第17話 転移

「ねえ、リンちゃん…ギルド、行く?」


リンの技能で作られた生活空間に、自然の恵みが込められた山が追加され…

さらに空間自体の利便性をあげることができ、これからの生産活動にも熱が入りそうでワクワクしているリンに、リリムが問いかけてくる。


「え?ギ、ギルド、ですか?」


ギルドに行くのか、というリリムの問いについついオウム返しになってしまうリン。

しかし、すぐにどうしようかと考え始める。


もともと冒険者としての仕事は、討伐以外にも採取や町の雑用も含めて全部が好きなリンなだけに、考えはしたものの、答えは決まっていた。


「そ、そう、ですね…い、行こうと、思ってます」


少しはにかみながら、リンは答える。


「そう…でも、ギルドに行くってことは、…だけど、大丈夫?」


スタトリンに行くこと。

それは、『栄光の翼』の面々に会うことになる可能性が高い。


リンにとっては、さんざんな思いをさせられ続けてきたあの三人。

そんな連中と、この天使のようなリンを会わせたくない。

リリムはその思いから、リンのことを心配し…

どうしても確認を取りたくなってしまう。


最も、今のリンならいくら上位に近い存在の冒険者だとしても、戦闘で遅れを取る、などと言うことはまずなく、むしろ一方的にねじ伏せる展開しか起こらない、と言える。

あくまでリンの性格で、それができるか、と言う問題はあるのだが。


「…そ、そう、ですね…」

「無理しなくてもいいのよ?リンちゃん。いくら冒険者のお仕事が好きって言っても、あんないけ好かない連中と鉢合わせてまで――――」




「…ぼ、ぼく、の、顔なんて、見たら…あ、あの人達、い、嫌なお、思いを、し、しちゃい、ますよね…」




「――――行くことなんて…って、え?」


リリムは、一瞬リンが何を言ったのか、分からなかった。

今、自分の耳には、こう聞こえた。




――――――――




そう、聞こえた。


「リ、リンちゃん…な、何を言ってるの?」

「え?」

「だ、だって!あの連中にさんざん嫌なことされてきたのはリンちゃんの方なのよ?それなのに、何を…」




「で、でも、それって、ぼくが、あ、あの人達の、お役に、た、立てなかったから…ぼ、ぼくが、もっと、ちゃんと、できてれば…」




リリムは、言葉を紡ぐことができなかった。


どこまでも相手を立て、決して相手を責めず…

できなかった自分が悪いと、虐げられてきたことに憤ることもしないリン。


そんなリンが、あまりにも純粋で優しすぎて…

そして、


リリムは、妙に目が笑っていない微笑みを浮かべながら、リンに詰め寄っていく。

いきなり距離を詰められてリンはびくりとしてしまうが、リリムの妙な迫力に身動きを取ることができない。


「…ねえ、リンちゃん」

「!!は、はい!?」

「あたし、言ったよね?リンちゃんは、もう十分すぎるくらいあの連中の為にできてるって…それをあの連中が分かろうともしなかっただけだって」

「え?で、でも…」

「リンちゃんのそういうところ…あたしはすっごく素敵だと思うし、大好きよ?でも…あんな連中をかばってリンちゃんがそんなこと言うのって…ごめんね?あたし何ひとつ納得いかないし、我慢できない」

「リ、リリム、お、お姉さん?」

を、あんなにもひどい目に合わせた連中が、許せなくて許せなくてたまらない。何よりも、当のリンちゃんがあんな連中をかばってそんなこと言うなんて、許せなさ過ぎておかしくなっちゃいそう」

「え?え?」

「ごめんね?あたしリンちゃんみたいに心が奇麗じゃないし、広くもないの。だから、のなんて、あたし絶対に許せないの」

「??な、何、言って…」

「だからあたし、リンちゃんがもうそんなことできないくらい、リンちゃんのこと愛して可愛がってあげる…だから、覚悟してね?」


笑顔なのにまるでそんな雰囲気がなくて、むしろ鬼神を思わせるほどの迫力を感じさせてしまうリリム。

そんなリリムにその手を握られ、そそくさと自宅の寝室にまで連れていかれるリン。


いきなりそんなことをされて、何が何だか分からないリンをベッドに座らせると、リリムはすぐ隣に座ってリンをぎゅうっと抱きしめてしまう。


その瞬間、リンは顔を真っ赤にしながらパニックに陥り…

すぐに容量超過オーバーヒートしてしまい、あっさりと気を失ってしまう。

のだが、それすらもお構いなしで、リリムは気を失ったリンを抱きしめたまま思うがままに、家族に対してするような親愛のキスの雨をリンの顔に降らせながら、頭を撫でたり背中をトントンしたりと、これでもかと言うほどにリンを可愛がってしまうので、あった。




――――




(マスターは、いまからぼうけんしゃギルドにいくの?)

