第122話 素性
「え?……私達、さっきまで魔の森にいたはずなのに……」
リンと手をつないだ状態のリリーシアは、驚愕と困惑に陥っている。
なぜなら、凶悪な魔物達がウヨウヨと生息している、魔の森と言う超危険地帯の光景が自身の目に映っていたはずなのに…
ほんの一瞬、リンが何かを発動したと思ったら、目に見える光景がどこかの町の防壁になっていたから。
本来ならば、つい先程初めて会ったばかりの者がいる時には使うはずのない【空間・転移】なのだが…
さすがに、人族にとっては超が付く程の危険地帯である魔の森の、しかもかなり奥部から悠長にリリーシアを連れて歩いて行くのは危険だと判断したリン。
ゆえに、自分の力をよからぬ誰かに知られるかもしれないリスクを背負ってでも、【空間・転移】を使って、すぐにリリーシアを安全地帯であるスタトリンまで送りたいと言う思いから、使用したのだ。
「こ、こんな……人族がそのとっかかりさえ掴めないでいる、転移まで……♡」
だが、ここまですでにリンの持つ、神のごとき力をいくつも目の当たりにしてしまっているリリーシア。
人族の限界を遥かに超えた闘気を出力し、操ることのできる生命力。
素手で竜族の肉体を引き裂くことができる剛力。
天を操り、神の怒りを彷彿させる稲妻を落とすことができる攻撃魔法。
底を尽いていた体力を一瞬で回復させ、さらには決して浅くない傷も一瞬にして治癒させる回復魔法。
上位の竜族の直接攻撃や息災すらびくともしない程の強固な結界。
五十を超える散っていった命を弔い、天にいざなうことができる鎮魂魔法。
自分よりも遥かに巨大な魔物の死体を瞬時に収納できる収納空間。
どれか一つだけでも、よからぬ権力者が目にすれば即座に囲い込もうとするであろう、リンの飛びぬけた能力。
それに加えて、長距離を一瞬にして移動することができる転移の技能まで持っていることに、リリーシアはますますリンを神聖視してしまう。
「(こ…こんなにも凄い、神様みたいに万能なリン様のお力…国の第二王妃・第一王子派の貴族に知られたら、絶対に狙われてしまいます!リン様は間違いなく、私が見た以外にも凄いお力をお持ちのはず…私が見たリン様のお力は、絶対に秘密にしないといけません!)」
同時に、リンの力が選民意識の高い権力主義の魑魅魍魎達にとって、喉から手が出る程に欲しいものとなることも…
特にその傾向が強い第二王妃・第一王子派の貴族達なら、間違いなくリンを囲い込もうとしてくることも確信できてしまう。
リンの従僕として、主人となるリンの不利益になるようなことは絶対にしてはならない。
リリーシアは、そう決意する。
「リ、リン様!」
「?ど、どう、か、し、しました、か?」
「私…私、リン様のお力のこと、決して我が王族や貴族達にはしゃべらず、絶対に守護すべき秘密として護り通します!」
「!……」
「先程の魔物との戦闘のことだけでも…リン様は間違いなくたったお一人で国との戦争すら、圧倒的な勝利を収めることのできるお方…それを国が知れば、間違いなくリン様を戦争の兵器として、他国を攻めようとするでしょう…」
「……」
「それだけではなく…リン様のお力を解析しようと研究所は非人道な実験を試みようとするでしょうし…リン様を囲い込もうとする為には、リン様が望んでおられなくても貴族の娘…王位継承権の低い王族の娘との婚姻を無理やり結んだりするでしょうし…もしかしたらリン様のご家族にすら、危害を加えようとしてくるかもしれません…」
「……」
「リン様…リン様がどれ程無欲で、どれ程他に優しいかを、私は垣間見せて頂きました。そんなリン様が、あの魑魅魍魎共のいい様にされてしまうようなことになれば…絶対にリン様が不幸になってしまいます」
「…リ、リリー、シア、さん…」
「リン様の従僕として、リン様が不幸になるようなことなど、絶対にできません!私は何があろうとも、リン様のお力の秘密を護り抜きます!リン様の幸せ、微力ながらこの私に護らせてください!」
