第19話 王都にて2

 私は、カーミラ11歳だ。9歳の時に母親と王都に流れてきたが、体の調子の悪かった母は1年後死んだ。母は、痩せてはいたが綺麗な人で、生活のために多分体を売っていたと思う。


 住処は、母が遠縁の人のものと言っていたぼろ屋だったが、その遠縁のおばさんは母が死んだのに気が付くと「体を売っていた汚い女の子供」と言って私を追い出した。器量の良くないそのおばさんは、たぶん母に嫉妬していたのだと思う。


 呆然として街をさ迷っていると、優しそうなお姉さんが寄ってきて、住んでいる住居に連れて行ってくれた。それが、クララだ。クララはその時17歳だったと思う。清潔にはしていたが、今思えば安っぽい服を着て、連れて行った住居も廃屋だった。


 そこには、私より幼い女の子が3人いて、私が入っていくと、クララの名を呼びながら彼女に寄ってくる。そのことで、彼女が大変慕われていることがわかるが、彼女らは私にも親切にしてくれて、私もすぐなじんだ。


 皆痩せてはいるが、清潔にはしており、服も古かったり、サイズがあってはいないがぼろではなかった。家の中には、ぼろぼろのテーブルに壊れた椅子がある状態で、寝床は板の上にぼろを敷いたものだった。


 あとで知ったが、クララは随分苦労をした人のようだが大変優しい人で、自分が体を売って、子供たちを食べさせていた。一緒にいる子供は、皆クララが拾ってきた子ばかりで、6歳から8歳でまだクララに頼りきりだった。


 私も最初は母を亡くし、遠縁というおばさんから罵られたショックで茫然としていたが、そのグループの状態に気が付いてぼんやりしておられなくなった。クララは言ってみれば随分お人よしの人であるためか、体を売っても持って帰る金は少ないようだ。


 それに、皆料理もできないので、屋台などで買ってきた食べ物を食べるものだから、いつも半ば飢えていたようだ。それでも、半エルフのジーラが魔法で温水を出せるので、洗濯はして、体も拭いて清潔にはしていた。


 私は、病気がちな母を助けて料理はできたので、廃屋の壊れたなべなどを集めて、ジーラの火魔法も利用して料理をして皆に食べさせるようになった。その状態でも、クララはまた一人子供を拾ってきたものだから、本当にこの人は優しいのだと感心したものだ。


 私としては、養う子供が増えて迷惑でもあったが、自分もこのように助けられたことを思うと文句を言う気にもなれないし、何とか自分も支えていきたいと思うのだ。

 それで、何とか暮らしていき、怖い冬も越してこれから暖かくなるというときに、クララがお腹のあたりが痛くなる病気になった。


 クララが病気になって、寝こんだきには、私は必死にいろんな人に見てもらえるように頼んだ。でも、病院ではお金がないとなると追い払われたし、あの嫌な遠縁というおばさんにも頼んだけど、相手にされなかった。


 だから今度は、町中を駆けまわって、稼げるところを探した。荷物を持ったり、掃除をしたりして、小さい子にも手伝わせてどうにか少しずつお金を稼いで、できるだけ寝ているクララに食べさせた。


ク ララはいつも「ごめんね。ごめんね。私が皆をみなきゃいけないのに、私が世話されている」そう言って謝った。でも、私はこの天使のようなお姉さんがもう大好きで、なんとか助かってほしかった。


 でも、そうやって、寝たきりのクララの世話をしていると、働く時間も少なくなり、食べ物も無くなって皆服もぼろぼろになってきた。小さい子は、しょうがなくて物乞いをしていたようだけど、私には叱る資格はなかった。


