第123話 移民①
「で……王女殿下」
「は、はい」
「一体、何があったのですかな?」
リリーシアとリンを連れて、ジャスティン商会本店の、自分の執務室まで戻ってきたジャスティン。
高級感漂うテーブルを挟んで、そのテーブルを囲むように置かれている、皮張りの高級感溢れるソファーに座り、リンを自分の隣に座らせ、向かいのソファーにリリーシアを座らせて向き合い…
リリーシアがなぜこのスタトリンにいるのか…
そして、ここに来るまでに何があったのか…
それを聞き出すべく、リリーシアになるべく優しい声で問いかける。
最も、日々を普通に暮らしている住人達の中でも、以前の氾濫よりも前からスタトリンで暮らしている者の中には、スタトリンがサンデル王国から捨てられた町だと言うことを知っている者もいる。
そんな中で、そのサンデル王国の王族であるリリーシアがその素性を露わにすれば、その件でサンデル王国に恨みを抱いている者達が暴動を起こす可能性だってある。
その為、このスタトリンでリリーシアを見かけたジャスティンからすれば…
せっかく稀代の英雄であるリンを中心に、非常にお互いを思い合う友好な関係が、住民の間で構築されてきているのに、それを台無しにされかねない出来事であった為…
内心では、突如スタトリンにその姿を現したリリーシアには、文句の一つでも言いたくなるような心境であった。
「…え、え~と…そ、それは、ですね…」
そして、自らの独断専行で魔の森のかなり奥部まで強行で出陣し…
あげく、国の重要な戦力をことごとく無駄死にさせてしまったリリーシア。
そのことから来る罪悪感が、物凄くリリーシアの心に後ろめたさを感じさせてしまっており…
ジャスティンの求める、説明らしい説明ができない状態に陥ってしまっている。
「…はあ………リン君」
「?は、はい?」
「…大体の事情は、なんとなくは気づいているのだが……もしよければ、君がどうしてリリーシア殿下を連れて、このスタトリンまで戻ってきたのかを、教えてもらってもいいかな?」
リリーシアからは、まともな回答が返ってこないと判断したジャスティンは…
その事から来るがっかり感からの溜息を一つつくと、今度はリンに説明を求める。
重度のコミュ障であるリンに、とても負担を強いることを要求している事実に、多分な申し訳なさを感じているのが、その声にもにじみ出てしまっているのだが。
「は、はい…え、え~と…」
そんなジャスティンの要求に、リンは素直に応じる。
そして、拙くも一つ一つを懸命に、ジャスティンに伝えていく。
魔の森で狩りに出かけていたところに、ヒドラ達に襲われていたリリーシアに気づいたこと。
そのヒドラ達を討伐し、リリーシアを救ったこと。
リリーシアを命がけで護り、力尽きた彼女の護衛部隊を【光】魔法の【鎮魂】で天に送ってきたこと。
リン自身はなぜなのか全く分かっていないが、リリーシアがしきりにリンの従僕になりたいと懇願し、着いてきたこと。
それらを、時間はかけつつもなんとか、説明していった。
「…リン君、本当にありがとう。よく分かったよ。人との会話が苦手な君にこんなにも説明をさせてしまって、申し訳ない」
「い、いえ…お、お役に、立てて、う、嬉しい、です」
「!本当に君と言う子は…だから私は君が大好きなのだよ」
リンの拙くも、きちんと要点を抑えた説明のおかげで、大体の事情を把握することができたジャスティン。
そして、重度のコミュ障であるリンに、非常に負担のかかることをさせてしまったことを申し訳なく思うのだが…
お役に立てて嬉しい、と言うリンの笑顔と言葉がとても嬉しくて、ジャスティンはますますリンのことが好きになってしまう。
まるで、目に入れても痛くない程に可愛い息子を見るような目で、リンを見つめている。
「…リリーシア殿下…不敬を承知の上で、申させて頂きます」
「!は、はい…」
「…貧困に苦しむ民の為に、自らが動き、解決に導こうとするあなたの思いと理想は、素晴らしいと私は思います」
「!え、えへへ…」
「…ですが、それを行動に移した結果、どのようなことになりましたか?」
