7 夕飯は焼き鳥で

「「「お疲れさま」ですー」」」

 5人で声を合わせてジョッキを掲げる。テーブルには焼き鳥の山。タレも塩も両方盛り付けてある。もちろんサラダや他のおかずも色々と。野菜もちゃーんと食べないとね。


 マーカスさんの店に持ち込んだモーアは、1羽分だけ先に解体してもらい、その肉を『樫の木亭』にお土産として持ち込んだ。

 モーアは大きい鳥なので、肉だけでもかなりの量になる。店主のトムさんに渡したら、今日は食事代も飲み代も気にしなくていいと言ってくれた。

 それでも大分余りすぎるそうで、店で出すモーア焼き鳥をサービス価格にするそうだ。

 モーアの焼き鳥は人気のメニューだし、それがサービス価格で食べられるとなれば、この店もさらににぎわうだろう。


「そういや、このモーアは誰かの取り分??」

「ううん、これは皆の分だよ。17羽狩ったじゃん」

 ああ、と思い出したような顔でニールがうなずいた。

 10羽はクエスト分、さらに皆に1羽分ずつでマーニャさんだけ2羽だから、1羽余る。こうして余分に確保しておかないと、デニスさんは自分の取り分を皆に振る舞ってしまうのだ。


 焼き鳥は塊に切った鳥肉 (ヤマキジやモーア)をリーキと交互に串にさして焼いた料理だ。あまじょっぱいタレを絡めたものと、塩を振ったシンプルなものと、二つの味がある。

 料理屋には色々な魔獣の肉を使った串焼肉があるが、ここ王都では鳥肉に限っては『焼き鳥』と呼んで、このスタイルにするのが主流になっている。なんでだろう??



「そういえばリリアンさん、あのモーア狩りの時に変わった魔法石を使ってたようですけど、あれは何ですか??」

 取り分けたサラダを、嫌がるデニスさんに渡しながら、アランさんが聞いた。

「あー、これは『重量増幅』の魔法石ですー」


「「へ??」」

 皆が止まった。


「……体を軽くするならわかるんだが、なんで重くするんだ??」

「トレーニングの時に使ってるんです。体に負荷をかけると効果が高いので」

「なんだそれ……?? 聞いたことないぞ……」

「重量増幅の魔法石なんて、ワインを絞る時の重しにくらいしか使わないんじゃないかしら??」

「いや、騎士団にいた時に見た事ありますよ。但し、懲罰ちょうばつ用ですが」


 皆の視線が、今度はアランさんに集まる。

「ルールを破った団員は、罰として重量増幅の魔法石を付けて訓練を受けるんです。体も手足も自分のものではないように重くなると言っていましたが……」

「うん。だからそれでトレーニングしておけば、普段は体も手足もかるくなるでしょう??」

「……成程……」

 アランさんは口元に手をあてて考え込んでしまった。それを見たニールが、何故か苦い顔をするのが見えた。



 美味しい料理にお酒、会話も弾む。何の拍子か話は私のジョブの事になっていた。

 ニールは獣戦士についてもよく知らなかったらしい。獣戦士には『獣使い』持ちのマスターが付くと戦闘力がアップする事を説明した。

「うん、だからマスターが居た方がいいんだけどね……」

 でも正直気が進まないのだ。


 獣戦士にマスターが付くパターンは、おおよそ二通りある。

 一つはパーティーのリーダーが『獣使い』スキルをもっている場合。パーティーとして行動していればいいので自由度も高く、よくあるパターンだ。


 もう一つは『獣使い』もちの冒険者とペアになる場合。この場合はマスターと一緒に行動する必要があるので、自由度が低くなる。そしてそれが異性同士であった場合にはその特性上、その関係は恋人同士だったり夫婦だったり、もしくはその関係に発展する場合が多いのだ。


「冒険者になったんだし、どこかのパーティーに入ったりはしないのか??」

「……うん…… 基本はソロで活動したいのよ。やりたい事もあるし、パーティーに入るとそこに縛られちゃうじゃない」

「じゃあ、そのやりたい事に付き合ってくれるマスターを見つけるかよねぇ」

 マーニャさんが、ワインで湿した口でほぅと息を吐くように言う。


「でも女性の冒険者で『獣使い』持ちってなると、心当たりもいないし…… 男性なら『獣使い』持ちも何人か知っているんだけどね」

「マスターになってくれって、まるで告白するのと同じような感じよねぇ」

 そ・れ・よ!!

「べっつに、マスターになってもらう=お付き合いするって訳じゃないはずなんだけどさ」

 それに女性だろうと男性だろうと、相性の悪い人と長く一緒に居る事はできるとは思えない。


「……なら、好きな人相手の方がいいじゃない……」

 ぽそっと言った言葉に、ニールが驚いた様な顔をした。

 私に好きな人がいたら、そんなにおかしい??


「リリちゃん、ちょっと手伝ってくれないかしらー?」

 タイミングよくカウンターの方から声がかかり、席を立った。


 * * *


「ねえ、デニス。あの娘、好きな人でも居るのかしらねぇ」

 リリアンを見送りながら、マーニャが俺にむけて少し可笑しそうに言った。


「年頃の女の子だしなあ。居てもおかしくねえよな」

 そう答えながら、ジョッキのエールを飲み干して空にする。

 手を挙げて合図をすると、給仕のミリアが何をと言わなくてもわかっている様に、追加の飲み物を持ってきた。


「ねぇ、ミリア。リリアンの好きな人って聞いたことある??」

 さり気なくマーニャがミリアに声を掛ける。おいおい、そういう事聞くか??


「ん? なんでですか??」

「ほらあの娘、獣戦士になったじゃない。だからマスターを探すんだろうって話になってね」

「うーん、でも難しいんじゃないですかねぇ~ リリちゃんの好みのタイプ、ウォレス様みたいな人だそうだから」

 ごゆっくりと言って、ミリアは戻っていった。


 ……思いがけない名前が出たな。

 ウォレス殿下。ここシルディス王国の第二継承権を持つ王子で、今の王族の中でも特に眉目みめが良く、貴族から庶民まで女性陣の人気がとても高い。


「ふふふ、やっぱり女の子ねぇ。王子様に憧れるなんて」

「……嘘だろ、アイツのキャラじゃねぇ……」

 ニールが思わずと言った感じで呟いた。

 アランも何か思うところがあるのか、考え込んでいる。まあ、俺もちょっと意外だったがな。


 手元のエールをまた一気にあおったが、少々ピッチを早めすぎてしまったらしい。

 水をもらおうかとミリアを探すと、別のテーブルに給仕をしていたリリアンと目が合った。軽く手を挙げると、それを見たリリアンは何も言わずに厨房に行き、戻った時には水の入ったコップを持っていた。


「飲み過ぎてませんかー? デニスさん大丈夫?」

 俺が皆ほどは酒に強くはないのを知っているので、顔色を見てちょっと心配になったらしい。


 リリアンはテーブルを一通り眺め、もう一度厨房に行くと今度は果物で作った氷菓子を持ってきて自分も席についた。

「冷たくてうまいな、これ」

「お酒の後にいいですね」


 ニール、アランとは対照的に、マーニャは黙って食べている。氷菓子に続いてジョッキからワインを飲むと、満足そうに目を細めているので、あの食べ方が気にいったらしい。


 確かによく冷えた氷菓子は、焼き鳥の脂とエールで浸かった胃に気持ちよく染みわたった。

「えへへー、今朝のうちに作っておきましたー」

 リリアンはそう言いながら自分の氷菓子を口に運び、とても美味しそうに、幸せそうに微笑んだ。

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