第16話「応援」

 川に落ちてびしょ濡れだった私たちは城へと辿り着き、早々にお風呂に入ってから着替えることにした。


 身体も温まり乾いた楽な着物へと着替えて、私はほっと息をついた。


 伽羅さんとのデートは、台無しにはなってしまった。川下り自体はあんなアクシデントがなければ、楽しんで帰れたのに。


 私の方から伽羅さんに仕切り直しをしようと、そう提案した方が良いのかもしれない。彼ら三人は、花嫁となる私の意志を一番に尊重するように言われているはず。


 そう考えながら、脱衣所の扉を開ければ真正面に、伽羅さんが居た。


「っえ!?」


「あ。ごめんごめん。驚かせた?」


 明るい笑顔で、手を振って伽羅さんは顔を近付けて来た。


「えっ……な、何ですかっ……」


「いや……はは。俺には本当に脈なしというか、対象外なんだということを確認していた。聖良さんは人の娘で可愛い。けど、俺の好きな女の子も、そういう目で好きなやつを見てた。だからわかるんだ。聖良さんは、あいつの事を好きになり始めてるんだろ?」


「……伽羅さん?」


 彼の持つ明るい軽い様子は鳴りを潜め、今の眼差しはとても真剣だ。


「……俺ね。勝てない勝負は、しない主義だったんだ。だって、そうしたらさ。絶対に負けることはない訳だろ? けど、負けてもそれでも良いと思えるくらいの、良い恋をいつかしたい」


 彼はいつも見せる明るい表情とは真逆で、やるせなさそうに最後呟いた。


「伽羅さんは、誰か……好きな人が、居るんですね」


 私がそう言ったのは、なんとなくの勘だった。彼は具体的な訳は言わなかった。けど、多分それで合っていたんだと思う。はっと顔を上げて、とても驚いた顔をしていたから。


「そう……俺は。この前の、歓迎の時の宴でも居ただろう。あの白蘭のことが、幼い頃からずっと好きなんだ」


「白蘭さんを……えっ……けど」


 言ってはいけない事を言ってしまいそうになった私は、思わず口に手を当てた。


 白蘭さんが多聞さんの事を人目も気にせずに追い掛けて、彼にまったく相手にされていないのは、短い付き合いしかない私でも知るところだったからだ。


 意外な間近に、恋の三角関係が存在した。


 そういえば、白蘭さんは多聞さんにとっては、妹のような存在だと言っていた。彼らは、親の立場が近く年齢も近い。全員が幼馴染のような存在なのかもしれない。


 伽羅さんは白蘭さんのことを好きだけど、その事実を長い間彼女には言えないような状況が、ずっと続いていたのではないだろうか。


「あー。うん。聖良さんが、何を言いたいかってことはわかってる。あいつは、本当に長い間、多聞のことだけしか見ていない。聖良さんも、魅力的で可愛いけど。やっぱり……白蘭を、諦め切れない。それに、俺じゃない男を好きな人を、また好きになってしまえば辛い……そういう想いは、もう何回も繰り返したくないから」


 私に白蘭さんのことを好きだということを、こうして打ち明けるのは、彼なりの誠意なのだと思った。


 まだ、彼の前で那由多さんと二人になったことは、ないはずだけど。


 もしかしたら私が那由多さんのことを、既に三人の中から選んでしまっていることを察しているのかもしれない。明るく軽く何も考えていない風に見せ掛けつつ、彼は繊細な人のような気がしていた。


 こうして花嫁争奪戦に参加をしてみても、相手との相性の問題もある。


 それに、伽羅さんはもし私と恋に落ちることが出来れば、ずっと報われずに続いていた辛い恋を忘れることが出来ると思っていたのかもしれない。


 けれど、きっと今日の那由多さんが見せた様子から、それはないと判断したのだ。だから、何回も辛い想いを繰り返したくないと、そう言った。私との万が一の可能性も考えて、自ら切ったのだ。


「うん。ずっと好きな人が、居るのなら。頑張って欲しい。私は、応援するよ」


「ありがとう。聖良さんも、那由多とお幸せに」


 片目を閉じた伽羅さんは、そう言って私に右手を差し出した。私も彼の大きくてあったかい手を握り返して、握手をする。



◇◆◇



 伽羅さんは花嫁争奪戦というものから一人抜けた訳だけど、やっぱりその決断も二か月後の私の選択までは、待つことになるらしい。


 途中まで送ってくれた伽羅さんと別れて部屋に戻り、窓を開ければ丸くて大きな月が見えた。


 かくりよから見えている月は、私が居た人間界、現世と同じ月らしい。


 顔見知りになって来た木の葉天狗に聞けば、やっぱり何度説明されてもわからないけど、二重になっている世界が同時に存在しているようなもので、月は月ということだった。


 両親のことが心配ではないかと言われれば、それは心配ではあった。私はいきなり神隠しでいなくなってしまっている訳だし、きっと方々に連絡を取って行方を探してくれているのかもしれない。


 薄情者なのかもしれないけど、それでもこの年齢まで育ててくれた家族の居る現世に帰りたいとは思わなかった。説明しづらい。この場所に居ることが、まるで自然なことのように思えるのだ。


 それに、那由多さんとの結婚が決まれば、両親も喜んでくれるかもしれない。


 彼はいずれ大天狗になる人物で、天狗族のエリートなのだ。きっと一生、食うに困ることはないだろう。一生とは言っても、私が何歳まで生きられるのかはわからないけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る