幼馴染と距離を置きたい

月之影心

幼馴染と距離を置きたい

 物心付いた頃からいつも一緒に過ごしてきた。

 遊ぶのも食べるのも、いつも隣に居るのが当たり前だった。

 たまに喧嘩もしたけど高校生になった今も仲良くしていた。

 しかし高校生にもなると、お互いの交友関係も行動範囲も自然と広がって、いつも隣に居る事が不自由に感じるようになっていた。




「ちょっと、距離を置きたいんだ。」


「ん~?何の距離?」


「俺と実桜みおの距離だよ。」


「私と彰良あきらくんの……距離?」




 不思議そうな顔をして20cm程下から俺の顔を覗き込む実桜。

 マツエクもしてないのに長くて密度の高い睫毛と目頭から目尻までくっきりと見える二重の目をぱちくりとさせている。




「そう。」


「あんまり離れたくないなぁ……」


「我儘言わないの。」


「ぶぅ……」




 薄い唇を尖らせて不満たっぷりな感情を乗せて実桜が言う。

 リップを付けているのか、艶々と瑞々しさを湛えた唇には高校生とは思えない色気が漂っている。




「そうは言ってもお互いのリズムってあるからさ。」


「昔っからずっと一緒だから私のリズムも彰良くんのリズムも似てるよね。」


「二人揃って風邪引くのは勘弁だけどな。」


「仕方ないよ。いつも一緒に居るんだから。」




 俺の顔を見上げたまま、その大きな目を三日月のように細めて笑顔を見せる。

 俺はつい照れ臭くなって目線を逸らしてしまうが、実桜の白く細い手が頬に添えられて『こっちを見て』というように顔の向きを変えられる。




「けど全部が全部一緒ってわけでもないだろ?」


「そう?」


「色々あるからさ。」


「何があるのよ?」




 中学1年の頃だったか、実桜の体が丸みを帯びてきたのには気付いていた。

 その直後の保健体育の授業で、俺と実桜は全然違う事を知った。

 それでも、俺と実桜はいつも一緒に居た。




「ずっと一緒に居るって難しい事なんだよ。」


「どうしても距離を開けたい?」


「少なくとも今はそう思う。」


「嫌って言ったら?」




 実桜はそんなに俺から離れたくないのかと、少し嬉しくなった。

 だがここで気持ちを緩めてしまうと、大きな後悔をしてしまいそうだ。




「それでもだ。」


「嫌よ。」


「俺が頭を下げて頼んでも?」


「嫌。」




 俺は少し焦り始めていた。

 いくら俺が距離を開けたいと思っても、実桜が離れないと今の状態から進むことは叶わないのだから。




「あんまり我儘言わないで欲しいな。」


「でも……」


「冗談抜きに、距離を置きたいんだ。」


「本気なのね……」




 ずっと俺の顔を見上げていた実桜が目線を落とす。

 長い睫毛が小さく震えていた。




「本気だよ。」


「それでも私は……離れたくないな……」




 俺の腰に腕を回して抱き付いていた実桜が、その腕をきゅっと絞める。

 その絞め付けは胃から下を圧迫し、俺の限界を一歩手繰り寄せた。




「そ、そろそろマジで離れて欲しいんだけど……」


「嫌ったら嫌よ。」


「ホントマジで!冗談抜きに!離れてくれって!」


「嫌っ!」




 実桜の両腕が胴体に食い込む。

 怒涛の尿意が下腹部を襲う。




「ひぃっ!」


「え?」


「マジごめん……トイレ……行かせて……」


「早く言いなさいよっ!」




 限界。

 俺は実桜の腕を掴んで引き剥がすとそのまま立ち上がり、トイレへと駆け込んだ。




 幼馴染と距離を置いた時間……3分30秒。

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幼馴染と距離を置きたい 月之影心 @tsuki_kage_32

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