リリーシアの、嘘偽りなく本心からそう声にしていることが見ただけで分かる真摯な表情…
そして、その思いをそのまま言葉にした決意表明。
そんなリリーシアの決意表明を、リンは表情を変えずにただ黙って聞いていたのだが…
すぐにふわりとした、優しい笑顔を浮かべる。
「ぼ、ぼく、の、こと、を、思って、くれる、の、す、凄く、う、嬉しい、です…あ、あり、がとう、ご、ござい、ます」
そして、自分のことをそこまで思ってくれるリリーシアの言葉が嬉しくて、ありがたくてリンはその思いを言葉にする。
「!!(ああ……リン様の笑顔……こんなにも愛らしくて素敵な笑顔……私、リン様に喜んで頂けて、物凄く嬉しいです!!もっともっと…たとえ、王族として国に忌み嫌われたとしてもリン様に喜んで頂きたいです!!)」
リンの笑顔と言葉に、リリーシアはたとえ国を敵に回してでも、リンの喜ぶことをしたいと心から願い…
控えめに、だが決して離れたくないと言う思いがそのまま表れたような…
リンの後ろにぴったりとついて、着かず離れずの距離を保ちながら、リンと共にスタトリンに入ろうとする。
「おお、リン君じゃねえか」
「ああ!!リン様!!」
「おい!!リン様だ!!」
「我らが英雄のリン様だ!!」
いつもの南門から、リリーシアを連れてスタトリンに入ろうとしたところで…
もはや顔なじみとなっているゲイツに、ここ最近新たにジャスティン商会直属の護衛部隊に入隊した、若手の新人隊員達が姿を見せる。
新人隊員達は、稀代の英雄リンの姿を目の当たりにできたことで浮足立ち、とても幸せそうな笑顔を浮かべてリンの方へとぱたぱたと寄って来る。
「み、皆、さん、い、いつも、しゅ、守衛の、お、お仕事、お、お疲れ様、です」
リンの姿を見れたことで、いつも以上に笑顔を浮かべているゲイツと新人隊員達。
そんな彼らに、リンは笑顔で労う言葉を贈る。
「ははは、リン君はいつもそう言ってくれるからほんとありがたいわ」
「やった!!リン様に労ってもらえた!!」
「リン様の笑顔…めっちゃ嬉しい!!」
「リン様!!ありがとうございます!!」
リンを可愛い我が子のように思っているゲイツは、リンの笑顔と言葉に心から癒されてくるような感覚を覚え、ついついリンの頭を優しく撫でてしまう。
新人隊員達はリンに笑顔で労ってもらえたことが心底嬉しくてたまらず、思わずガッツポーズまで取ってしまっている。
「お?…あんた、この町の住人じゃねえよな?……ああ!またリン君が人助けしたんだな」
「さすがリン様!!我らが誇るスタトリンの英雄です!!」
「リン様はもう、息をするのと同じように人助けしますから!!」
「おれ達ももっと、リン様のように誰かの役に立ちたいです!!」
そして、リンの後ろに、淑やかについているリリーシアが目に入ったゲイツ達だが…
いつものように、リンが外出中に救い出した者だと確信してしまい…
新人隊員達は、そんなリンを心からリスペクトし、自分達ももっと人の役に立ちたいと願うようになっている。
そんなゲイツ達の反応にリリーシアは、自分が守衛の者達に王女として認識されていないことに一瞬、驚愕する。
このサンデル王国内であれば、自分の持つ称号の効果で誰もがすぐに自分がこの国の王女だと認識できるはず。
なのに、このスタトリンの住人にその様子はない。
わざと気づかないふりをしていると思えない程、自然に自分が王女だと認識できていない。
リリーシアは気づかない。
自分の称号の効果は、あくまで自国の中のみのものであることを。
このスタトリンは、すでに国から見捨てられた町。
いわば、サンデル王国の外の町、なのだ。
ゆえに、ゲイツも新人隊員達も、リリーシアのことはちょっと裕福そうなお嬢様、程度の認識しかできない。
リンがリリーシアを王女だと認識できたのは、リンが【鑑定】の技能を持っているから。
だから、リリーシアの称号の効果の有無に関係なく、リンはリリーシアの素性を知ることができたのだ。
