推しキャラがスマホから出てきてくれたので同居することにした #推しこと
石田灯葉
第1話:推しキャラと奇跡の誕生日
『才能とか環境とかで諦められないことを、"夢"って呼ぶんじゃないんですか!?』
渋谷スクランブル交差点。
消えてなくなりたい。と、自嘲的思考を引きずり歩いていた俺は、頭上に聞こえた、綺麗でまっすぐな声に足を止める。
ぼやけた視界の中、見つけた声の主は、なんと、超大型ディスプレイの中にいた。
『……だから、わたし、絶対にトップアイドルになってみせます』
その下には、ポップな文字で彼女の名前が踊っている。
『新規育成アイドル
それが、俺が推しキャラに出会った瞬間だった。
……いや。
今になって思うと、俺が
===
「ゴメン、
23時30分。今まさにタイムカードを押そうとする俺を店長が呼び止める。
「あ、すみません、俺、今日は……」
「そう言わずに頼むよ。終わったらお店の生ビール一杯だけ飲んでいいからさ」
「魅力的な提案ですけど、今日は、というか、明日はその……」
一瞬言い淀んでから、
「
と言い切ってみる。
いや、嘘はついてない。”Lover”の彼女じゃなく、”She”の方の彼女だけど。
あと、誕生日を迎えても彼女は歳を取らなくて、17歳から17歳になるだけだけど。
「ん? 阿久津クン、彼女なんていたっけか? 初耳なんだけど……?」
「そ、それは話すタイミングがなかっただけというか……」
「ええ? ほぼ毎日、労働条件ギリギリアウトで働かせていて、誰よりも顔を合わせてるアタシに?」
「ギリギリアウトはダメでしょ」
「キミが望んだんだろうが。話を逸らすな」
う、さすがにごまかせないか……?
「てーんちょ! まーまーいーじゃないですかぁ。
「あー最推しキャラの……ついに二次元キャラを恋人認定をしちゃったか……」
キッチンでデザートを盛り付けていた
「そういうことです! じゃ、おつかれっした!」
「お疲れ様。あー……彼女によろしく……でいいのかな?」
「おつかれ〜。てんちょ、デザート出来ましたぁ!」
店長の可哀想なものを見るような目と甘利のウィンクに見送られながら、俺は店を出る。
「ハァ、ハァ、ハァ……!」
弾む息。
バイト先のハワイアンカフェから新宿駅・京王新線ホームまでの距離は結構遠い。あと、めっちゃ深い。物理的に。
なんとか予定通りの電車に飛び乗り、スマホを取り出し、アプリを起動させた。
起動させたのはもちろん、スマホ向けゲーム『アイドル・プロミス』、通称『アイプロ』だ。
『アイプロ』はオーソドックスなアイドル育成ゲームだ。
プレイヤーは芸能事務所のマネージャーとなり、総勢50名を超えるアイドルから一人を選んで育成する。
トレーニングを行わせたりレッスンに通わせたり営業に行かせたりライブに出演させたりして、観客動員数ナンバー1のトップアイドルを目指すのが目的だ。
一人を育成し切るまでにかかる時間は長くて1、2時間程度のものなので、さまざまなアイドルを育成しながら推しキャラを見定めていくのもこのゲームの醍醐味である。
……あくまで通常は、だが。
というのも、俺が育成するのはたった一人。
今、画面にうつっている、黒髪セミロング、頭には白いリボンをカチューシャみたいに結んだ努力家系アイドル・
そして、誕生日である明日の日付変更の瞬間からオールスターガチャに登場するのが、『UR小鳥遊ルリ』だ。
これまでN(ノーマル)扱いのカードしか出てなかった彼女が! ついに! 新衣装で! UR(ウルトラレア)に! 登場する! というわけだ。うおおおおおお!!
URになったルリを誰よりも早くお迎えして、誰よりも早くトップアイドルに育て上げて、誰よりも早く特別シナリオを見たい。
そして何回もリピートしたい。
全てのセリフをスクショ撮りたい。
そして、何よりも。
誰よりも早く、ルリに『誕生日おめでとう』と言いたい。
もっというなら、『この世界に生まれてきてくれてありがとう』と。
『まもなく、
家の最寄り駅(地下)について、俺は階段を駆け上がり、夜の商店街を駆け抜ける。
1Kの家に入ると、壁一面に貼られたルリのタペストリーやらポスターやら擬似サイン色紙やらに迎えられる。
手洗いうがいを手早く済ませて、部屋の端っこに常設されている『神棚』の真ん中にスマホをセットした。
もう想像通りだと思うが、『神棚』というのはもちろん実際の宗教に基づいた神棚ではなく、ルリのフィギュアやら何やらが置かれた、ガチャを引く時等々のための俺的なパワースポットのことだ。
23時59分。……よし。
震える手で俺はスマホをタップする。
『新規データダウンロード中……』の画面をじれったく見ながらも、この『新規データ』にURのルリが
電波を浄化するほどの清純派アイドル・小鳥遊ルリ。完璧じゃないか。
ダウンロードが終わり、とうとうガチャを引く。
……そのガチャが人生最後に引くガチャになるなんて、その時の俺は知らなかったわけだが。
『ガチャを引く』のボタンをタップした瞬間、スマホの画面が
「おお……!?」
……ていうかこれは、スマホの画面が光ってるのか?
ウルトラオレンジでも敵わないほどの超絶な光。
目が
部屋全体が光に包まれていくほどに、スマホはどんどんその光度を上げていく。
『どんだけ過剰な演出だよ……!?』などと思っている間に、眼球が悲鳴を上げて、俺はまぶたを強く閉じ、自分の手で目をふさぐ。
……次におそるおそる目を開けた俺の前に広がっていた光景は、想像を絶するものだった。
いや、光景自体は先ほどまでいた1Kの家だ。
異世界に転生したわけでもなければ、死後の世界が広がっていたわけでもない。
だが、そこに俺以外の人物がいることが問題であり、もっというと、その人物こそが大問題だった。
「あれ……? ここ、マネージャーさんのおうち……ですか?」
なんとそこには、制服を着た小鳥遊ルリ(3次元のすがた)が立っていた。
「る、ルリ……?」
今目の前にいる彼女は、コスプレやそっくりさんとかそういう次元じゃなく、見ただけで小鳥遊ルリ本人だとわかるような、そんな存在だった。
俺は、わけもわからず、それでも彼女に会ったら一番に伝えたかった気持ちを口走る。
「誕生日、おめでとう……!」
「ありがとう、ござい、ます……マネージャーさん?」
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