第10話
お盆休みで混み合う空港や駅、車がびっしりと連なっている高速道路からのテレビ中継を眺めながら、今夜は何を食べようかと考えていると、ラインの着信音が鳴った。
画面のプレビューを見ると〈間男〉からだ。
優子の浮気相手だった相田は、七月上旬に避難場所のウイークリーマンションから、東武線の亀戸水神駅近くの賃貸マンションに引っ越しを済ませている。また、下旬には晴れてと言って良いのか分からないが、離婚が成立していた。
相田夫婦とは対照的に、優子は離婚の意思がないと言い始めて、暗礁に乗り上げた状態になっている政雄とは大違いだ。
独身に戻っても夏季休暇に行くところのない相田とは、一昨日も飲んだばかりだが、今日も一杯いかがですか、とのお誘いだ。
いつも二人で飲んでばかりいるのも芸がないので、浩之も誘ってみると〈間男〉に返信をした。
因みに、浩之は相田を〈綿貫弟〉とスマホの連絡先に登録している。
まだ陽の高い夕方の六時前に、相田が缶ビールとつまみの入った重そうな袋を下げて来た。
テレビ画面をモニターにしてYouTubeを観ながら、相田と缶ビールを一本づつ空けた頃、浩之が赤と白のワイン、近くの商店街の惣菜屋で買ってきた鶏の唐揚げを持参して、「よう、兄弟お揃いだな」と、上機嫌で部屋に入って来た。
「てめー、今度それを言ったら殺すからな!」
政雄の抗議を無視してラグマットの上に座った浩之は、缶ビールのプルタブを開けて、缶のままビールを飲んだ。
相田は〈兄弟〉の意味を理解しているのかいないのか、浩之に「お久しぶりです」と、殊勝に頭を下げた。
そんな相田を見て、これ程第一印象とギャップのある人物は珍しいと、政雄は思わずにいられない。
初めて見た時は優子と仲睦まじく腕を組んでいて、上等なコートを着ていたので、仕事が出来て公私共に自信たっぷりなスマートな男と、勝手に想像をしていた。
それが、今は首回りが伸びきったヨレヨレのプリント文字が消えかかったTシャツに、膝が出て色褪せたジーンズを穿いて、美味そうに魚肉ソーセージを頬張っている。
知らない人が見たら、ただの疲れ切った初老の男にしか見えない。
相田は誰もが知っている飲料メーカーの品質保証部の次長で、今年の誕生日で役職定年になる。
還暦を目前にして家庭と預貯金の大半を慰謝料で失い、仕事も責任ある立場ではなくなるとはいえ、給料が減額される落魄した姿は、浩之ではないが〈弟〉として面倒を見てあげなければならないような気がした。
「盆休みにどこかに行ったりしないの?」
浩之が鶏の唐揚げを頬張りながら、相田に訊いた。
「どこかって、旅行とかですか?」
「そう、だって九連休でしょ?」
「そんな、行きたいところなんてないですよ。うちは子供がいなかったこともありますけど、家内とも……元ですけど、ここ数年は旅行とかはしなかったですね。元……家内の実家が長野だったので、結婚当初はそれでも一緒に帰省したりしてましたけど」
「大体、どこへ行っても滅茶苦茶に混んでるし、料金はボッタクリだぜ。クソ暑いこんな時期に、独りで旅行しようなんて思うわけねーだろ。家族とかパートナーがいて、仕方なく出掛けなきゃいけないのなら別だけど……。そういうお前は歯ブラシの彼女とどっかに行かないのか?」
政雄も浩之が持参した唐揚げを頬張りながら、〈兄弟〉と揶揄されたことに対する反撃を試みた。
「歯ブラシって言うな!……旅行って言えば、以前、新幹線で大阪名物の豚まんの臭いが不快だから食べるのをやめて欲しいとかって言ってるのがいたらしいな」
「そうみたいですね。電車の中で駅弁とかをビール片手に食べるのも旅行の楽しみなんですけど、どんどん窮屈な世の中になってますよね」
政雄と浩之のやり取りをキョトンとした顔で聞いていた相田も、会話に参加してきた。
