第23話

 少し早く着きすぎたかもしれない。黒のリュック、白いシャツにジーンズの上下という身なりの灯輝は、スマホを度々見ながら二人を待っていた。汐春が指定したのは横浜駅からほど近い、帷子川かたびらがわ沿いにある大きなカフェであった。待ち合わせ場所はその店が入る建物の前、水上バス乗り場のあたりだった。日曜日にしては人通りはさほど多くない。天気は快晴、過ごしやすい気温で、そよぐ風も心地良い。灯輝は手すりに両腕を置き、何を考えるでもなくしばらく景色を眺めていた。

「風早さんですよね?」

 ふいに声をかけられた。振り向くと、待ち合わせをした一人、臼杵うすきみどりが立っていた。髪型は前に見たお団子ではなく、ポニーテールとなっている。レディースバッグを前に持ち、秋らしいシックなコーディネートで、たたずまいも落ち着いていた。顔は微笑むとまではいかずとも、柔和な表情を見せていた。

「あ、臼杵さん。よろしくお願いします」

 灯輝は軽く頭を下げた。

「はいこちらこそ。弓野さんはまだなんですね。……それで―――」

 みどりが問う前に、灯輝の上着の左胸ポケットがもぞりと動いた。

「ミドリ!」

 紙の香天が声を出した。

「何度も言うけど二人とも今日は小声で喋ってくれよ?」

 灯輝は腕でややポケットを隠すようにしながらたしなめた。

 みどりはそれをじっと見つめている。

「これが、風早さんの資料にあった符姿なんですね」

「そう。人前じゃこれでいてくれないと困るんです」

 ガルガも右胸から少し頭を出している。

「なんだかちょっとカワイイですね。…あでも、すごい危険もあるなら、そんなこと言っちゃダメですね」

 みどりのその感想に灯輝は返し方が分からず、二度小さく頷いただけだった。

「やあ! 随分早いね」

 今度は水上バス乗り場の方向から声をかけられた。三ケ池公園で別れ際に見た時とほぼ同じ服装の汐春が歩み寄ってきた。大きなショルダーバッグを揺らしている。

「臼杵さんだね。私は弓野汐春ゆみの しおはる。よろしくお願いします」

 バタバタと名刺を取り出し、みどりはそれを受け取った。

「よろしくお願いします。私は名刺を持ち合わせていないのですが…」

「ああいいよ。気にしないで」

「ほ、べっぴんさんじゃの。」

 汐春のジャケットから声がした。

「そういう発言はよしてくれ八ノ目やのめ。ああごめんね、失礼があったら許してほしい」

 みどりは苦笑をして返す。

「それじゃあ、入ろうか。店は上階だ。オープンテラスの一番端を予約してある」

 汐春が促した。



「弓野さんは今日も車で?」

 カウンターで注文の品を待っている間、灯輝は汐春に訊いてみた。

「うん。少し離れたコインパーキングに駐めてある。山梨の家からここまで2時間程度かな」

「あーでも、それくらいで来られるんですね」

 そんな会話をしながら三人で予約席へと進む。周りに観葉植物が多く置かれた奥まった席で、円形テーブルを椅子が囲んでいる。確かに駒の声も問題のなさそうな配置であった。

「いい席ですね。風も気持ちよくて」

 みどりはテーブルの上にドリンクとバッグを置きながら言った。灯輝もリュックを椅子の背へと掛ける。

「でしょう。と言っても実は私も初めてなんだ。ネットで良さそうな所を探した。オンライン通話も考えたんだが、駒を交えてとなるとやはり、最初はこうして会うのがベストだと思ってね」

 汐春は話しながら小型のラップトップPCをテーブルに置いた。続いて大きめのホチキス針で留められたA4サイズの紙の束を三組取り出す。全て同じもののようで、一組ずつ灯輝とみどりの前へ差し出した。表紙には ”盤に関する説明事項” とだけ、ゴシック体で印刷されていた。

「これを元に話を始める前に、確認しておきたいことがある」

 汐春が前傾姿勢となり、真剣な顔と口調になった。

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