第3章 星の世界
第26話 星の世界1
いつか教室で
今度は野田がその童謡を歌っている。服装のみならず鼻歌の選曲もかぶるとは、さすが親友同士だ。
「先生」
公園灯の柱に背をもたれていた彼女は鼻歌を止め、やつれた様子で振り返る。
トートバッグから虫よけスプレーと、携帯できる小型の扇風機を取り出して貸してくれた。
こんな時にまで気が利く。
自動販売機でジュースを奢り、ベンチに座らせその横に自分も腰かけた。
暗い夜の公園だが他にも人影があった。眼鏡を掛けた男性と、
「澄空、どうしたの?」
「今、母が寝かしつけてます」
それは先ほどの電話で聞いたから知っている。
尋ねたかったのは今現在どうしているかではなく、澄空のどのような発言や行動が野田を動揺させたのか、ということだった。
野田は「母がいる時は、母に寝かしつけてもらわないといやがるので」と続ける。
「昨日の夜は母が家にいなかったので、私が澄空と一緒に寝ていたんですけど、真夜中に澄空が起きたんです。『パパが死んじゃう』って泣きながら……。今日の夕飯の時にどうしてそう思ったのか訊いてみたら、『せんせーがいってた』って。それで……」
それで電話してきたということらしい。
「ごめんなさい。子どもの言うことなのに真に受けて電話しちゃって。もしかしたら幼稚園で何か言われたのかもしれないです」
蝉の死骸を見つけた公園での会話を思い出し、血の気が引いた。
「ごめん。俺のせいだ」
野田が顔を上げこちらを静かに見つめる。
「この前澄空を自然公園に連れていっただろ。そこで澄空が蟻を潰そうとしたんだ。だから、生き物は死んだら生き返らないって、人間もいつか死んで遠くへ行くんだって、そう言っちゃって……」
後先のことを考えずに放った余計な発言が姉弟を不安に陥れた。
「遠くへ行く……。そういうことですか」
犯人をつきとめたというのに野田はやけに落ち着いた声で「私のお父さん、病気なんです」と言った。
「澄空がまだ上手く喋れなかった頃、父が会社で倒れたんです。病院へ運ばれて大きな
「今も入院中なの?」
野田たちの住む部屋の中に、お父さんの気配は一切無かった。
「今は東京の病院に移って、そこに入院したり退院したりを繰り返してます。だから父だけ病院に近いおばあちゃんの家で暮らしてるんです。働けなくなった父の代わりに母が大黒柱になって、毎日遅くまで仕事して、休みの日になったら車で父のところへお見舞いに行くっていう生活をしていて、だから、忙しいんです」
「澄空は、お父さんが病気だって知らなかったんだ?」
「はい。不安がらせちゃいけないと思って、隠してました。パパがおうちにいないのはお仕事をしているからだって、今までそう説明していたんです。パパは遠くの病院で、お仕事を頑張ってるんだよって……。遠くの……」
野田はとうとう泣いた。
泣きながらトートバッグを漁り「ハンカチ忘れちゃいました」と言うので、運よく持っていたポケットティッシュを渡す。
「本当にごめん。澄空に生き物はいつか死ぬなんて話、するべきじゃなかった。そんな事情があるなんて知らなかった」
死ぬということは、遠くへ行くということ。
真夏の公園で、かつて命だったものを前にそんな言い方をした。
まだ幼い澄空を刺激しないように歪曲な表現を使ったことが裏目に出てしまった。
「いえ、先生は悪くないです」
罵倒されてもおかしくないと思ったが、泣いている割に野田は冷静だった。
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