8 礼拝の日

 冒険者ギルドの扉を開けようとして、けたたましいひなの鳴き声に気付き顔を上げた。

 あの頃にはまだ軒下に巣を作ろうとしていた渡り鳥が、今ではせっせと餌を運んでいる。このところ毎日が充実していて、そんな風景に目を向ける暇もなかった事に、ふと気づいた。


 今年はスネークベリーが沢山収穫できたらしい。これも早々にバジリスクを退治してくれたおかげだと、調合師たちは口々にデニスさんを持ち上げていた。

 ただ退治するだけでなく、周りに被害を全く及ぼさずに済んだ事も良かったらしい。


 マーニャさんは大量のモーアの燻製くんせい肉などを受け取った後、他の冒険者たちと旅に出てしまった。アランさんは元々は中央のギルドの常連だったので、西ここではあまり顔が知られていない。

 必然的にデニスさんがその賞賛しょうさんを代表して受ける形になっていた。



「そういえば、あの時のモーア肉を爺様じいさまのところに持っていったんだ。そしたら、えらく喜んでくれてさ」

 一緒にクエストボードを眺めながら、ニールが嬉しそうに話す。曰く「爺様は孫にとても甘い」そうな。

「甘すぎてニールの為にはならないんですけどね」と、アランさんの気分は複雑そうだ。


 でもニールは、その爺様に揃えてもらったと言っていたやたらと立派な装備を、今は身に着けていない。

 今着ているのは、自分で稼いだお金を持って自分で店で選んできた装備だそうだ。見た目は地味だが性能は良いものを見つけられたと、自慢げに言っていた。


 その装備のお陰で以前のような貴族の坊ちゃんではなくの冒険者に見える。

 この西のギルドにも馴染むようになり、顔見知りになった先輩冒険者たちにも声をかけてもらえるようになったらしい。


 あれ以来、ニールはちょこちょこと西のギルドにも顔を出している。

 デニスさんにはもちろん、私にまで「冒険者の事を色々と教えてほしい」と言ってきた。アランさんかデニスさんに何か言われたのかな??


 でもあのニールが頭を下げて頼むのだから、さすがに無下むげには出来ない。何度か一緒にクエストを受けたり、知り合いの上級者に頼み込んで同行させてもらったり、ある日は図書館に行って勉強までした。


 そういえば、あの日から基礎トレーニングの時には『重量増幅』の魔法石を使わされてるそうだ。「お前の所為せいだ」って、恨めしそうに言われた。ワタシシラナイヨー


 あの日の先輩方のバジリスク狩りにも感激したらしく、俺も冒険者になったらバジ狩りたい!と、デビューすぐにでも行ってしまいそうな不穏ふおんな発言をしていた。

 なので、ちゃんとアランさんに報告しておいた。そしたら次の日、やっぱり恨めしそうににらまれた。ワタシノセイジャナイデスヨー


 そんな日々の合間を使って、私は着々と旅の支度を進めていた。


 * * *


 街に教会の鐘の音が鳴り響く。


 おおよその人間族は、この王都の名前でもある大地と豊穣の神シルディスを信仰している。

 王都の中央にある大教会もシルディス神のものだ。そして年に何度か、王族も参加する大規模な礼拝が開かれる。今日がその日なのだ。


 礼拝とは言うが、娯楽の少ない王都の住民にとっては宗教儀式ではなく催しイベントのようなものである。

 この日は王や、見目麗みめうるわしい姫や王子たち、また着飾った貴族たちの姿を見ようと、普段は礼拝に訪れない者たちも教会に集まる。

 もはや信仰を持たぬ者も多く集っているが、教会もむしろこういった人たちへの人気取りの為にこの催しイベントを利用している節もある。そんなんでいいのだろうか。


 そう思いながらもここに居る私にも、シルディス様への深い信仰は特にはないのだから、他人ひとの事をどうこうは言えない。

 でもまさか、そんな場所でデニスさんに見つかるとは思ってもいなかった。

 「ミリアちゃんが一緒に行こうって言うから……」

 ニヤニヤと笑うデニスさんに、ついつい言い訳がましい言葉を口にした。


 ミリアちゃんは第一王子のルーファス様の熱烈なファンなのだ。

 もう随分と前から、一緒に行こうとお誘いを受けていて断り切れなかった。まぁ、私にも目当てがあるので、断る理由もなかったんだけどね。


 さすがに教会内に群衆をすべて収める事は出来ず、礼拝は教会前の広場で行われる。

 教会前のシルディス像の前に祭壇が組まれ、前方の高台は身分の高い者たちの立ち位置になる。最前列は王とそれに連なる一族が並ぶ場所だ。後方の低い場所には詰めかけた庶民たちが居り、騎士団によって中央で分断され道が作られていた。



 礼拝が始まった。

 何やら仰々ぎょうぎょうしい様子で、白を基調としたローブに身を包んだ老人――大司教様が姿を現す。それに続き、やはり白を基調とした、ドレスにも見えるローブをまとった金髪の女性が現れ、祭壇の前に立った。

 今代の神巫女のローザ様だ。その美貌に、主に男性陣から感嘆の声があがった。


 祭壇のシルディス像に向かって、大司教が何やら難しい言葉で長い祈りを唱える。

 その後、神巫女がこちらを振り向き、声を上げた。

「我らが神シルディス様は、神代の時代より我らに恵みの力を分け与えてくださっています。我らは女神のお力により糧を得、そして大地と共に生かされている事を忘れぬよう。さぁ、皆で感謝を捧げましょう」


 大司教が両手を振り上げると同時に、王族たちがこうべを垂れ、それに続いて参列者たちが一斉に祈りを捧げた。



 祈りの後に、若干の大司教の有り難いお話を聞き、この日の礼拝は仕舞いとなる。王族から順に退場となるが、この退場が庶民にとってのお楽しみなのだ。


 礼拝の間は、王族や貴族たちはローブを深く被っているので、その正体は知れない事になっている。

「身分に関係なく等しく」を装う為の形式なのだ。実際には立ち位置などでおおよそわかってしまうのだが。


 そして一部の王族と貴族は退場の際にはローブを脱ぎ、えて民衆の中央に作られた道を通って退場する。それは「自分は礼拝に参加した」というアピールでもあり、また民衆の人気を得る為の行動でもあるのだ。政治にも宗教にも、ある程度の人気取りは必要らしい。


 王が歩き出し、それに二人の王子が続く。礼拝が終わった今、民衆に遠慮はない。

 王も十二分じゅうにぶんに民衆に人気の高い方なのだが、眉目秀麗びもくしゅうれいな王子たちにはそれとはまた違った人気がある。王子たちが一歩一歩歩いているだけで、女性陣の王子の名を呼ぶ声と歓喜の声が響く。まるでパレードの様相だ。


 ふと何かに気付いたように、退場する一人が立ち止まった。あれは第二王子のウォレス様だ。

 腰に差した愛用の剣に手をあてて、群衆を見回す。風のように流れる金の髪、星の様な輝きを讃えた碧玉へきぎょくの瞳が、衆目を集める。やや憂いた様な視線を左右に投げかけると、その度に視線の先からひときわ高い声が響いた。


 その視線がこちらに向き、目が合った気がした。

 ウォレス様は何故か少し驚いた様な顔をしたが、次の瞬間、その目は細まり優しく微笑んだ。


 頭に血が上って行くのがわかった。


 胸が…… 張り裂けそうだ……


 りんと響く、鈴の余韻よいんの様な音がどこかから聞こえた、そんな気がした。

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