 でもある日、私が手伝いをさせてもらっている商店で掃除をしていると、仲間の一人のサマーヤが精いっぱい走ってきた。

「カーミラ!ジーラが、ジーラが殺される!」


「ええ!」聞くとジーラが貴族らしい子供に蹴られているらしい。慌てて、商店の親切なおばさんに断って子供について走る。

 でも、少し走ると、ジーラがにこやかな男の子に手を引かれて、歩いてくる。


 その子は8歳くらいだろうか。ジーラと同じくらいの身長で、刀を腰に差して緑色の半ズボンにゆったりした上等な上着を着ている。私が、サマーヤ達3人と一緒に近づくとジーラが気付いて「ああ、カーミラ姉ちゃん」と言う。


 ジーラは他の子と違って、物乞いをしていなかったせいだろうが、すごくおなかがすいているようだ。私はそれを見て、商店で残り物をもらって今晩は何か作るつもりだったが、罪悪感を覚えざるをえなかった。


「カーミラ、君はジーラの仲間か?」

 その男の子が私に話しかけるので、私はつんけんしてその子に応じる。王都ではつらい目にばかりあっているので、なかなか人を信用する気にはなれない。


「そうよ。お坊ちゃん。その子をどうするのですか?」

 すると、その子は思いもよらないことを言う。


「ああ、だいぶ腹がすいているようだから、何か食べさせてやろうと思ってね。君らも腹がすいているようだけど、一緒にどうだい?」

 願ってもないことだけど、私はためらった。


「そ、それは有難いけれど、いいのでしょうか?」

「いいよ。僕は結構自分で稼いでいるからお金持ちなんだ。どこか、屋台で食べるものを出すところに案内してくれよ」


 そこに、別の同じくらいの歳のより立派な服の男の子と2人の武装した制服を着た兵士がやってきて、その男の子が言う。

「ライ、何をやっているんだ?」


 どうも最初の子がライと言うらしいが、その子が答える。

「ああ、この子らは腹がすいているようなんで、食べさせようと思ってね。ちょうどいいから、今後はいろいろ王都を案内してもらおうと思っているんだ」


 その言葉に、あとで来た子が「ええ!この子らを?」と言って、眉をしかめて私たちを見る。


 私は思わず、あとで来た子を睨んだが、それに対してライが返す。

「まあ、そう言うなって。このジーラもカーミラもなかなかの魔力だぞ。それに、皆風呂に入れてちゃんとした服を着せれば、なかなか可愛いぞ」


 その言葉で、あとで来た一行も納得したようなので私の知っている屋台まで案内した。その途中、クララのことも含めて、いろいろ自分たちの事情を説明する。ライが、子供たちにいろいろ食べ物や飲み物を注文してくれるのを見ながら、ライに断って離れる。


 抜け出してきた店に行き、途中で帰らせてもらうことを謝って、また屋台に引き返したのだ。私だって、限界までおなかがすいているのだ。その屋台のそばに置いている、椅子代わりの箱に座って、子供たちは夢中で食べている。


 でも、ライと仲間は及び2人の大人は同じく座ってのんびり果実水を飲んでいる。私のものも注文してくれていたので、私もその美味しいごった煮と串焼きの肉を、久しぶりに満腹感を得るまで食べた。


 食べて人心地がつくと、私はクララのことを頼んでみようと決心した。

「あ、あの、ライ様。このようにごちそうをしてもらって、そのうえに大変申しわけありませんが、私たちの恩人が重い病気なのです。何とか医者にかけたいのですが、いかがでしょうか?」


 そう頼むと、ライはあっさり言う。

「ああ、さっき聞いてそのつもりだったからいいよ。ひょっとすると僕が何とかできるかもしれない」


 それから、彼はカーリク(もう名前を聞いていた)とその護衛に向いて言う。

「カーリク、ついでだから見てくる。君は夕食に遅れるとまずいから先に帰ってよ」


「ええ!僕だけ?」

 カーリクは嫌そうに顔をしかめたが、仕方がないと応じる。

「わかった。先に帰る。あとでどうなったか教えてくれよ」

「ああ、帰り次第会いに行くよ」


 その後、ライはその屋台でお土産の食べ物を買ったあと、私たち5人と連れ立って私たちの家に帰る途中で、私はライに、おなかのあたりを痛がっているなど、クララの症状をできるだけ詳しく説明していた。


