第289話 侵略⑤
「こ、これ、さ、採取、し、して、きま、した」
今となっては冒険者にとって、楽園と呼ばれて定着しているスタトリン。
当然ながら国民の多数が冒険者として活動しており、今日もギルドから出される多くの依頼をそれぞれ受注して、それをこなす為にスタトリン周辺の森はもちろん、サンデル王国の至るところにまで出向いている。
そうして大いに活気づいている、神の宿り木商会系列の冒険者ギルド。
そのスタトリン本部の受付カウンターで、多種類の植物素材の採取依頼を受注し、それの達成したのでその報告を嬉しそうなにこにこ笑顔で行なう一人の少年。
スタトリンとサンデル王国の民に愛され、誰もが両国の守護神だと崇拝してやまない存在となる、リンその人。
「あ、ありがとうございます。リン様」
リンが受注した依頼は、スタトリン北部にある魔の森、それも奥部での採取依頼。
それゆえに、並の冒険者では入ることすら許されない魔境と言える場所。
当然ながら、その手の依頼を受注し、達成できる存在は限られており…
現状で
だが、そんな依頼もリンにかかれば、一人であっさりとこなせてしまうのだ。
受付嬢も、町のお役立ち依頼はもちろんそういった高難易度の依頼を進んでこなしてくれるリンの存在はとてもありがたく思っており…
今目の前で嬉しそうなにこにこ笑顔で達成報告をしてくれているのも、とても嬉しいと思っている。
いるのだが…
「あ、あの…リン様…」
「?はい?」
「リ、リン様はこの冒険者ギルドの経営母体となる、神の宿り木商会の会頭であり」
「スタトリンとサンデル王国では守護神として崇拝されている、とても重要なお立場のお方なのですから」
「当ギルドの依頼は、ギルド所属の冒険者の方々にお任せ頂ければ大丈夫かと…」
「なにも、リン様御自ら冒険者として依頼をこなさなくても…」
リン自身、未だに自覚はないのだが、やはりスタトリンとサンデル王国の守護神として崇められ、その存在は一国の王よりも遥かに重要として扱われている。
岩山の洞窟に隠れ住んでいた、かつての傭兵集団の件でリンがもっと自由に自身の力で誰かを救いたい、と言う意思をはっきりとさせてから、周囲は必要以上にリンを匿うことこそなくなったものの…
やはりリンには、守護神として自らの自宅とするあの神殿にどっしりと構えていてほしいと言う思いが、商会関係者はもちろんスタトリン、サンデル王国両国の首脳には強く根付いており、神殿に住み込みで傍仕えとなっている女性達がうまく誘導して、どうにか神殿の方にいてもらおうと水面下では必死になっている。
のだが、当のリンがこのように一介の冒険者として依頼をこなしたいと、その意思を明確にしてしまえばそれに背くことなどできるはずもなく…
こうして、適度にスタトリンやサンデル王国のお役立ち依頼はもちろん、魔の森関連の採取や討伐の依頼を自らこなしに出てくるようになっている。
とはいえ、冒険者ギルドで勤務してくれている商会の従業員達も、思いとしてはリンには神殿でどっしりと構えていてほしい、と言うものが強くある為…
こうして、ついついリンに他の冒険者に任せてほしいと進言してくる。
「ぼ、ぼく、い、依頼、う、受けちゃ、だ、だめ、な、なん、で、しょ、しょう、か?…」
ただ、そんな風に言われるとリンはまるで自分が冒険者として活動してはいけないように聞こえてしまう為…
凄くしょんぼりとした表情で、悲しい気持ちになってしまう。
「!!ち、違います!!」
「そのようなことは、断じてございません!!」
「わたし達の守護神様となるリン様に、冒険者として活動して頂けるなど、光栄の極みでございます!!」
「リン様のおかげで、高難易度の依頼もこうしてこなして頂けて」
「本当に嬉しく思います!!」
しょんぼりとしてしまったリンを見て、受付嬢達は強い口調で、リンが冒険者として活動してはいけない、などと言うことを全力で否定してくる。
実際、リンに冒険者として活動してもらえることは何よりも嬉しくてたまらず、他の冒険者へのお手本と言わんばかりにきっちりとしてくれているのもあってなおのこと喜ばしく思っている。
ただ、リンが表に出て冒険者活動をすると…
「ね、ねえ。本物のリン様よ」
「わあ~…ちっちゃくってすっごく可愛い~♡」
「ど、どうしよう…リン様とお近づきになりたいけど…」
「あの大氾濫をたった一人で退けた、あの伝説の冒険者のリン様…♡」
「リン様…はあ…♡」
「も、もしリン様にお気に召してもらえたら…わたし、リン様のお傍でお仕えさせてもらえるのかな…」
と、このような感じで周囲の女性冒険者は当然のように色めきだってしまい…
