第13話:推しキャラと即入居可

「ほうら、『即入居可』だって」


 早速うちのアパートの空室状況を調べた霜田しもだあかねは、その住宅情報が表示された画面を印籠いんろうみたいにこちらに向けてきた。


 ちなみに、話がひと段落したあと、高熱にうなされていたせいで睡眠不足のルリは、「ちょっと眠くなっちゃいました……」と言って、俺のベッドに入って眠りについた。


 ちなみに、ルリが毎日8時間睡眠しているのは、コンピレーションアルバム『音無こんぷりーと! vol.3』初回限定版(333枚限定)に入っているオーディオドラマで話されている超初歩的な情報だ。


「ま、別の階だけどね。それでも、監視には十分でしょ?」


「え、まじで引っ越すつもりなのか?」


「何? 監視されたら困るわけ?」


「いや、俺はいいけど……」


 霜田も俺が何を言いたいのかは分かっていたらしく、


「……ま、ちょうど引っ越さなきゃ行けない時期だったから」


 と、真顔になってつぶやく。


「更新のタイミングってことか?」


「ううん。……まあ、色々あるんだよ」


 不愉快そうに吐き捨てる霜田。


「色々って、もしかして……」


「……この間、うちのポストの上に、あたしが好きだってよく言ってるエナジードリンクが置いてあった」


「っ……!」


 嫌な予想が的中して、ぞわわ……と、背筋が凍る。


 つまりそれは、霜田のファンが、霜田の家を特定した可能性があるということだ。


「部屋番号までは割れてないだろうし、その一回きりだし、そもそもあたし宛かも分からないから、ストーカーって断定することも出来ないんだけどね。他の住人がエナドリ買って帰ってきて、ポストを開ける時に一旦置いてそのまま忘れちゃっただけかもしれないし」


 たった一回なら、たしかに根拠としては弱いかもしれない。でも。


「でも、まあ、なんにせよ、そういうことがあったら、今までみたいな気分では住めないから。潮時かなって」


「なるほど……」


 俺は、そこで一つ思い当たる。


「そしたら、ルリがいたほうが心強かったよな……ごめん」


 そういうことがあった後、一人でいるのがどれだけ心細いことか。想像するだけでも身がすくむ思いだ。

 そう言った意味でも、ルリと一緒に住めることは、霜田にとって吉報だったんじゃないだろうか。


阿久津あくつが謝ることじゃないでしょ。もちろんルリちゃんと二人暮らしだったら全然違うけど、ルリちゃんが具合悪くなる以上しょうがないし」


「まあ、そうかもしれないけど……」


「おーい、あんたがそんな暗い顔してどうすんだっての。いいんだって、そういう理由の引っ越しってことなら、事務所も補助金出してくれるし! それに、実質、ルリちゃんと一つ屋根の下だってことでしょ? それにほら、」


 一瞬もじもじした間を開けて、霜田は言った。


「あんたもいるし、さ?」


「まあ、当然俺はいるけど……。そんな、昨日今日会ったばかりの男を信用していいのか?」


「信用っていうか、その……なんていうの? 会ったのは昨日だけど、別に知ってはいたし……」


 なんか頬を染めてぶつぶつと言い始める霜田。


「知ってた……?」


「だって、ほら……『あくゆう』なんでしょ?」


 それは俺のアプリの中でのトレーナーネームだ。


「ルリちゃんがデビューした時から、ずっとあくゆうがトップマネージャーじゃん。あたし、仕事で落ち込んだ時とか、自分がやってることって何か意味あんのかなみたいなこと思った時に、ルリちゃんのマネージャーランキング見るようにしてたの」


 そこで、ふふ、と霜田は微笑む。


「……そしたら、また、馬鹿みたいに課金してくれてる人がいるなって。なんか、現金なこと言うけど、少なくともこの人にとっては、その金額をかけるほどの価値があるんだって、その価値を生み出せてるのかなって思ったら、元気出た」


「そう、なのか……。いや、まじで現金だな?」


「ま、だからって『あくゆう』が……阿久津がやばくないとは限らないけどね? むしろやばいやつって可能性の方が高い。ていうか実際やばい」


 俺のツッコミを無視して、霜田はやばいやばい言ってる。やばいんじゃねえか。


「……でも、あんたがやばいほど小鳥遊たかなしルリにしか興味がないのはよく分かったから」


「それは本当そうだけど」


「即答じゃん。やば」


 あはは、と笑う霜田のおかげで、少し空気が弛緩する。


「ま、本当に引っ越すかはちょっと考えるけど! ていうか、もうこんな時間……! 一旦帰らなきゃだから、もう出なきゃじゃん……!」


「あ、俺もそろそろ準備しなきゃ」


 今日は月曜なので、大学に行かなきゃいけない。


 霜田はそっと立ち上がる。


「じゃね、ルリちゃんのことは、また相談しよ。くれぐれも手を出さないでよ?」


「はいはい……」


 玄関に向かいながら、ふと思いついて、


「どっかまで送ろうか?」


 少し怖い話も聞いたので、そんな申し出をすると、霜田は呆れ目で俺を見る。


「送られた方が困るっての。誰かに見られたらどうすんの? 申し開き出来ないでしょ、この状況。朝帰り確定だわ」


「それもそうだな……」


「でも、」


 そして、霜田は可憐な笑顔を咲かせる。


「気持ちだけ、ありがとね」




 そしてその夜のこと。


『夜遅くにごめん、阿久津』


 電話越し、彼女は震える声で言った。


『……お願い、迎えに来て』

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