「!う、うう……」
「…ましてや、リン君がヒドラに襲われているあなたに気づいたのは、本当に偶然のこと…本来ならばあなたは、とっくにヒドラの餌となっていても、おかしくなかったのですよ?」
「…う……」
「…加えて、この町がサンデル王国に捨てられた町であることは、あなたもご存じのはず…」
「…は、はい…」
「…たまたま、あなたの素性を知る者がいなかったからよかったようなものの…もしそうでなければ…あなたがこの国の王族であることを知る者がいたとしたら…それこそ、せっかく一致団結してよき雰囲気になっているこの町で、無用の暴動が起きていたかもしれないのですから…」
「!そ、そんな…」
「…国からすれば、高度な政治的判断として、必要な犠牲、とすることもできるでしょう…ですがそれは、実際に捨てられる町の者達には何の関係もない…魔物への生贄として捨てられた町の者が、国に対してどうしようもない程の憎悪を頂いていても、何の不思議もないのですから」
「う、うう……」
決して感情的にはならず、しかし的確に痛いところをついてくるジャスティンの一言一言に、リリーシアはもはや返す言葉もなく、項垂れてしまう。
「しかもこのままでは、あなたは王都では生死不明のまま…しかも、あなたの護衛として編成された部隊の者達もそう…仮に生きて王都に帰ったとしても、あなたの独断専行で駆り出され、あげくその命を散らしてしまった護衛部隊の件について、その責を追求されることとなるでしょう…今後は、一体どうするおつもりですか?」
「…私は、もう王族であることには、未練も執着もありません…ただ、苦しむ民を救いたいだけなのに…王族であることが邪魔になるのでしたら、むしろ不要とさえ思います…」
「…リン君の従僕になりたいなどと申されたのは、どのような目的ですか?もし、リン君を王都に連れ帰り、リン君を国の道具にすることが目的なのでしたら…私は持てる力の全てを使ってでも、リン君を護らせて頂きますよ?」
「!そのようなつもりは、微塵もありません!むしろ、私もリン様を国からお護りさせて頂きたく思ってます!」
「!それは、一体?…」
「リン様こそ、この世界を救える救世主様…天使のようにお優しく、誰をも救えるお力をお持ちの救世主様…私はその救世主様にお仕えし、救世主様が世の人々を救うお手伝いをさせて頂きたい…ただ、それだけなのです」
「!リリーシア殿下…」
「それには、ジャスティン会頭のおっしゃる通り、リン様が国や心無い貴族達の道具にさせられるなど、あってはならないこと…リン様には、ただその御心の赴くままに、目に映る人々をお救い頂きたい…私はその従僕としてお仕えし、微力ながらお手伝いをさせて頂きたい…そう、心から願っております」
真っすぐにジャスティンを見つめ、心の底から溢れかえらんばかりの思いを真っすぐに伝えてくるリリーシアを見て、ジャスティンは呆気にとられてしまう。
王族としての籍に、未練も執着もない。
リンを、国の権力者達から護りたい。
今世の救世主であるリンに仕えたい。
リンのこの世の人々を救う活動を手伝いたい。
魂の叫びをそのまま言葉にするリリーシアを見て、ジャスティンは彼女なら、と思い直す。
高い王位継承権を持ちながら、その視点は常に民と同等。
行動はともかく、国の執政者として民を宝とするその精神には、ジャスティンも感銘を受けていた。
それが、血統や権力をわが物とし、己の権利を主張することしかしない貴族達から煙たがられることとなっているものの…
ジャスティンとしては、リリーシアに王位を継承してもらいたい、とさえ思っていた。
確かに聡明ではあれど、まだまだ世間知らずの子供の領域を出るものではなく…
執政者としての才能や手腕に関しては、まだまだ未知数。
しかし、だからこそこれからの彼女に期待が持てると言える。
「…リリーシア殿下の思い、よく分かりました。リン君に仕えるとおっしゃっていますが…具体的には、何をするおつもりで?」