「そうなんだよな。自分の都合や好き嫌いを押し付ける輩が増殖しているよな。除夜の鐘がうるさいから叩くのを止めろとか、子供の声や音楽がうるさいから運動会を中止しろだの、手前勝手な理屈で他人の楽しみを奪うことに、なんの痛痒も感じない神経が分からん」
話題が歯ブラシから逸れ始めたので、浩之は更に話を膨らませた。
「それはそれで何をか言わんやって感じだけど、もっと理解できないのが、運動会を午前中に終わらせろって学校や市に嘆願書を提出しているのもいるぜ」
政雄も浩之の話を引き継いだ。
「どういうこと?」
「母子家庭か父子家庭かは分からんけど、親が子供の弁当を作るのが大変だっていうのが理由みたいなんだが……。自分の子供に惨めな思いをさせないために、自分はひとり親だけど普段から物凄く努力をしているのに、学校行事で更に負担が増えるのが納得出来ないって言うんだな。しかも、さも正論のように、自分の子供が通っている小学校だけが午前中で運動会が終わるのは不公平だから、市内の小学校全ての運動会を午前中に終了しろって言うんだ。ひとり親の大変さは分かるけど、だからといって運動会を楽しみにしている大勢の小学生やその家族の気持ちを考えないってのが、なんて言うか……凄いよな」
心底げんなりしたって感じで、政雄はテレビで観た話をした。
「そんなバカな話ってあるのか?そんな一人、あるいはほんの数人のために大勢の人が我慢を強いられるのって。しかも運動会だろ?その親だって小学校の時に経験していて、幼い頃の思い出の一つだろうに」
浩之は憤慨したついでに白ワインを開けて、自分と相田のグラスにドボドボと注いだ。
「その親は運動が得意じゃなくて、運動会自体にいい思い出がないのかもしれませんね。ボクもどちらかというと、そっちでしたから」
浩之に注がれた白ワインを、こぼさないよう慎重に口に含みながら相田が伏し目がちに言った。
「だからといって、そんなことがまかり通っていいわけねーだろ!じゃあ、絵が下手だから美術の授業を止めろとか、音痴だから音楽の授業を止めろって話になっちまうだろ。受験に関係ない教科はなくなってもいいって言うのか!小さい時期に、いろいろな分野に興味を示すせっかくのチャンスを奪うなんてあり得んだろ!」
「いえ、そんなつもりで言ったんじゃないんですけど……」
相田は政雄の剣幕に、消え入りそうな声で弁解した。
「何をそんなにムキになってんだ。今時、そんな事例は掃いて捨てる程あるだろ。自分が主張することに正当性があると勘違いして、理不尽な要求をするやつなんてごまんといるぞ。いつからかは分からんが、世の中が個人の権利に寛容過ぎるようになっちゃってるんだよ」
「そうかもしれませんね」
「確かにそれはあるかもな。何しろ公益性より個人の権利の方を優先させるきらいがあるな」
浩之の言葉に相田と政雄は頷いた。
「いや、決して個人の権利に重きを置くのは悪いことじゃないと思う。だけど、それが行き過ぎちゃって、他の多数の権利を阻害してることにもっと光を当てないとホントに息苦しい世の中になっちゃうぞ。自分の権利ばかり主張して、相手や周りの権利を潰していることになんの疑問も持たないのが多過ぎるよな。でも、知識人やジャーナリストとかいう怪しい奴らが中心のメディアは、少数派に軸足を置いた論調ばかりだ。結局、個人の権利が絶対的なカードになっちゃって、我儘放題で非常識なのが増えてるんだよ」
浩之は、自らが嫌悪しているコメンテーターのように言って、唐揚げを頬張った。
「それは俺たちが
政雄が吐き捨てるように言った。
「話が大きくなってきちゃったな……。話を戻すが、豚まんじゃないけど、タバコならいざしらず、自分の嫌いな臭いに対するバッシングも増えたよな。相手の体臭や柔軟剤の臭いに対するスメハラとか。そのうち見た目が気に食わないから外を歩くなって言うハラスメントが流行るかもな」
浩之が話がどんどん逸れるのを、軌道修正するように言った。
「ルックス・ハラスメント……ルックハラ……ルクハラ。何かしっくりこないな」
