かつてそこにいてくれたもの

俺は忘れてしまっている

あの頃、どれだけ傷ついていたかを


今はもう大人になって

友達もできて恋愛もできて

そしてかつて傷ついた”それ“を

鬱陶しいことだと思うようになった


静かに穏やかに生きていきたい

多少嫌なことがあっても気にしない

そう今や”多少“になっている

ちょっと前まではそれで死にたくなったはずなのに


言いたい奴には言わせておけばいい

差別とか偏見とか悩みすぎ

なんだかまるで他人事だ

そうたぶん今や他人事になっている


だって”今“は乗り越えたんだもの

乗り越えられたんだもの


なんだからキラキラしている

昔はそんな未来など想像できなかった

だから今、そんな未来が訪れて

昔の闇を見ないように見ないように


昔は大変だったし辛かった

でも昔はあくまで昔で今は幸せだ

だから余計なことはしたくないしされたくない

せっかく普通に生きているのに


問題に直面したくない

だって辛いから


まず第一の悩みは誰にも話せないことだった

家族にも、友達にも、先生にも

誰とも共有できなくて独りぼっちだった

もしも話して拒絶されたらどうしよう


それが今では友達も仲間も、恋人もできて

子供の頃の悩みごとは単に子供の頃の悩みごと

かつては日々を過ごすだけでいっぱいいっぱいだったのに

この変わりようは一体なんだろう


乗り越えた、といえば聞こえはいい

いやそもそも乗り越えるべき課題だった

だけれど今の自分自身はまるで

かつて俺が嫌っていた存在そのものじゃないか


かつては恐怖や孤独がそこにあった

そこにいてくれた

だからいろいろなことを考えることができた

それが今じゃ悩まないように悩まないように、

考えないように考えないように


寄り添ってくれていた闇を怖れている

ただただ光に埋もれて

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