(うん、冒険者のお仕事、探しに行こうと思ってるんだ)

(左様でございますか、主。して、どのような仕事を探すおつもりで?)

(う~ん…今ならリムとナイトもいるから討伐もありかな?って思ってるんだけど、薬草の採取とか、町の人達がお願いしてくる雑用とかも、人のお役に立てるし楽しいから、やりたいね)

(!あ、主はまさにこの世に顕現された、天使のようなお方!我はどれほど、主のような方の騎士になることができて光栄であり、幸せか!)

(ほ、ほめ過ぎだよ、ナイト)

(ん~ん!ぼくもマスターって、ほんとにてんしみたいっていつもおもってるもん!だからナイトのいってること、すっごくわかるんだ!)

(!リ、リムまで…恥ずかしいよ)

(!ああ、リム殿もそうおっしゃってくださいますか!我は本当に素晴らしい主にお仕えすることができて、誠に幸せです!)


リンが好きすぎて、ついついやっちゃった感のあるリリムの愛情攻撃に即気絶させられてしまったリンが、ようやくといった感じで目覚めて…

兎にも角にもスタトリンの冒険者ギルドに行って、仕事を探そうとリンは準備を整える。


リンが行くということで、リリムもリンに同行すると言い張っている。




――――コミュ障なリンちゃんが、変な人にそそのかされないように、あたしがリンちゃんを護ってあげる!――――




と言い切っており、それでいてリンのそばにいることが幸せ、と言わんばかりの眩いばかりの笑顔を浮かべて、リンのそばに立っている。

さらに内心では、行く先は冒険者ギルドではあるものも、『そういえばこれって、リンちゃんとデート!?やだ!!すっごく嬉しい!!』と、ふと思い当たってしまったことで、リリムはかなり浮足立っている。


そんなリリムをよそに、さすがに町には連れて行くことができないリムとナイトは、この生活空間でお留守番をお願いするリン。

そのリンのお願いに素直に首を縦に振り、リンとリリムの帰りを待つことにする二匹。


ナイトがリンの探す仕事の内容を問いかけ、ただただ人の為にという純粋な思いで仕事を探しに行こうとするリンに盛大なリスペクトをするというやりとりもありながら。


(じゃあ、行ってくるね)

(いってらっしゃい、マスター!ぼくちゃんとおるすばんしてるね!)

(主の帰られる場所は、この我がお護り致します!お気をつけていってらっしゃいませ!)


その様子を見ているリリムが思わず頬を緩めてしまう、温かな主従のやりとり。

そんなほのぼのとしたリンと二匹のやりとりを終え、生活空間の出口を出現させると、そこからリンとリリムは魔の森へと、足を踏み入れた。


二人が出たことで、生活空間の出入り口はすぐに閉じ、その姿を消す。


現在は日中と言うこともあり、森の中には木漏れ日が差し込んできている。

つまり、今は魔物の休眠の時間帯。


「リンちゃん、ここから歩いていくの?」


今の時間帯なら、魔物が出現する確率は非常に低く、仮に遭遇エンカウントしたとしても、今となっては飛びぬけた戦闘能力を持つリンがいるので、このまま歩いて行ったとしても、まず危険はないと、リリムは思う。


