9 朝の風景、旅の話
わんこ…… もとい、リリアンの朝はとても早い。
日が昇る前、一番鶏より早く起きる。朝イチでするのは走り込みや素振りなどの基礎トレーニングだ。朝の薄明かりの中、『重量増幅』した上で街中の公園を何十周も走る。本当は町の外に出たいが、暗いうちは門番に止められるので、それは諦めた。
前世でSランクの冒険者だったリリアンは、その頃のスキルをそのまま引き継いでいる。なので並みの冒険者よりも動けるはずだ。しかし体力や筋力などの基礎力は高くはない。肉体自体は赤子からのリスタートなので、当然と言えば当然だろう。
その為こういった基礎トレーニングは、幼い頃からほぼ毎日行っている。おかげで今は、この年齢並み以上の基礎力を有するようになっていた。
* * *
デニスの朝も早い。
一番鶏と同じくらいに起き、準備運動をしていつもの公園に向かう。軽くジョギングを済ませた頃に、子供たちが集まってくる。デニスの育った孤児院の子も居れば、貧民街の子供もいる。彼らの、体力づくり程度ではあるが、朝のトレーニングの相手をしているのだ。
それが終わると、一人ずつにパンを手渡す。トレーニング目的でなく、そのパンが目的で来ている貧しい家の子供もいるようだ。でもそれでもいいんじゃないかと、デニスは思っている。
「腹が減ると、心も減るからな」
腹が膨れてちょっとでも嬉しくなれるのなら、それはいい事に決まっている。
* * *
アランの朝もそれなりに早い。
元々規則の厳しい騎士団に居た過去もあるし、今は雇われ人の立場である。主よりも遅く起きるわけにはいかないのだ。とはいえ、その主はむしろ寝坊しかねない生活態度なのだが。
庭で軽い運動と素振りをして家に入ると、アランと同じ頃に起床したメイドが朝食の支度をほぼ済ませている。軽く絞った布で体の汗と埃を拭い、普段着に着替えると主を起こすまでがいつもの流れだ。
* * *
ニールはちょっと朝に弱い。
王都に来る前には朝はメイドが起こしてくれていたし、今はアランが起こしてくれるので、それに甘えてしまっているのだ。最近は寝る前に図書館で借りてきた本を読みふけってしまっているのも原因だろう。これに関しては、一応冒険者としての勉強も兼ねているのでダメとは言えないと、アランは思っている。
着替えて顔を洗い、アランと共に食卓に着く。最近は夕食を外で食べる機会が増え、腕を振るう機会が減った為、メイドが以前より朝食の支度に力を入れるようになった。今日は具沢山の野菜スープ、モーアの燻製肉を薄切りにして敷いた
このモーアの燻製肉は自分の力で手に入れたものだ。まともに冒険者らしいクエストをしたのはあれが初めてだった。またあんな風に…… いやもっと上のクエストにも行けるようになりたい。
「……なぁ、アラン。俺も朝練するから、明日から早く起こしてくれないか??」
そう言うと、アランはちょっと驚いた様な顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻って澄まして言った。
「
藪をつついて蛇を出したと思い、一瞬眉間に皺が寄った。が、あの時の自分の甘さに気付いた事を思い出した。違うな、蛇なんかじゃない。
「うん…… 努力する」
はっきりと断言できない事は今は許してほしい。ひとまず今日は早く寝よう。
* * *
今日は久しぶりにデニスさん、アランさん、ニールとクエストに行ってきて、お陰で私はもう一つランクアップする事ができた。オークを狩ってきたので、夕飯はジンジャーソテーかトンカツかな?