恐れ多く思いながらも、リンとお近づきになろうと接触を試みたりしてくる。
伝説の冒険者として、スタトリンとサンデル王国の守護神として名高いリンの傍仕えを、神の宿り木商会系列の冒険者ギルドに所属する女性冒険者の誰もが夢見ており…
リンの元で永久就職できた時のことを、毎日のように思い描いてはだらしない笑みを浮かべている。
「お、おい!リン様だぞ!」
「あ、あのお方が…」
「あの、最低でも中位以上の魔物が十万を超える程の大氾濫を、たった一人で退けた伝説の冒険者!」
「リ、リン様に剣の指導をして頂きたい…そうすれば、おれはもっと強くなれる気しかしない…」
「ああ…生のリン様を拝させて頂けるなんて…」
「オレもいつか、リン様をお護りさせて頂く神の宿り木商会の防衛部隊に、加えて頂きたい!」
男性冒険者は、幼い頃に読んだ空想の冒険譚に出てくる英雄が、そのまま現実となったかのような存在のリンを神聖視しており…
今代の英雄、そしてスタトリンとサンデル王国の守護神として、抑えきれない程の憧れを抱いている。
神の宿り木商会系列の冒険者ギルドに所属する男性冒険者の誰もが、神の宿り木商会の防衛部隊に所属し、リンを守護する隊員として活動することを夢見ている。
そんな者達が、その憧れや崇拝の対象となるリンを直に見てしまったら、どうなるのか。
「リン様♡お会いできて光栄です♡」
「リン様♡わたし達の守護神様♡」
「リン様♡こんな私でもよろしければ、ぜひリン様の傍仕えにしてください♡」
「リン様♡」
「リン様♡」
「リン様♡」
「リン様!ぜひこのおれにリン様の剣術の指導を!」
「リン様!ああ…あの生ける伝説の冒険者…」
「リン様!どうかこのオレをぜひ、神の宿り木商会の防衛部隊に入れて下さい!」
「リン様!」
「リン様!」
「リン様!」
その場にいる冒険者全員が、リンの元へと近づいて幸せの絶頂のような笑顔で跪き…
伝説の冒険者の称号に相応しい功績を残し、偉大なる守護神としての地位まで築き上げた存在とお近づきになろうと、積極的に声をかけてくる。
女性冒険者は誰もがリンを異性として愛していることが、一目で分かる表情を浮かべており、男性冒険者は憧れの英雄を目の当たりにする幼い子供のようなきらきらした目を向けている。
「あ、あの…」
「はああ…リン様のお声…♡」
「リン様…リン様…♡」
「リン様が、リン様がおれ達に声を!」
「もうこれだけで幸せ一杯だ!」
「リン様!」
「オレ達が」
「わたし達が」
「ティラニー帝国なんて野蛮な国の侵略、絶対に阻止してみせます!」
「ティラニー帝国なんかに、リン様がお護りくださるスタトリンもサンデル王国も、絶対に渡したりなんかしません!」
「かつての大氾濫から、リン様がたったお一人でこのスタトリンを護って下さったように」
「今度はおれ達がリン様をお護り致します!」
いきなり周囲の冒険者達に、まさに神に仕える信徒のように跪かれ…
大勢に囲まれてリンは思わずおたおたとした声を出してしまい、その声に冒険者達が感動し涙を流しながら、自分達がかつてリンが大氾濫からスタトリンを護り抜いてくれたように、ティラニー帝国からリンを護ると強く宣言してくる。
冒険者達はリンの元に集結し、こうして生のリンを見ることができ、その声も聞くことができて幸せの絶頂と言わんばかりに喜んでいる。
「ぼ、ぼく…」
「リン様♡よろしければ、どうぞこのわたしをリン様の傍仕えにしてください♡」
「あ~!!ずるい~!!」
「リン様♡あたしをリン様の傍仕えにしてください♡」
「リン様!リン様の御身をお護りさせて頂ける、神の宿り木商会の防衛部隊にぜひおれを入れて下さい!」
「リン様♡」
「リン様!」
さらには、リンの傍仕えになりたい女性冒険者達と、神の宿り木商会の防衛部隊に入隊したい男性冒険者達が次々にリンに迫って来てしまい…
リンはそのコミュ障もあってますますおたおたとしてしまう。
「はい、そこまで!」
「そんなに一斉に迫られて、リン様がお困りになられてます!」
明らかにリンが困っているのを見ていた受付嬢達が、リンと冒険者達の間にすかさず割り込むように入り…
リンを冒険者達から救出しようと、その身を挺して冒険者達を落ち着かせようとする。
「さあ!早くリン様をバックヤードへお連れして!」
「わ、分かりました!さ…リン様、こちらへ」
何が何だか分からずきょとんとしているリンを、冒険者達を抑えている受付嬢から命じられた後輩の受付嬢が慌てて冒険者ギルドへのバックヤードへ連れて行こうとする。
「ああ!リン様!」
「リン様!」
「リン様!ぜひこのあたしをリン様の傍仕えに!」