政雄はどうでもいいようなことを言って、タバコを持ってベランダに出ようとした。
「そんな言葉遊びはどうでもいいんだよ!お前のタバコはスメハラだけじゃなく、周りに対する受動喫煙も問題なんだよ!」
浩之からの罵声を背中に浴びて、政雄は慌ててアルミサッシを開けて、下がることのない都会の気温と、エアコンの室外機の熱が混じった灼熱地獄に身を投じた。
残暑が未練がましく居座る九月中旬の土曜日。
炎天下の中、政雄は優子の呼出しに応じて、再び
久しぶりに会って話がしたいと優子から連絡が来たのは火曜日だ。
前回は結果的に優子の相田に対する絶縁宣言に利用されただけで、肝心の自分たち夫婦の離婚の話にはならなかった。
今回はその轍を踏まないように用件を確認した。
優子は離婚の件で話がしたいということなので、熱帯砂漠のような暑さの中、政雄は敵地に赴くことにした。
夕方だと酒を飲むことになりそうなので敢えて午後一にしたが、強烈な道路の照り返しに、早くもビールを飲みたいと思ってしまった。
「暑かったでしょ?」
優子はドアを開けて玄関に入った政雄を、労うような笑顔で出迎えたが、政雄は気を緩めずに用心しようと、腹の底で誓った。
「ビールでも飲む?」
政雄の気持ちを見透かしたような優子の言葉に、脊髄反射的に頷きそうになったが、「麦茶でいいよ。なければ水で」と、政雄は頭を振った。
「どうして?ビールくらいいいじゃない。私も飲みたいし」
「いや、ホントに俺はいいよ。お前は飲みたければ飲めば?」
「そう、じゃあ遠慮なく」
優子は缶ビールと麦茶の入ったポットを冷蔵庫から持ってきて、政雄と向き合うようにダイニングテーブルの席に座った。
政雄に麦茶を注いでから優子はプルタブを開けて、冷やしてあった薄はりのグラスにビールを注いでから一気に飲んだ。
空になったグラスの中を滑り落ちる細かい泡に、政雄の喉が思わず鳴った。
「お盆は何してたの?」
「別に……。朝起きて飯食って、風呂入って、酒飲んで寝てるだけ」
政雄は優子が蛇蝎のごとく忌み嫌うだらしなさを強調するように言って、味気ない麦茶を飲んだ。
「何よ、そんな喧嘩腰にならなくたっていいでしょ。……それから、ありがとうね」
優子から予想もしない感謝の言葉を聞き、政雄はなんのことか分からず戸惑った。
「あれから連絡がなくなったわ。ちゃんと言ってくれたのね」
相田への絶縁宣言のことか、と政雄は気がついたが、なんだかずいぶんと遠い昔のことのような気がした。
「ああ、すんなりと承諾してくれたみたいだからな」
自分がその相田と、今は友達付き合いをしていると優子が知ったら、どんな顔をするのだろうかと政雄は思たが、余計なことは言わない方が賢明だと口を噤んだ。
「助かったわ……」
「で、結局どうする?」
優子の話が本題に入りそうもないので、政雄は事務的な口調で優子の言葉を遮った。
「ああ、ごめんなさい。離婚届の件ね……」
政雄から単刀直入に訊かれて優子は一瞬虚を突かれた顔になったが、グラスを手で弄びながら態勢を立て直した。
「あれは、破って捨てたわ……。つまり離婚には応じたくないってこと」
「えっ!捨てた?なんで?離婚したいのはお互いで、その原因はお前の浮気……不倫だろ」
浮気、不倫の言葉の時、相田の顔が浮かんだ。
「何言ってんのよ。私が不倫したって証拠でもあるの?なんで離婚の原因が私だけなの?そんなのおかしいじゃない」
優子は普段と違って、ヒステリックにならずに、比較的冷静に反論してきた。
今日のこの場を迎えるにあたって、いろいろと策を練っている感じだ。
「不倫してないって?じゃあ、あの男は何故家まで押しかけて来たんだよ?あの男は明らかに西船橋駅で、お前と仲良く腕を組んでいた男だったぞ」
高圧的に出たい政雄だったが、優子の落ち着いた態度が不気味だったので、自分も冷静に対処をしなければいけないと、口調を抑制した。
