

 もう少し近づくと、その少女が獣人であることがわかった。一つに束ねた黒く長い髪、その髪と同じ色の獣の耳と尾。まさにこの戦いで使ったのだろう、手にした鉤爪クローの血をぬぐっている。


 馬から飛び降り少女の元に駆け寄る。少女は急に現れた集団に驚いた様子でこちらを向いた。その黒い瞳が、わずかに炎を宿した様に赤く揺らいだように見えた。

「このミノタウロスは、君が倒したのかね?? ああ、すまない。私はこの近くのワーレンの町の冒険者ギルドのマスターで、デビットと言う」


 私が名乗ると、少女は丁寧ていねいに礼をした。

「リリアンと言います。冒険者です。私が通りがかった時には、ミノタウロスはもう手負いの状態で今にも膝を突こうとしていた様子でした。私は止めを刺しただけです」


 確かに。ミノタウロスについた深い傷は、ほとんどがロングソードによるものの様だ。

 見たところ個体としてはほぼ通常の大きさのようだが、それでもこの少女の倍近くの背丈はありそうだ。止めを刺しただけと言っていたが、それでも安易な事ではなかったろう。

 周りで倒れている冒険者たちは、残念ながらすでに事切れているらしい。彼らはミノタウロスをここまで追い詰めて、しかし果ててしまったのだろうか。


 獣人の少女にギルドカードを見せてもらうと、まだDランクだ。

 なんと。Dランクで、手負いとはいえミノタウロスと戦うとは……


「ここで止めを刺しておかないと、町が危険にさらされるのではないかと思いました」


 町の為に、自らの危険もかえりみずに立ち向かったというのか…… なんて勇敢ゆうかんな少女だ!! 目頭が熱くなるのを感じた。

「ひとまず一緒に町に来てくれないか?? 詳しく話を聞かせてもらいたい」

 冒険者が亡くなっているので、遺族に渡す書面も作らなくてはいけない。そう伝えると、快く引き受けてくれた。


 ザックたちに周辺の片付けを頼み、魔法使いのアンナには少女の怪我を見るように声をかける。

「よろしくお願いします」

 少女はそう言って魔法使いの方に歩き出すと、


 そのまま、どさりと横に倒れた。


「!!」

 アンナが驚いて少女に駆け寄った。そこに居た全員がその周りに集まり、アンナが少女の様子を確認するのを見守る。


「特に、大きな怪我などはありません。おそらくスタミナ切れでしょう」


 ほっと、皆から安堵あんどの息が漏れた。アンナが回復魔法をかけると、少女の顔色が少し良くなったようだ。

「回復の魔法と、眠りの魔法をかけておきました。目が覚めれば良くなっているはずです」

「そうか、アンナは彼女について居てくれ。他の皆はこの辺りをさっさと片付けてしまおう」


 そう声をあげると、全てを聞き終わらないうちに、もうザックとリタは片付けをはじめた。

「こんなちっちぇー体でミノタウロスと戦ったんだ。Dランクなら基礎力もそんなに高くはないだろうに。そりゃスタミナ切れも起こすよな」

 ビリーが少女の寝顔を眺めながら、やれやれといった様子で言った。

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