「…今、私が教育の一環として、専属の文官達が経営している領地…その領地そのものを、リン様に献上したく思っております」
「!!そ、それは国に反旗を翻すようなもの…何より、なぜそのようなことを…」
「…あの領地は、日頃から民の為、と言う言葉をずっと口にしている私に、現実を見せようと、王である父がわざとあてがったもの…実態は、ひどいものです」
「!と言うことは、その領地は、このスタトリンに近い辺境の地…」
「そうです。町、と言う名目ではありますが…実際はスラムのようなもの…領民は常に餓えや心無い暴力、そして魔物に苦しんでおります。私の教師役として、専属となった文官達が必死に領地の改善に取り組んでいますが…現状がひどすぎて、根本的な対策が何もできなくて…」
「…それで、リン君に領地を献上…つまり、リン君の力なら、その民達を幸せにできる、と?」
「はい!リン様のお力なら、領地の改善も可能と信じております!もちろん、領地経営は私と私専属の文官達がさせて頂きますので、リン様にはいざと言う時に領土での困りごとを解決して頂ける、相談役をお願いしたいと思っております!」
リンを、領地の相談役にする。
領地の経営は、全てリリーシアと専属の文官達が担う。
それはまさに、ジャスティンとエイレーンがスタトリンを独立させる為に、現在進行形で進めている計画とまるで同じ。
「もちろん、リン様には領地の問題を解決して頂くのですから、相応の報酬は用意させて頂きます!そして、決してリン様の都合を無視するようなことはせず、リン様には自由に様々な活動をして頂ければ幸いです!リン様のことは表には出さず、面倒な外交や交渉は全て、私と文官達が担わせて頂きます!」
生き生きとした笑顔で、今後の展望を語るリリーシアに、ジャスティンは呆気に取られていたが…
「ふ……ははははははは!!!!!!!!」
思わず、軽快な笑い声を執務室に響かせてしまう。
「?ジャ、ジャスティン会頭?」
「ははは……リリーシア殿下、これは失礼致しました」
「い、いえ…な、何か私の話に、おかしな内容でもありましたでしょうか?…」
「いえいえ……まさか我々と全く同じことを考えてらっしゃるとは、思いもよらず、つい…」
「!と、と言うことは、このスタトリンも…」
「そうです。私と冒険者ギルド スタトリン支部のギルドマスターが町の経営、外交、交渉の場に立ち、リン君には町の相談役として、自由に活動をしながら町の困りごとを解決してもらう……その計画を今まさに、水面下で進めていっているところなのですよ」
突如響き渡った、ジャスティンの軽快な笑い声に何が何だか分からず、困惑してしまうリリーシアだったが…
ジャスティンからの、自分と全く同じことを考えている、と言う言葉に、リリーシアは驚きを隠せないでいたものの…
自分の領地への希望を込めた、拙い考えによる展望をすでに計画し、実行にまで移していると言うことを聞かされ、その心に希望の光が照らされていく。
「し、しかも…国から捨てられて、町の統治が機能不全を起こしている中、それをすると言うことは…」
「そうです…最終的には、スタトリンを独立させるところまで、計画を練っております」
「!!…そ、それは、国として、と言うことでしょうか?……」
「そうですね。このスタトリンを独立させ、未開の土地を領土として開拓していき、より多くの人々に、リン君を中心に幸せに生活してもらえるように…」
「で、ではリン様は…」
「表向きは、私が王の椅子に座ることになりますが…リン君にはその上の存在…神の御使いとして、独立したスタトリンの希望の象徴として、さらには相談役としての立場を考えております」
スタトリンを、独立させる。
それも、国として。
しかも、リンには王より上の存在として、独立したスタトリンの英雄として希望の象徴になってもらい、その上で相談役として裏から支えてもらう。
あの神のごとき力、そして万能さを誇るリンが支えてくれる国。
しかも、経営はサンデル王国内で圧倒的な規模を誇るジャスティン商会を一代で築いた傑物、ジャスティンが行なう国。
