第228話 水翼

「あ……ああ……」


スタトリンの北側に広大な姿を見せている魔の森。

リンの守護を常にもらっている今のスタトリンにとっては、脅威と言える程のものはなく、戦闘能力の高い冒険者がギルドからの依頼を遂行する為に行くことも多くなっている。


だが、リンの守護もなく、かといって魔物と戦える程の戦闘能力も持たない者にとっては、一寸先には確実な死が待っていると言っても過言ではない程の超危険地帯。


「GURURURURURU…」

「GUOOOOOOOOO…」


地の底から響いてくるような、しかし覚束ない発声による咆哮。

普通に見れば、とても生きているとは思えない程に崩れ去った肉体。

しかし、10mはありそうな体長が、聳え立つ山のような雄々しさを感じさせる。


自身の目の前で、腰を抜かして絶望に陥ってしまっている獲物を狙う魔物は、ドラゴンゾンビ。

魔の森の濃密な魔素の影響で、死んだはずのドラゴンがゾンビとなって蘇った、不死アンデッド系の魔物。

生物として肉体を持つ魔物が、魔の森でその生を終えた場合はこうしてゾンビとなることは日常茶飯事。

しかも、肉体こそは朽ち果てているもののいくら斬り飛ばされても潰されても、その濃密な魔素の影響によりすぐに再生してしまう。

討伐には、不死アンデッド系の弱点となる核を潰すか、明確な弱点属性となる【光】属性の魔法を使うしかない。


だが【光】属性自体、属性の適応者が非常に少なく、適応者は大概はサンデル王国にある教団のような組織の一員とされており、魔の森のような超危険地帯に入ってまでその地の浄化を行なうようなことは、まずしない。

その為、遭遇してしまった場合の討伐方法は核を潰すこととなるのだが…

核の場所は、ゾンビとなった個体によって大きく異なり、その上同種の魔物のゾンビですら核の位置が各個体によって変動する為、その見極めは非常に困難。


陽の光も弱点となる為、活動時間帯は夜に限定されているのだが…

夜ならば魔素さえあれば無尽蔵に活動できる上、その強さもゾンビとなる前より遥かに増してしまう為、討伐そのものが非常に困難となってしまう。

しかも、腐敗した肉体そのものが天然の毒となっており、種族や個体によって成分は変わるもののそれに触れると全身が麻痺したり、最も凶悪な毒になると即死してしまうものすらある程。


ましてや、魔物の種族の中でも最高位に属すると言っても過言ではない竜種のゾンビとなる為…

その脅威度は計り知れないものとなってしまう。


「こ…怖いよお…」


そんな魔物に狙われているのは、十歳くらいの幼い容姿の少女。


そのくりくりとした可愛らしい目の中心にある、美しい海を思わせる群青の瞳。

その小さな背中を覆う、艶のいい長い群青の髪。

その幼い肢体を包む、水色のローブ。

しみ一つない、透き通るように白く美しい肌が、よりその海を思わせる群青を強調している。


容姿そのものは、ある一点を除けば人族となんら変わりはない。


人族と違う大きな一点。

それは、少女の背中から生えている、小ぶりな群青の翼。


この少女は、この世界では幻の種族の一つとされている水翼人。




名前:アクウィラ・アクアウィング

種族:水翼人

性別:女

年齢:10

HP:61/325

MP:20/3765

筋力:201

敏捷:406

防御:168

知力:1865

器用:2011

称号:水翼人の王女、水の住人

技能:魔法・5(水)

   魔力・5(制御、回復、減少)