そのことに考えが行くはずもなく、リリーシアは自身の称号が効果を発揮しないことに困惑してしまう。
だが、それもすぐに終わる。
自分はもう、この稀代の英雄であり、この世の救世主であるリンの従僕。
リンの為に生き、リンの為に死ぬ。
ならば、王籍などあってもなくても何の問題もない。
この人達に、王女だと認識されなくても何の問題もない。
むしろ、ゲイツ達のそんな何気ない対応の方が新鮮で嬉しく思えてならず…
「あ、あの…こ、この、ひ、人…」
「リン様…私の素性は秘密で…このままでお願い致します」
「え、え?」
「私、こんな風に私と言う一個人にお相手して頂けるのが、凄く新鮮で…それに、とても温かくて嬉しいです」
リンが、すかさずリリーシアの素性をゲイツ達に伝えようとするのを止めてしまい…
リリーシア・エル・サンデルと言う王族ではなく、ただのリリーシアとして扱ってもらいたいと願うようになっている。
「ふふ…私、リリーシアと申します。リン様には、魔の森に迷い込んでしまい、凶悪な魔物に襲われていたところを救って頂きました」
「やっぱりそうか!さすがはこのスタトリンをも救った英雄だな!」
「?あの…『このスタトリンをも』、と言うのは…」
「そうなんですよ!」
「リン様は、十万もの魔物が襲い掛かってきたあの未曽有の大氾濫から、この町を救ってくれた英雄なんですよ!」
「!!え…」
「それも、たった一人で十万もの魔物を討伐して!」
「その上、エンシェントドラゴンなんて、とんでもない魔物にもたった一人で打ち勝って!」
「!!う、うそ…」
「な?まるでおとぎ話みてえだろ?でも、全部本当のことなんだ」
「はい!」
「おれ達、このスタトリンの住人全員が生き証人ですから!」
リンがこのスタトリンを救った、と言う言葉が、一体何のことを指しているのかがよく分からなかったリリーシア。
そのことを聞いてみると、たった一人で十万を超える魔物を討伐、しかもエンシェントドラゴンと言う、伝説の存在にたった一人で打ち勝った、などと…
その時のリンの戦いぶりを思い出して、興奮した様子で新人隊員達が話してくる。
「しかもそれだけじゃなくてな」
「リン様は、この町の生活の向上を願って、いろんな仕組みをいくつも作り出してくれてるんですよ!」
「そうそう!」
「うちの商会の寮なんかも、リン様が作ってくださったし!」
「あの貸倉庫サービスも、ごみ処理事業もそうだよな!」
「あの孤児院もそうだったしな!」
「…………」
しかも、普段から町の住人の生活向上の為に、リンがいくつもの仕組みを作り上げてくれていることも、ゲイツ達は嬉々として話してくる。
商会の寮。
貸倉庫サービス。
ごみ処理事業。
孤児院。
それぞれがどのようなもので、どのような内容なのかは、それを指し示す単語を聞かされただけのリリーシアでは想像もつかないのだが…
ゲイツや新人隊員達の話しぶりから見ると、それがどれ程町の人達にとって素晴らしい仕組みとなっているのか…
それが、容易に分かってしまう。
「おっといけねえ、しゃべりすぎちまったな。リン君、このリリーシアちゃんに町を案内するのかい?」
「は、はい」
「そうかそうか!リリーシアちゃん、よかったな。リン君のそばなら、この世のどこよりも安全だぜ?」
「その通りです!」
「リン様のそば程、安心できる場所なんてないですから!」
「よかったらぜひ、この町に住んでみてください!」
「…ふふ…ありがとうございます」
ゲイツ達がどれ程リンを慕っているのか、リリーシアは話しているだけですぐに分かってしまう。
そして、王女であることを認識されない以上、どこの馬の骨かも分からない自分にこんなにも気さくに話しかけてくれることが、とても新鮮で嬉しい。
リンとリリーシアは笑顔のままゲイツ達と別れ、そのまま町へと入っていく。
「…………」
「?リ、リリーシア、さん?」
町に入ったリンとリリーシアだったのだが…