ニールが「今日のクエストも、また食える魔獣なんだな」って言うと、デニスさんは「クエストの後にも楽しみがある方がいいじゃねぇか」って笑いながら答えてた。
でも、知っている。デニスさんは自分の取り分の肉を全部、孤児院に持っていくか困っている後輩たちにあげてしまうのだ。
お金を渡すのは、受け取る側の心が傷つく時もある。でも食べ物を渡すのなら、とりあえずはお腹を空かせずに済む。クエストで多く獲ったからと言えば、相手が受け取りやすい事もわかっている。だから、食べるのに困らなくなるクエストを選ぶ。自分が食べたいからと、言い訳をして。
いつもの様に『樫の木亭』でオークを調理してもらう事になった。席に着くとミリアちゃんが注文を取りに来た。
「こんばんは。デニスさん、この間はありがとうございました」
「ん?? ああ、あん時なー。気にすんな」
ひらひらと手を振って答える。
「リリちゃん、ちゃんとお礼言った??」
ミリアちゃんが私に小声で聞いてきた。
…… まだ、言ってない……
私の気まずそうな顔をみると、ミリアちゃんは「ちゃんと言わなきゃダメよ」と耳打ちして、去って行った。
3人の視線がなんとなく集まる。
「あー…… 大した事じゃねぇし。怪我した訳でもなかったから、もう良いじゃねぇか」
ミリアも真面目だからなぁと、デニスさんは呟いた。
「いえ、ご迷惑おかけしました。ありがとうございます……」
何とかお礼を言ったが、二人の…… 特にニールの視線が恥ずかしい…… ニールは顔に出過ぎるんだよー 何があったの?って聞きたそうなの丸わかりじゃない。
「こないだの礼拝の時な、リリアンがぶっ倒れちまったんだよ。で、俺がここまで運んだからさ」
間違ってはいない程度に、デニスさんが説明してくれた。
「あぁ、あの人混みですからねぇ。体調崩す人も居ますよね」
アランさんがなるほどと言った様子で
「リリちゃん、ウォレス様に笑顔がもらえて、嬉しくてのぼせちゃったのよね~」
飲み物を持ってきたミリアちゃんがニコニコしながら口を挟み、デニスさんの配慮を台無しにした。本人はそんなつもりはなく、また全くその事にも気付いていない。
「ルーファス様、格好よかったな~。リリちゃんも、旅に出る前にウォレス様に会えて良かったよね♪」
ミリアちゃんは上機嫌にそう言って、別のテーブルに向って行った。
「え? 旅??」
良かった、話が逸れた。この二人にはまだ言ってなかったのよね。
「うん。ニール、アランさん、私しばらく旅に出ますので」
ニールは今度はきょとんとした顔をした。今日は特に表情が忙しいね。
「実家に、冒険者になった事を報告して来ようと思いまして」
おおよそ1年ぶりの里帰りだ。
オークのジンジャーソテーの乗ったディナープレートをつつきながら話をする。
「リリアンの故郷って、やっぱり獣人の国?」
「うん、その中でも北の方にあるよ」
ニールは国と言ったが、正確には国ではない。獣人の村や町などが集まっており、それぞれが自治体として機能している地域である。
シルディス王国やエルフの国、ドワーフの国などに対して、便宜上「獣人の国」として括られているに過ぎない。
「それだとかなり遠いですよね。ここから国境まででも馬車で五日はかかりますし……」
「国境から、さらに馬車だと三日くらいですね」
嘘ではない嘘をついた。
「うへーー 遠そうだなぁ……」
「ちょっと寄る場所もあるので、戻るのはひと月後くらいになると思います」
「アラン、俺も行ってみ……」「ダメですよ」
アランさんにピシッと拒否されて、ニールはかなり情けない顔をした。
故郷の話をはじめたら、ニールの目がキラキラしていたから、そう言いだしそうな予感はしていたのよね。私としても、今回は色々と目的があるので遠慮してほしい。
「なんかお土産、買ってくるからね」
にっこりと断言して、ニールの希望を砕いておいた。さらに情けない顔になったニールを見て、デニスさんが諦めろと言いながら隠しもせずに笑った。
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