しかも、その補佐として冒険者ギルド スタトリン支部の切れ者ギルドマスターが加わってくれる。
そんなの、絶対に成功する未来しか見えない。
そんなの、絶対に民が幸せになる未来しか見えない。
それならば、もう死んだことになっているであろう自分はもちろん…
こんな自分を領主として支えてくれる専属文官達…
何より、ほとんど国から捨てられたような扱いを受け、悲惨な日々を送る民の為に…
「ジャスティン会頭!!それならばぜひ!!ぜひ私と専属の文官達、そして領地の民達の、スタトリンへの移民を許可してください!!」
リリーシアは、王族と言う立場もかなぐり捨て、恥も外聞もなく…
ただただ、こんな自分について来てくれる文官達、そしてこんな自分が預かることとなった民達の為に土下座までして、ジャスティンに懇願する。
こんな自分の専属になってくれた文官達…
こんな自分が預かる領地の民になってくれた人達…
その人達が救われるなら、自分なんてどうだっていい。
王族であるにも関わらず、他の為にその身を捨てられるその姿。
民を救いたい、その熱く強い思いが如実に伝わってくるその姿。
世間知らずな子供の、稚拙な理想の物語。
心無い者が聞けば、そのように切り捨てていたであろう、彼女の思い。
だが、リリーシアのそんな姿…
そしてそんな思いに、ジャスティンは心を揺り動かされる。
「…リン君」
「?は、はい?」
「…私としては、リリーシア殿下、そして殿下直属の文官、そしてその領民達をこのスタトリンに受け入れたい…そう思うんだが、君はどうかな?」
これからのスタトリンは、あくまでもリンが中心となる。
その思いから、このスタトリンの相談役となるリンに、真っすぐに相談する。
決して自分は、この町のトップではない。
この決断は、リンに委ねるべきである。
リンがそうしたいと思うなら、そうするべきだと。
リンがそうできると言うのなら、絶対に大丈夫だと。
そんな思いが込められた、ジャスティンの問いかけ。
その問いかけに、リンは――――
「ぼ、ぼく…リ、リリーシア、さん、達、が、こ、困ってる、なら、た、助けたい、です」
幼い子供らしい、とても純粋で優しい思いを言葉として返す。
助けたい。
リリーシアを。
リリーシア直属の文官達を。
リリーシアが預かる領地の民達を。
そんな純粋な思いを胸に、リンはそう答える。
「そうか…リン君がそう言うのなら、大丈夫だな」
「は、はい」
「リリーシア殿下…殿下が所有されている領地の民は、どのくらいおられますかな?」
「!は、はい!正確な人数は文官達に聞かないと、ですが…おそらく三~四百程と…」
「…ふむ…リン君、どうだい?それだけの人達をこの町に受け入れて、助けられるかい?」
「は、はい。だ、だい、じょう、ぶ、です」
「そうか!君がそう言い切ってくれるなら問題ない!リリーシア殿下!領民の移民のお話、お受け致します!」
「!!あ、あ、ありがとう…ありがとうございます!!」
リリーシアが預かる領地の民の数は、およそ三~四百程。
ちょろちょろと移民が増えてきているとはいえ、それでも総人口が六十を超える程度の規模であるスタトリンに、それだけの移民を受け入れるキャパシティは、現状はジャスティンはないと思っている。
それを承知で、これまでも多くの奇跡を見せ、不可能を可能にしていたリンの力を信じて…
町の相談役となるリンに、数百を超える移民の受入が可能かどうかを確認する。
その問いかけに、リンは微塵の迷いもなく、可能だと返す。
そのリンの言葉に、ジャスティンは微塵も疑うことなどなく…
リンならば、絶対に受け入れを可能にしてくれると確信。
自分含む、領民の受け入れが可能になったことで、リリーシアは人目もはばからず、涙を流しながら感謝の言葉を紡ぐ。
まるで、壊れたレコードのように、何度も何度も。
これで、大切な民が救われる。
そう思うと、リリーシアの心には、溢れんばかりの喜びが湧き上がってくるので、あった。
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