「リン様!」
「リン様!ぜひこのおれを防衛部隊に!」
「リン様の御身は、オレがお護り致します!」
リンが冒険者ギルドのバックヤードに連れて行かれるのを目の当たりにして、冒険者達はとても残念に思いながら、それでもリンの傍で仕えたいと言う思いを言葉にして、自分達の意思を伝えてくる。
心底リンを崇拝し、愛する冒険者達の姿に受付嬢達は嬉しく思うものの…
それでも重度のコミュ障をその身に呪いとして抱えているリンに、余計な負担をかけたくない思いを優先して、リンに縋りつこうとする冒険者達を抑えている。
その間に、リンは他の受付嬢に連れられて、冒険者ギルドのバックヤードへと姿を消していくのであった。
――――
「び、びっ、くり、し、しま、した…」
リンの生活空間にある、冒険者ギルドのバックヤード。
スタトリン本部の受付嬢にそこまで連れて来られたリンは、その場にいた多くの冒険者に迫られ、崇められたことに驚くばかりとなっている。
「リン様。リン様は文字通り私達をお護り下さる、偉大な守護神様として商会関係者はもちろんのこと、スタトリンとサンデル王国で暮らす誰もが、リン様のことを心から崇拝し、愛しております」
「それはもちろん、わたし達もですし、先程の冒険者の皆様もです」
「特にリン様は、あの大氾濫をたったお一人で退けられたことで、伝説の冒険者としても名高い存在となっておられます」
「ですので、冒険者の皆様からすれば物語の主人公がそのまま現実に出てきたような、これ以上ない憧れの存在なのです」
そんなリンがあまりにも可愛くて、思わず抱きしめてしまいそうになるのをどうにか堪えながら、バックヤードの方で事務処理を担当する女性職員達が優しい笑顔で、リンがどれ程の存在なのかを優しく言い聞かせてくる。
「ぼ、ぼく、そ、そんな…」
だが、いつまで経っても自分はただの平民だとしか思っていないリンは、女性職員達のそんな言葉にも居た堪れなさそうな、おどおどした表情を浮かべてしまう。
「(ああ…リン様は本当にご自身のことに無頓着なんですから…♡)」
「(でも、そんなリン様も可愛すぎて…♡)」
「(依頼達成報告の時の笑顔があまりにも可愛すぎて…♡)」
「(一介の冒険者として活動してくださるのは嬉しくてたまらないのですけれど…リン様はご自身の魅力を知らなすぎます♡)」
もうとにかくリンのことを愛しすぎてたまらない女性職員達。
どんな顔のリンも可愛くて可愛くてどうしようもなく…
その瞳に病的な程の愛を示す形が浮かんでしまっている。
「さあ、リン様♡こうして依頼も達成してくださいましたし」
「リン様のご自宅となられる、あの神殿へと帰らせて頂きましょう♡」
「僭越ながら、わたし達がお傍につかせて頂きます♡」
「では、あたし達と一緒に帰りましょう♡」
もはや一つの国となっている、リンの生活空間。
神の宿り木商会の従業員の居住地は、リンの自宅となる神殿の麓にある為、まさに城下町といっても差支えがない状態となっている。
それでいて、防衛部隊の幹部が交代で常駐している、神殿の守衛に手続きをすれば容易に敷地内に入れることもあって、リンの自宅は人の出入りがひっきりなしに行われている。
もちろん、来客の対応はリンの傍仕えとなるメイド達、専属秘書達が主に行なっており、神殿の主となるリンが直接応対することは基本的にはない。
だからこそ、ギルドの女性職員達にとってはこうしてリンの傍で、リンと一緒に歩くことができるのは千載一遇のチャンスなのだ。
一人がリンの幼い右手を、もう一人がリンの左手を優しく包み込むように恋人つなぎで取り、残り二人がリンのすぐ後ろについて、リンの自宅となる神殿へと、何が何だか、と言う状態のリンを連れて歩を進めていく。
「あ、あの…」
「ご安心ください、リン様♡」
「わたし達がリン様をご自宅までお送りさせて頂きます♡」
「リン様はあたし達にお任せして頂ければ、嬉しいです♡」
「リン様は、あの神殿でどっしりと構えて頂ければ、わたし達は本当に幸せです♡」
女性職員達は、リンの傍にいられるだけでもうどうしようもない程の幸せが、心に溢れかえってくる。
このリンが作ってくれた商会、そして独立させてくれた国、護ってくれている国を侵略しようと目論む者がいるなんて、許せない。
絶対に護らなきゃ。
その為にも、今回はギルドに所属する冒険者にも、防衛の依頼を出す予定なのだ。
その確固たる決意を胸に、女性職員達はリンに寄り添いながら、リンを神殿の方へと、送り届けるのであった。
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