6 初めてのDランククエスト/ニール

 この国には何年かに一度、冒険者の中から『英雄』を決める大会がある。その大会に参加するには、まずはAもしくはSランクの冒険者でなくてはいけない。

 英雄の一族という栄光が欲しい貴族たちは次男以下、特に三男以下の穀潰ごくつぶしは必ず、冒険者となるよう育てる。


 この王都の「冒険者見習い」制度は、元々は冒険者にならなければ生計を立てることが出来ない、孤児や貧民の子供たちを救済する制度だそうなのだが、『英雄』を目指す貴族の子供たちにとっても都合が良い制度なのだ。

 彼らの親たちは、金を払って上級の冒険者を雇い自分の子と組ませる。その冒険者は貴族の子の先生役にもなり、また『見習い』として彼らのクエストに同行させる事で、貴族の子は効率よく経験値をあげることが出来るのだ。


 俺とアランとの関係も、そういった感じのものだ。


 この王都はいびつな菱形に近い形をしていて、東西南北と中央との五つに地区分けされている。そして、南を除くそれぞれの地区に冒険者ギルドがある。

 貴族の子供たちは中央の冒険者ギルドを利用する事が多い。それぞれがライバルなので、お互いパーティーを組むことはまずない。パーティーを組むときには、大抵金を払って上位冒険者を雇っている。


 なので、こんな日は珍しいのだ。


 * * *


 今日はアランに連れられて、西の冒険者ギルドの先輩方との、しかもDランクのクエストだった。まだ冒険者見習いである俺はFランクのクエストにしか登録は出来ない。だから先輩方のクエストを見て勉強しろという事かと思っていた。


 が、甘かった。

 しっかり狩りに参加させられた。しかも、その上でアランに説教を受けてしまった。

「リリアンさんが朝からやっている色々な雑事は、本当は見習いの貴方がやらなければいけない事なんですよ」

 さっきの狩りの事で何か怒られるんだろうと思っていた俺にとっては思いがけない言葉で、一瞬頭が真っ白になった。


 中央のギルドでクエストを受けた時には、俺はクエスト以外の事は何もしなかった。

 色々な手続きや準備は俺がやらなくてもアランがやってくれるし、たまに他の冒険者とクエストを受けた時も、『雇い主』である俺に面倒な仕事をさせるような事にはならなかった。

 でもアランは冒険者として活動するのならやらなければいけない事を、今までちゃんと俺に教えてくれていたのだ。それを話半分で聞き流していたのは、俺だった。


「ニールは冒険者になりたいんじゃないんですか??」

 アランは言った。

 そうだった…… 中央ギルドで見かける、貴族出身の冒険者たちのようなエセ冒険者にはなりたくない。


 リリアンに「見習いとしての仕事を教えてほしい」とお願いすると、やたらと驚かれた。

 一応貴族だと打ち明けた俺が、下っ端の仕事をしようとしてる事に驚いたのかと思ったらそうではなく、自分がもう見習いじゃなかった事を忘れていたらしい…… お前、朝自分でEランクだって言ったじゃねえか……


「ついいつも通りにやっちゃってた。ごめんね、ニールのお仕事取っちゃってたね」

 そうか朝からリリアンがせっせと動き回っていたのは、冒険者見習いとしては普通の事だったのか。


 クエストの内容を聞いてギルドから必要なものを借りてくる。パーティーの共同の荷物を持つ。休憩時にお茶を準備し、終われば片付けをする。俺はそんな風にくるくると動き回るリリアンを「よく働くやつだなー」と思いながら見ていただけだった。

 そんな自分を思い返すと、とても恥ずかしくなった。


 次のクエストに移動する途中、アランから話を聞いたとデニスさんに話しかけられた。

「見習いやランクの低い冒険者が、上位の冒険者のクエストに同行させてほしかったら、ちゃんと下っ端仕事ができないとダメだからなぁ。貴族のボンボンたちみたいに、ただランクと腕を上げればいい、仲間は金で雇えばいいって言うなら、こんな事はしなくてもいいんだろうけどな」