   飛翔・3

※各ステータス値は、各称号の影響を受けていない本来の数値。




称号

・水翼人の王女

水翼人の王女となる者に与えられる称号。

水翼人からは常に敬愛の対象とされ、敬われる。

反面、異種族からは畏怖、もしくは欲望の対象として狙われやすくなる。

【水】属性の魔法の威力・効果が基本50%増加する。

ただし、【風】属性の魔法による被害が50%増加する。


・水の住人

水に生きる者に与えられる称号。

陸にいると全ステータスが30%減少し、じょじょに体力と魔力が減少してしまう。

反面、水の中にいると逆に全ステータスが30%上昇し、じょじょに体力と魔力が回復していく。




水翼人は、人族はもちろんのこと自然と同調して生きる獣人などの亜人すら、普段はまずお目にかかることのない…

まさに幻の種族とされている存在。


種族の特徴となる群青の瞳に髪、そして翼が示す通り、 種族特性として【水】属性の魔法に特化しており、それ以外は使えない。

また、ある程度の個体差はあるものの【風】属性の魔法が致命的な弱点となっており、陸にいるだけで体力と魔力が失われていく。

身体能力は人族よりは高くはなるものの、筋力と敏捷に特化している為防御はいまいち。

その為、非常に打たれ弱く脅威度の高い魔物の一撃ならまず致命傷になってしまう。


翼以外は純粋な人族となんら変わりない容姿をしているが、その群青の翼はもちろんのこと、瞳と髪も錬金術での高級素材となる為…

欲に溺れた人族に狩りの対象として狙われ続けている。

加えて、男も女も美しく、異性の劣情を激しく煽る容姿になることが多い為、愛玩奴隷としても狙われるようにもなってしまっている。


種族としての寿命は亜人の中でもかなり長い部類に属しており…

平均して千年、長ければ千五百~二千年は生きる個体も存在している。

種族の繁殖方法は人族となんら変わりはないものの、種族特性となる長寿の反面、繁殖能力はかなり低く…

子孫を残すことができずにその長い寿命を終えることの方が普通で、子孫を残すことのできた個体の方が稀となる程。

異種族との交配こそ可能ではあるものの、その繁殖能力の低さゆえに生まれた子はまず相手の種族の子となってしまう。


その個体の長寿命と繁殖能力の低さもあり、古くからの文化を根強く残して変化を好まない傾向にある為…

心無い人族に狙われていることもあって異種族との交流は断絶し、鎖国状態となっている。


そんな水翼人である少女、アクウィラ。

しかも、変化のない文化の中王族として生を受けた、非常に重要な立場の少女。


大人しく控えめな反面、非常に好奇心旺盛な彼女は、陸の世界への興味を抑えることができず、自国の王と王妃となる両親、そして傍仕えとなる使用人達の目を盗んで、その翼で陸の世界へと飛び出してしまった。

そうして、しばらく空を飛びながら陸の世界を眺めていたのだが…

突如、自身を襲った突風により翼の制御を奪われ、魔の森へと落ちてしまったのだ。


しかもそこには、凶悪な魔物となるドラゴンゾンビが獲物を探して徘徊しており…

自分達の目の前に落ちてきたアクウィラを、完全に獲物としてロックオンしてしまう。


しかもアクウィラは、突如襲われた突風によって体力と魔力を大幅に奪われ…

さらに陸地にいることで今も体力と魔力がじょじょに減少している。

背中の翼を動かすこともできない程に体力も魔力も奪われてしまい…

もはや、ドラゴンゾンビの餌となるのを待つだけとなってしまっている。




「だ…誰…か……」




――――助けて――――




捕食者に狙われ、今にも食われそうな状況への恐怖と絶望にその心を押しつぶされ…

陸の空気に、その小さな身体を支える体力も魔力も奪われ…

もはや死は免れないところまで追い込まれ、しかしそれでも最後の力を振り絞り、救いを求める声を上げようとした、まさにその時だった。




「「!!!!!!GU、GUOOOOOOOOOOOO!!!!!!」」




清浄な光が、二体のドラゴンゾンビを包み込み…

醜く朽ち果て、強烈な腐臭を漂わせていたその身体を…

否、存在そのものを消滅させていく。


「!!え…………」


その光景に、アクウィラは驚愕の表情を浮かべ…

何が何だか分からなくなってしまう。


「「GU、OOOOOOOOOOOO……………………」」


そんなアクウィラをよそに、ドラゴンゾンビ達を包み込む清浄な光は…

未だ現世に囚われている哀れな魂を救済するかのように、瞬く間にドラゴンゾンビを消し去ってしまった。


その光は、役目は終わったと言わんばかりに消え去り…

ドラゴンゾンビがいた場所には、その核となっていたであろう、直径数十cm程の球状の魔石が転がっている。




「よ、よかった……間に合って……」




ドラゴンゾンビ達の背後となる位置から、どこででも売っているような安物風の外套に身を包み、その外套についているフードを目深に被った小さな少年が姿を現す。


「あ…………」


見知らぬ存在にアクウィラはびくりとその小さな身体を震わせてしまうのだが…

その少年が発する、とても温かな雰囲気に張り詰めていたものがほうっと緩められていくのを感じる。


その少年――――リン――――は、討伐したドラゴンゾンビの魔石を自身の収納空間に収納すると、もはや立ち上がることもできない程に疲弊してしまっているアクウィラの傍に寄っていく。


