囚われる
はる
第1話 マミの囚われ
今、私は世界で一番嫌いな男に抱かれている。
この男は危険だ。頭ではわかっているのに、身体が離れられない。足を大きくこじ開けられるとそれだけで頭の芯が溶けていく。そしてもう何も考える事が出来なくなる。
私はたぶん心と体が別物なんだろう。
セックスに愛なんていらない。愛なんて余計だ。愛があると気を使う。相手に自分を好きになってもらう為の行為は没頭できやしない。出した声一つ気を使う。気を使わない行為は大きな快楽になるはずなのに。
それに人が快楽に溺れている時の顔は、きっと変な顔になっているはずだ。冷静に見たらきっと見るに耐えられない顔だろう。誰にも見られたくない顔を見せる相手は、嫌いな男がいい。好きな相手には本当の自分を見せたくない。
私が自分をさらけ出せる相手は、いつも気持ちのない人だった。だって嫌われたって痛くも痒くもないのだから。好きな相手に嫌われたら立ち直れない。私は立ち直れない自分になりたくない。
ほら、今私は、醜い顔で醜い声をあげている。
醜いセックスを楽しんでいる。
だから私はこの男から離れられない。
* * *
今、私は世界で一番好きな男と笑っている。
この男は安心だ。一緒にいると心が溶かされていく。例えるならこの男は太陽だ。真っ直ぐな男なのだ。真っ直ぐ生きて真っ直ぐ笑って、真っ直ぐにセックスをするであろう男。快楽から一番遠いところにいる男。
でも、私にはわかっている。この男といると心は満たされるが、そのうち私の身体が不満を叫び始めるだろう。足りない足りない、これじゃあ足りないと。
だから私はこの男には近づきすぎない事を決めていた……はずだった。
心を決して開かないつもりだった。心が溺れてしまう男は危険なのだ。それなのにこの男は私の気持ちに全く気づかず、自分の気持ちだけでぐいぐい距離を縮めてくる。
真っ直ぐな男だから、真っ直ぐ私に向かって突き進んでくる。恐怖だ。防ぐ術がない。
ほら、今私は、心を大きくこじ開けられている。
恐怖に怯えながらも楽しそうに笑っている。
だから私はこの男から離れられない。
* * *
私には心を許せる友達はいない。
他人に心を許すなんて恐怖だ。絶対に許したくない。唯一、話を聞いてくれる友達ならいる。介護士をしている理子に二人の男の話をしてみた事がある。
「それは二股っていうんだよ」
強ばった笑顔の理子にそう教えられた。
そうか、これが噂の二股かと納得した。初挑戦してみたい気もするのだが、果たしてそんな器用な事が私に出来るのだろうかと自信が無くなり、
「私は針に糸も通せないぐらい不器用なのに」
と理子にぼやくと、
「そんな器用さはいらない」
勝ち誇ったような顔で笑われた。
何を知ってるというのだ。理子に彼氏がいた事は一度もないくせに。でも勝ち誇った笑顔の陰に見え隠れする妬みの表情を、なんとか隠そうとしている理子は少し可愛い。
「マミだけ二つもずるい」
理子の口から出た「ずるい」という言葉に心と身体が震えるほど反応してしまった。大きな快楽の予感に興奮を覚えてしまった。ずるい女。何気なく言った理子の一言が、私の背中を強く押してしまったのだ。
私は知っている。理子が、私の世界で一番嫌いな男を好きだということを。
理子に会う度に、快楽快楽と連呼しているので、逆に興味が沸いてしまったのだろう。でも、あの快楽を理子が味わう事だけは許さない。
あの快楽は私だけのものなのだ。
* * *
心と心、身体と身体の二股は無理だ。かぶっている。でも心と身体ならバランスがいいからやり遂げる事が出来るかもと、理子のせいでおかしな期待を持ってしまった。
しかし考えようによっては、二人の男のおかげで、心も身体も快楽に溺れる事が出来る。これは理想的なのではないか。
何も一人の男から全てを貰わなくても、いろんな男からかき集めた快楽で凌いで生きていくのも悪くない気がしてきた。その代償として、私は誰の一番にもなれないというリスクを背負う。でも自分が誰かの一番になるなんて気が重いから二番手ぐらいがちょうどいい。常に一番って大変そうだ。
身体に真っ直ぐな男は気持ちいい。
次の行為が予想出来ないセックスは、興奮する。
欲しいものをくれない方が、身体は気持ちいい。
心に真っ直ぐな男は気持ちいい。
次の言葉が予想できてしまう会話は、安心する。
欲しいものをくれる方が、心は気持ちいい。
身勝手な快楽に囚われていく。
(つづく)
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