「だから、それは誤解よ。あの人は取引先の品質保証の責任者で、以前うちの会社で品質保証に関する講演をお願いした時の講師よ。それが縁で時々食事をしたりしてたんだけど、途中から私にアプローチをして来たのをやんわりと断り続けていたんだけど、最近奥さんと上手くいってないみたいで、急に誘い方が露骨になってきたから、私がきっぱりと断ったの。そしたらラインや電話がバンバン来るようになって。着信拒否したら会社にまで電話が来て……。そのうちに気が付いたら駅で待ち伏せしたり、家にまで押しかけるようになって困ってたのよ。一種のストーカーで私は被害者なのよ」
優子の言い訳に、政雄は開いた口がふさがらなかった。
政雄と相田は一種の紳士協定のような暗黙の了解があり、優子に関する話はしないようにしていた。
だが、相田と数回飲むようになった浩之が、酔いに任せて相田に対して優子との馴れ初めを、訊くというよりは強引に口を割らせたことがある。
出会いは優子の言う通りだが、それ以外は相田の話とは大きく違う。
当初は、何回かお互いの会社のメンバーで打ち合わせ後に飲食をしたが、特に個人的に優子と親しかったわけではなかった。
その後、双方の会社でのアライアンス案件が持ち上がり、相互に社員の出向もあるので、優子と相田がお互いの会社の窓口的な役割に就くことになった。
それからは、二人で打ち合わせをする機会が増え、個人的に惹かれ合うようになったようだ。
そして、出会って半年経った頃の忘年会を兼ねた両社合同の打ち上げで、飲み過ぎた優子を相田が介抱したことが、男女関係の始まりだったというのが、相田の
おどおどとした口調で、政雄に視線を合わさず、懺悔するように浩之に自白していた姿を、政雄は鮮明に覚えている。
政雄は麦茶を飲みながら優子の苦しい言い訳を聞いていたが、ここで優子に反論する気はなかった。
反論したところで既に自分を被害者に仕立てている優子には、どんな客観的
被害者たる自分には責任がないというのが、絶対に変わることのないポリシーだ。
「疚しいことはしてないから離婚はしないって言いたいわけか?」
政雄はうんざりした表情を隠さずに言った。
「そうよ。誤解を与えるようなことをしたのは悪かったと思ってるわ……ごめんなさい」
結婚してから優子が頭を下げて謝罪したのを初めて見たような気がする。
どんなに自分が悪くても、得意の〈被害者責任無し論〉で、家庭内被害者ビジネスを行っていた優子は、夫に対する謝罪は世の中で一番してはいけないことだと固く信じていたはずだ。
それが、謝罪の言葉を述べて頭を下げるとは、政雄からすれば、目の前でペンギンが鉄棒で大回転をしているのと同じレベルの奇跡的な光景だ。
「いや、そんな、謝ってもらっても……今の俺にはお前が他の男と付き合っていたのかいないのかは大きな問題じゃないから。ここ数年の俺たちの気持ちのすれ違いや価値観の相違、お互いの相手への思いやりみたいなのが全くなくなっているのに、夫婦でいることに意味がないと思い始めているんだ。だから、もうお互いに好きなように生きればいいんじゃないか?お前だって今更俺と二人だけの生活に何か意義を感じるか?」
「意義?何よそれ。だから私だって全面的に悪くはないけど、自分にも責任の一端はあると思って謝ってるじゃない。政広のことを考えたって両親が離婚してることで、この先結婚とかに支障が出るかもしれないでしょ」
喉が渇いたのか、優子はグラスにビールを注いでから一息に飲み干した。
「政広は俺たちの好きなようにして構わないって言ってたよ。それに、今時両親が離婚しているから結婚に支障が出るようなことはないさ」
「例えばの話よ。なんであなたはそんなに離婚したいのよ?誰かいい
「ふざけんな!そんなのいるか!そんな次元の話じゃないんだよ」
「何よ?次元が違うって」
少し気色ばんだ政雄に気圧されたのか、優子は上体を反らして政雄を見た。