「だ、だい、じょ、じょう、ぶ?」


そして、覚束なくも心底アクウィラを気遣う優しい声で、リンはアクウィラに問いかける。


「あ……あ……」


そんなリンが、まさにこの世に降臨してくれた神のように思えて、アクウィラは何とか言葉を出そうとするも…

もはや極限まで体力を削り取られている為か、ろくに声もあげることができず、懸命にリンに向かって伸ばそうとしている小さな手も、ろくに動かすことができないでいる。


「ご、ごめ、んね。す、すぐ、か、回復、する、ね」


【医療・診断】で目の前の少女の状態が極限の疲弊状態だと知ったリンは、すぐさま【光】属性の【回復】を使い、ひとまずはアクウィラの体力を回復させていく。


「!わ…わあ……」


まさに命そのものを分け与えられているかのような、心地のいい温かな光に、アクウィラは自身の身体がどんどん楽になっていくのを感じる。

リンが発動する【回復】の威力は凄まじく、瞬く間にアクウィラの体力は完全に回復してしまう。


「つ、次、は……ご、ごめ、んね。ちょ、ちょっと、手、さ、さわ、る、ね」


続けざまにリンはアクウィラの手を取り、【無】属性の【魔力譲渡】を発動する。

自身の膨大すぎる程に膨大な魔力を、アクウィラの身体に流し込んでいく。


「す、すっごく…あったかくて…心地いい…」


リンが【魔力譲渡】によって魔力を流し込んでくれるのがとても温かで心地よくて…

アクウィラの幼く可愛らしい顔に、心底安心したような表情が浮かんでくる。


体力に続き、魔力も瞬く間に全回復したアクウィラは、【魔力譲渡】の為につないでくれたリンの手をきゅっと握って、離さないようにしてしまう。


「も、もう、だ、だい、じょ、じょう、ぶ、だよ」

「!うん!お兄ちゃん、ありがとう!」

「え、えへへ…き、君、を、た、助け、ら、られて、ぼ、ぼく、う、嬉しい、な」


アクウィラを救うことができて、そのアクウィラがとても嬉しそうな笑顔を見せてくれて…

リンはその可愛らしい顔に天使のような笑顔を浮かべて喜ぶ。


そんなリンの笑顔に、アクウィラは心を撃ち抜かれてしまったようで…

自分よりも頭一つは高いリンの身体に、甘えるようにべったりと抱き着いてくる。


「!え?」

「あたち、お兄ちゃんだいすき!!」

「え?え?」

「お兄ちゃん!あたちお兄ちゃんといっしょにいたいの!」


天真爛漫な、ぱあっとした笑顔を浮かべながら、アクウィラはリンのことを離さないと言わんばかりにべったりと抱き着いて、リンと一緒にいたいと言い出す。

称号【神々の愛し子】を取得したことで、その身体から発しているリンの神気も、アクウィラはとても心地よく感じており、リンの全てを堪能するかのようにリンの華奢な胸に顔を埋めて、思いっきり甘えてくる。


「えへへ…お兄ちゃん♡」


とても幸せそうに自分に抱き着いて甘えてくるアクウィラに、リンは困ったような表情を浮かべてしまうものの…

せっかくアクウィラが喜んでくれているのだからと、何も言わずにアクウィラの好きなようにさせている。


「あ、あの……」

「?なあに?お兄ちゃん?」

「き、君、は……」

「アクウィラ」

「?え?」

「あたち、アクウィラ!だからお兄ちゃんも、あたちのことアクウィラって呼んで?」

「あ、じゃ、じゃあ…ア、アクウィラ、ちゃん?」

「!うん♡お兄ちゃんのおなまえは?」

「ぼ、ぼく?ぼ、ぼく、リ、リン、って、言う、んだ」

「リンっておなまえなんだ!じゃああたち、リンお兄ちゃんって呼ぶね♡」

「う、うん……そ、それ、で、ア、アクウィラ、ちゃん、は、ど、どう、して、こ、ここ、に、い、いる、の?」


生き別れて長く会えなかった実の兄に再会したかのように、べったりと甘えるように抱き着いて離れないアクウィラ。

すっかりリンに懐いてしまい、これからも行動を共にする気満々のようで…

アクウィラは幸せそうな笑顔のまま、リンの胸に顔を埋めてずっと甘えている。


アクウィラが幻の種族とされている水翼人であると、こっそりと【鑑定】を使ったことで知り得たリンは、アクウィラがなぜ魔の森と言う、故郷からずっと離れている超危険地帯にいるのかを、覚束ない口調で問いかける。


「あ!あのね、あたちね――――」


やや舌足らずな口調で、アクウィラはリンに問われたことに懸命に答えようとする。


元々はこの魔の森から遠く離れた、何者をも寄せ付けない程の大瀑布となる滝に囲まれた水の豊富な地に、自分達水翼人の国があること。

だが、取り立てて変化もなく、自分が面白いと思えるようなものもない国が退屈で退屈でどうしようもなくなり、家族の目を盗んで国から飛び出してしまったこと。

自分の知らない世界を見に行こうと、その翼で自由に空を飛んでいたところに突風に襲われ、この魔の森に落ちてしまったこと。

そこに先程のドラゴンゾンビが出現し、突風を受けたことでろくに身体も動かなくなってしまったところを襲われそうになってしまったこと。


それらを、アクウィラは一生懸命、リンに説明していった。


「…ア、アクウィラ、ちゃん」

「?なあに?」

「ア、アクウィラ、ちゃん、は、じ、自分、の、く、国、に、か、帰り、たい?」

「…ん~ん。だって、つまんないんだもん」

「で、でも、か、帰ら、ない、と、お、お父さん、も、お、お母さん、も、す、すっごく、し、心配、してる、よ?」

「や。リンお兄ちゃんといっしょがいいの」


よほど自分の国が嫌いなのか、アクウィラは頑として国に帰ることを受け入れない。

逆によほどリンに懐いてしまったのか、リンにべったりと抱き着いたまま離れる素振りも見せない。


水翼人の国の王女アクウィラを魔物から救い、さらには失われた体力と魔力も回復させたおかげで、すっかりアクウィラに懐かれてしまったリン。

リンにべったりと甘えたまま、一向に離れる様子のないアクウィラに、リンはどうしようかと困った表情を浮かべてしまうのであった。

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