 ぼろ家に帰ると、クララが弱々しく「お帰りなさい」と迎える。ぼろ布の敷布団の横たわり、クララが落ちくぼんだ目でライを見て細い声で言う。

「お客さん?」

 ライはクララのそばの板に座り言う。


「ああ、僕の名前はライだ。クララさん。うーん、やっぱりがんだね」

「がん?」

 私は思わず小さく叫ぶ。がんは有名な病気で体の中にできものができて苦しむもので、ほとんど命取りの病気だ。


「ああ、でも空間魔法を使える僕に治せない病気ではない。今かかっている範囲を探っている。待ってね」

 ライは目を瞑ってしばらく沈黙していたが、突然くるむように構えた手のひらの間に大きめの鶏の卵ほどの赤い塊が現れた。


同時に、クララの体がビクンとするが、目を見開いて「あら、痛くなくなった」弱々しいがはっきり言う。それに対して、ライが言う。


「これが、君の体の中で悪さをしていたのだ。ただ、また同じようなものができない保証はない。しかし、また同じようにとればいいのさ」

 そう言った途端に赤いものは消え去った。あとで聞くと、ライが外に放り出して焼却したのだという。


「さて、クララのがんそのものは治ったはずだけど、体力が失われている。彼女にさっき買って帰った食べ物を食べさせて、寝させておくれ。僕は明日朝また来るよ。お金を渡しおくから、いまからでも服や食材やを買っておいで、少し身ぎれいにした方が良い」


 そう言ってライは、袋を取り出して、その中に大小銀貨をジャラジャラと入れて私に渡す。見た感じで、数千ダインはありそうで、そんな大金をもったことのない私は、受け取った手が震えた。


「え、ええ!私たちに、どうしてそこまでしてくれるのですか?」

「うん、気持ちがいいから、というのもあるが、近く王都に店を出すつもりなんだ。その際に信用のできる店員が欲しいんだよ。だから、君たちには住居も与えるし、給料も出すけど当分は勉強をしてもらう。

 ところで、この家の家主は知っているかい?」


「ええ、近くの老夫婦です。優しい人たちで、私たちが住んでいるのは黙認してくれています」

「そうか、明日ここを買い取ろう」

 ライの言葉に私はまた驚いた。


「買い取る?ここを」

「ああ、倉庫兼従業員宿舎だな。建て替えるけどね。まあ、僕も今日はあまり遅くなるわけにはいかない。また、明日ね」


 ライはそう言ってガタピシいう戸を開けて外にでる。私もむろん送って出るが、「じゃあ!」彼は言っていきなり飛び上がり、少し暗くなった空にあっという間に消えてしまった。私はそれを呆然と見送るしかなかった。


 中に入って、クララの様子をうかがうと、いつも苦しそうだったのが、頬にも血の気が戻っており、「おなかがすいたわ。随分いい匂いね」そう言う。


 その後、彼女は買ってきた様々な食べ物で食事の用意をした。クララは半身を起き上がらせると、それらを夢中になって食べたあと、「ふう」と言って安らかな寝息で寝てしまった。


「皆、クララも寝たようだから、買い物に行くわよ」

 皆、私がお金を受け取っているのを見ており、ライの言うことも聞いていたので、目を輝かせて待っていた。だから私の言葉を聞いて「わあ!うれしい」とはしゃぐ。


 その後、皆でそれぞれの下着とワンピースをはじめとする見苦しくない服を買ったほか、寝床にかぶせるシーツ、毛布などの他に2日ほどの食材も買って帰った。その後、久しぶりにジーラの火魔法で温水を作ってできるだけ体を綺麗にして、服を着替えた。


 この間、おなかも膨れて今後の見込みも立って小さい子たちは、はしゃぎにはしゃいだ。それを見ながら、私もこんなうまい話があっていいのだろうかと思いながらも、気持ちが浮き立つのを抑えきれなかった。

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