第9話

 駒の二人は盤都羅ばんとらというゲームの基本的な情報を持っていた。制作者、現の映盤、符駒の種類、駒が変化できる三つの形態――これは灯輝も既に見た、依姿いし駒姿くし符姿ふしというもの。

 そして重要な、局者きょくしゃという存在。

「局者こそ盤都羅で遊ぶ人間なのだ」

 牙流雅は言った。

「盤都羅は局者に符駒を配布し、局者は符駒を活かし、勝敗を競う」

 灯輝は黙って指を動かし、内容をパソコンに記録し続けた。

「本来、局者も盤都羅の戯法を心得ているのが当然なはずなのだ。今日のように、我ら駒から局者を選ぶなど、あってはならないはずなのだ」

 そこで手が止まる。

「なんで……俺を局者に選んだの? もうひとりの臼杵うすきさんも」

 訊かずにはいられなかった。牙流雅の紙を見ると、相手もこちらを見ているようだった。

「不測の事態が起きた。そして、素棋力そきりょくの高いものがそばにいた。――そなた達が」

「何それ」

 素棋力というのは符駒を操る力のことらしかった。さらに局者と駒との相性もあり、それを合脈ごうみゃくといった。合脈が良い、悪い、と表現するということであった。

「符駒が持つ力は櫂脈かいみゃくといい、駒は互いにそれを察知する力を持つ」

「ちょ、ちょっと待って。駒の持つ力はかいみゃく…漢字は? これだね?」

 矢継ぎ早に新しい語句を並べられ、灯輝は文章の構成に手間取った。

「我と香天は今日、あの橋の付近で意識を得た。だが盤都羅本体も局者も見当たらなかった。他の櫂脈を感じ、彷徨さまよっていたところへそなたの乗る電車が来たのだ」

 そのまま牙流雅の語るに任せる。

「そしてあの奇怪な敵が現れ電車を落とした。確かに櫂脈を持つあれは、残る十の符駒のいずれでもなかったのだ」

「えっ」

 流石さすがに大きめの声で灯輝は反応した。

「知らない駒が増えてるってこと?」

「分からぬ…我らと等しい能力を持つものなのか…」

 牙流雅はやや物悲しそうな声となった。

「そもそも我ら符駒は過去の盤都羅の記憶は非常に希薄なのだ。古き局者についてもな。現の映盤が起こる度、不要なものとされ、大方抹消されるのだろう。その朧気おぼろげな頭に十二の駒に更なる付加など覚えがなく、基礎の知識としても持ち合わせておらぬのだ」

 香天の紙が隣で頷いている。牙流雅が続ける。

「盤都羅が危険な遊戯であることは否まない。時には局者が命を落とすことさえあったように思える。――だがそれは局者も同意の上、意思の尊重の上でのことであったはずだ。あの敵が引き起こしたような無慈悲な殺戮さつりくは、断じて我ら符駒の本意ではない。我はそう信じたい。そしてそなたにも、それを信じてもらいたい」



 沈黙がおりた。牙流雅の話は全て信用できるのか。自分は何か大きな力に利用されているのではないか。考えられないことではなかった。全てが未知の、常軌を逸した出来事なのだ。だが灯輝は牙流雅を自分に宿した時の、直感を信頼してみることにした。

「分かったよ。牙流雅、そして香天、二人を信じる。」

 二枚の紙は深く頭を下げた。

「では改めよう。カザハヤトウキと名を聞いた。そなたは我を従える局者である。トウキと呼ばせてもらってよいか」

「私もそのようにお呼びしても?」

 少しの間を置き、灯輝は答えた。

「ああいいよ、そう呼んで。これからどうなるのか分からないけど、盤都羅に付き合ってみることにするよ」

「ではよろしく頼む、トウキ」

「よろしくねトウキ」



 照れくささなのか、形容のしづらい感情を抱きつつ灯輝は再びパソコンに向き直った。書き留めるのはひとまずこのくらいでいいかな。そう考え休止状態にしようとして、ふと思い直した。

 電車で事故があったが自分は無事である、という短い内容のメールを父親に送付し、灯輝は画面を閉じた。

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