「さっきも言っただろ。この先一緒にいる意義があるのかって。例えばだ、俺が介護が必要になったらお前はちゃんと面倒を看てくれるのか?」
「あなたはどうなのよ?私がそうなった時に面倒を看てくれるの?」
「俺?多分、面倒は看たと思うよ……こうなる前だったらな」
「こうなるって、離婚したくなる前ってこと?」
優子の問いに政雄は無言で頷いた。
「そんなことないわよ。あなたはベースのところでは優しいから、私がそうなったら絶対に面倒を看てくれるわ。もちろん、私もあなたがそうなったら絶対に面倒を看るわよ。なんなら誓約書に書いてもいいくらいよ」
熱く語る優子を見て、そんな誓約書なんか、いざとなったらトイレットペーパーのようになんの躊躇いや罪悪感もなく、さらっとトイレに流すのは火を見るより明らかだと、政雄は思った。
その後、優子はチーズをつまみに冷えた白ワインを飲みながら、家に戻って欲しいと言った。
なんならこの家を息子の政広に譲って、都内の交通の便がいいところに、小さめのマンションを買ってもいいんじゃないかという熱弁もふるった。
だが、優子の口から迸る言葉に、政雄は自分でも不思議なくらいに気持ちが動くことはなかった。
既に信頼関係が破綻している夫婦に、どんな将来があるというのだろう。
還暦を過ぎ、惰性で生きている草臥れた男と、夫以外の男と逢瀬を楽しんでいた自分勝手な女が、何もなかったように一緒に暮らして、この先何か楽しいことがあるのか。
いや、平穏に暮らしていけるとでも、目の前の女は思っているのだろうか。
多分、優子は今自分が話していることが決して支離滅裂なものだという認識はないと、政雄は思う。
数日前からこう話そうと考えていたことが細胞の隅々まで行きわたり、優子の中では真実として定着しているのだろう。
虚言癖があるわけではないが、都合が悪くなると自分を被害者に仕立て上げて、責任を回避するのが常套手段だ。
根気よく付き合っていた政雄も、ベランダに西陽が差し始めた頃には精神的に限界を迎えた。
目の前の優子は酒の勢いもあり、滑舌良く言葉を吐き散らし、永遠に話が終わりそうにない。
「もういいよ。とにかく、俺の意思は固いからな。離婚届けはまた破られるのも手間だから、その気になったら連絡をくれ」
目の周りをほんのり赤く染めて今夜は何を食べたい、と訊く優子の話の腰を真っ二つに折るように言って、政雄は立ち上がった。
「えっ、帰るの?」
優子の問いかけを無視して、政雄は玄関に向かった。
「ちょっと待ってよ。まだ話は終わってないのよ」
政雄の後を追うように、優子もテーブルを離れた。
「これ以上話をしても、今日は結論が出ないだろ。さっき言ったように、俺は離婚してお互いに好きなように生きていきたいんだ。あとはお前が同意するかどうかだから、早めに決断してくれ」
「嫌よ!なんでそんなに頑なになるの?私はあの人とはあんたが考えているような関係じゃないって言ってるでしょ!しかも謝っているのに、どうして?」
まだそんなことを言うのかと呆れた政雄は、スニーカーに足を突っ込んで、ドアを開けながら言いたくないことを優子に告げることにした。
「実は俺、今、相田……さんとは友達付き合いをしてるんだ。彼は離婚して、俺の家の近くに引っ越して来たよ。最近は週末には必ず飲む仲だ」
「……!」
優子は喉の奥で声が消えてしまったように半開きの口で政雄を見た。
「じゃあな」
地面に張り付いたように残る暑さの中、政雄はマンションを出た。
容赦のない熱気にげんなりしたが、沈み始めた陽で長く伸びた自分の影と一緒に、駅に向けてとぼとぼと歩いた。
※最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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