 どうやらデニスさんはこの事をなんとなく察していたらしい。だからアランからクエスト同行の相談を受けた時に、リリアンといけるように手配したそうだ。


「リリアンの『手伝い』はほぼ満点だからな。クエストを聞いて、準備する物、どんな魔獣か、どの辺に行く事になるかも、大抵わかっているみたいだ。狩りの後の処理なんかもバッチリ。まるでように色々と動けるヤツだ。気遣いもだが、知識とか観察力なんかもあるんだろうな」

 まだこの後もあるし色々と教わればいいさ、と言って、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


 * * *


 俺たちのモーア狩りと先輩方のバジリスク討伐。両方のクエストを無事に終えて、夕方前には王都へ帰り着いた。


 冒険者ギルドに着くと窓口で報告と清算をする。今回は提出するのがモーア10羽にバジリスク1匹と大荷物だったので、受付嬢の案内で広い倉庫に通された。


 受付嬢の上司だと言うおっさんも後からやってきた。

 リリアンと二人がかりでマジックバッグからモーアを出していると、少し離れた場所でデニスさんがおっさんと何かを話している。「うん」とか「そうか」とか聞こえた後に、二人がこちらにやって来た。

「ニール。今日のモーア狩りではお前もしっかり活躍したから、その事をギルマスに話しておいた。特例で半分だが経験値を付けてくれるそうだ」


 このクエストは王都に住む人たちの食糧を確保する為のものでもあるので、成功報酬金は少なめなんだそうだ。代わりに経験値は多く貰える。なので半分でも見習いの俺にはとても多く、有り難い。

「あ、ありがとうございますっ!」

「坊主、今日は結構しっかりと働いたそうじゃないか。デニスが言うんだから、間違いないしな」

 このおっさんが西のギルマスなんだそうだ。がっしりした腕を腰にあてて気持ちよく笑った。


 倉庫にモーアを10羽出すと、バッグの中には7羽が残る。普段は勝手に狩ってはいけないモーアだけれど、このクエストを受けた時には自分たち用のモーアを余分に狩っていい事になっている。報酬金が少ない代わりなのだそうだ。


「じゃあ、私たちは皆の分のモーアの解体を頼んで来ちゃいますねー。マーカスさんのお店でいいですか?」


 自分たち用のモーアは肉屋で解体処理をしてもらうそうで、マーカスさんは燻製くんせい肉や干し肉の加工が特に上手いとリリアンが教えてくれた。

 皆にそれぞれどんな処理を希望するか――肉のままか、燻製や干し肉にするか、肉以外の素材をどうするか――を聞き取ってメモをしていく。少なくとも肉の1割は解体料の一部として肉屋に渡すそうだ。


「お肉屋さんも、売る為のお肉が欲しいからねー」

 普段から売っているウサギやヤマキジなんかの肉と違って、冒険者が持ち込むモーアやオークなどの肉は町の人たちにとって『ちょっと上級のごちそう』だ。なので当然、肉屋としてはそれを店に並べたい。

 解体を引き受ければ、その代わりにギルドを通さず肉を入手できる。そんな風に、持ちつ持たれつな仕組みになっているそうなのだ。


 マーカスさんの店までは少し距離があって、歩きながら『手伝い』についてまた色々とリリアンに教わる事ができた。

「今日は本当に、気が利かないでごめんね」

 リリアンが首をすくめて謝った時、ちょっと可愛いと思ってしまった。


 今日は珍しい日だと思っていたけれど、俺が知らなかっただけで、なんて事のない多分普通の日だった。

「焼き鳥、いーっぱい食べようね!」

 嬉しそうに言うリリアンに「お前も食いしん坊だな」とからかいながら、ああ今日は良い日だったなぁと、心からそう思った。

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