リリーシアが突然、神妙な表情を浮かべて黙り込んでしまったことに、リンはきょとんとした表情を浮かべて声をかける。
だが、リンのそんな声にもリリーシアはまるで反応がない。
「(…リン様は、戦闘のみならず生産にも長けている…ということでしょうか…商会の寮に、孤児院…少なくとも、建築に長けているのは間違いなさそうです…)」
先程のゲイツ達の話を思い返し、リンが生産にも長けていることを思わせる節があったことに気づき、考え込むリリーシア。
戦闘の面だけでも、神のごとき力を見せていたリンなのだが…
それに匹敵する程の生産能力まで、持ち合わせているとしたら。
そして、その能力を存分に活かして、国から捨てられたこのスタトリンと言う町を発展させているのだとしたら。
そう考えると、リリーシアは思わずにはいられない。
名目上、自身が領主として任されている領土の…
その領土の中にある、明日をも知れぬ状況で必死に生き抜いている領民達のことを。
そして、その領民達を、リンに救ってほしい、と。
まだリンの能力の全容を知らないリリーシアではあるものの…
リンならば、それができると半ば確信を抱いている。
抱くことができてしまっている。
「…あ、あの…リン様…」
一度こみ上げてきた、その思いを抑えることができなくて…
リリーシアが、リンにそのことを伝えようとした、まさにその時。
「ん…おお!!リン君じゃないか!!」
今後のスタトリン独立の為の視察の意味合いと、ちょっとした気分転換の目的を兼ねて、ちょうど散歩に出かけていたジャスティンがリンの姿を見かけて、そそくさとリンの方へと寄ってきた。
「あ、ジャ、ジャス、ティン、さん」
「いやあ!!まさかこんなところで君に会えるなんて!!今日はとてもいい日になりそうだ!!」
リンに会えたことが嬉しくてたまらないのか、ジャスティンは興奮気味にリンの手を取り、心底嬉しいことがすぐに分かる笑顔を浮かべて喜んでいる。
リンの方も、今となっては親しい関係になっているジャスティンが、自分と会えるのを喜んでくれたことが嬉しくて、ついつい笑顔を浮かべてしまう。
「え?ジャスティンって……あのジャスティン商会の?」
リンの傍にいたものの、俯いたままだったので誰がリンの傍に来たのかがよく分からなかったリリーシアだったが…
リンのジャスティンを呼ぶ声に、聞き覚えのある名前だと思い、すぐにそちらの方へ視線を向けると…
そこには、かつて王都で、もしくは王城の中で何度か顔を見かけたことのある…
国内の経済を一手に担う、と言っても過言ではない程のシェアを展開し、他の追随を許さない程の規模を誇るジャスティン商会の…
たった一代でそれ程の商会を作り上げた傑物、ジャスティンその人が、そこにいるのが、リリーシアの目に飛び込んできた。
「や、やっぱり!ジャスティン会頭!」
「ん?…あなたは…!リリーシア王女殿下!?」
そして、その目に飛び込んできた人物が、あのジャスティン商会の会頭だったことに、リリーシアは思わず驚きの声をあげてしまう。
そして、ジャスティンの方もその声に反応して視線を向けると、本来ならばここにはいないはずの、サンデル王国の第一王女の姿があったことに驚きの声をあげてしまう。
お互いに驚きの声をあげ、顔を見合わせていたリリーシアとジャスティンだったが…すぐに我を取り戻したジャスティンが、たまたま人通りがなかったことを幸運に思いながら
「王女殿下…殿下がなぜここにおられるのかは存じ上げませぬが、ひとまずは私の商会の方へ…」
そそくさと自身の商会の本店へと、リリーシアを誘う。
「え?え?…あ、は、はい」
「リン君…済まないが君も、私と一緒に来てくれるかい?」
「あ、は、はい」
そして、事情を知っているであろうリンも連れて、ジャスティンは来た道を戻るべく、自身の商会の本店へと、足を進めていくのであった。
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