その為、せっかくリンとデート(?)と言うこともあり、リリムはリンと二人っきりで歩いて行くことを、問いかける形で発言してみる。


「せ、せっかく、なので、ぼ、ぼくがまだ、試して、いない、技能を、使ってみようと、お、思ってます」


リリムに問いかけられたリンだが、『栄光の翼』を追放されたことで発現した技能を試してみようと思っており、それを使ってみると、リリムに返す。


「え?何かあるの?」

「は、はい。【空間】、の、派生技能、に、使えそう、なのが…」

「そうなのね!(ちぇ~…リンちゃんと二人っきりで仲睦まじく、ってしたかったのに…でも、スタトリンに着いてからでも、それはできる、よね?…)」


技能の検証をする、と言うリンの言葉に、リリムはどうせなら二人っきりで歩いて行きたかった、と思うも、すぐにスタトリンに着いてからでもそれはできる、と思い直す。


「リ、リリム、お姉さん」

「?なあに?リンちゃん?」

「あ、あの…」

「?どうしたの?」

「て、手を…」

「?手?」

「手、手、を…つ、つないでも、い、いいですか?」


一瞬、リリムはリンが何を言っているのか、分からなかった。


称号でもそれを増長させるものがあるほどの、典型的なコミュ障であるリンが、自分に手をつないでもいいかと、聞いてくるなんて。


いつもいつもスキンシップをするのは、自分からだけで、それも無理やりな流れでしてしまっており…

そのせいで、自分との距離を無意識のうちに取ってしまっている、あのリンが…

まさか、自分にそんなことを言ってくるなんて。


それも、その暖簾のように長い前髪のせいで見えないが、自分の方を見上げながら、てれてれと恥ずかしそうにその丸みを帯びた頬を赤らめて…

それで、消え入りそうな、耳を澄ませてようやくちゃんと聞こえるほどの小さな声でお願いしてくるリンの姿が、それはもう愛らしくて…


リリムは、その身体の機能が停止したかのように固まっていたのだが…

それもほんの少しの間のみで、すぐにその機能停止から再起動したかと思うと、心底幸せそうな笑顔を浮かべながら、リンに迫ってくる。


「(ああ~!!可愛い可愛い可愛すぎる~!!まさかリンちゃんから、あたしと手をつなぎたいって言ってくれるなんて~!!嬉しすぎて、どうにかなっちゃいそう!!)もう!そんなの言わなくても、お姉さんリンちゃんとならいつだってお手々つなぎたいの!ああ~でも、リンちゃんからそんな風に言ってくれて、あたしすっごく嬉しい!!」

「よ、よかった……あ、ありがとう、ご、ございます…」


若干壊れ気味のテンションになって、その喜びを全力で表しているリリムに、リンはついついびくりとしてしまうが、リリムから了承の言葉をもらえたことで、ほっとした表情を浮かべる。


そして、リリムはそんなリンの小さく幼げな左手を自身の右手で優しく取ると、指を絡めてきゅっと握りしめてしまう。

俗に言う、『恋人つなぎ』をリリムがしてきたので、リンの身体が無意識にリリムと距離を取ろうとしてしまうものの、それをリンはどうにか堪える。


「(ああ~こんなにも可愛いリンちゃんと、こんな風にお手々つなげて幸せ!リンちゃんのお手々、ちっちゃくてぷにぷにしてて、すっごく可愛い!こんなに可愛いお手々なのにあんなに強いなんて、もうほんと最高よ!リンちゃん!)リンちゃん、お姉さんリンちゃんとお手々つないだけど…ここからどうするの?」

「あ、え、えっと…これから、ぎ、技能を使う、んで、ちょ、ちょっとこのまま、ま、待ってて、ください…」

「うん!お姉さんいくらでも待っちゃうから!(うふふ♡リンちゃんと恋人つなぎ♡は~…リンちゃんと恋人つなぎ♡幸せぇ…♡)」


リンと恋人つなぎで、指までがっちり絡めて手をつなげていることに、リリムはとろけてしまいそうなほどに表情を緩めながらその幸福感に浸っている。


リリムと手をつないでいることで、無意識にコミュ障が発動してその身体がリリムと距離を取ろうとしてしまうのをリンは堪えつつ、検証したい技能である【空間・転移】の発動準備に入る。


「(わ~…こんな感じなんだ…)」


目を閉じて集中すると、【空間・転移】で実際に転移するポイントを指定する為のマップが表示される。

現在、リンがいる位置を中心としつつ、大きい縮尺で描かれた地図として表示され、はっきりと映っているところと、薄い黒で網掛けがかかっているところに棲み分けされている。


「(黒色で網掛けされてるところは…あ、行けないからかな?その場所のちゃんとした光景が浮かんでこないや…はっきり見えてるところは…あ、ここは前に行ったことがあるから、ちゃんとその場所の光景が見える…あくまで、ぼくが行ったことがあるところだけ、行けるんだ)」


網掛けのあるところとないところをそれぞれ選択してみると、ないところはその場所の光景が明確に想像できるのだが、あるところはそれができない。

行先の光景が明確に想像できないところは、魔力を使おうとしてもできない。

つまり、その場所への移動ができない。

それゆえに、リンはこの技能はあくまで自分が行ったことのある場所にのみいけると

推察。


「(よし…じゃあ今から実際に転移してみよう…人の目があるようなところだとマズいよね。この技能を見られてもぼく、説明できないし…だから、人の目のないところ…)」


転移した瞬間を誰かに見られることは避けたいので、リンはスタトリンの町中もしくは町のすぐそばで、人目に付かない場所を模索する。


スタトリンは魔の森すぐそばにあるため、規模こそはそれほど大きくはないものの、町そのものを防衛する為の防壁で囲っている。

そして、森に面している北側、西側には門を設けず、他所の町や村への経路がある東側、南側にのみ門を設け、そこに守衛を設営している。

出入りする人間をチェックし、町の害となる人間を町に入れさせないようにする為…

そして、いざ魔物以外の脅威、例えば盗賊などとの戦闘に備える為である。


防壁自体はスタトリンの中にいる冒険者でも、上位の魔導士に依頼して魔法で生成してもらったもの。

魔物の脅威から町を護る前提で生成されている為、非常に堅固。

それゆえ、スタトリンの防壁は並の城の城壁よりも堅固と高い評価を受けている。


リンは、その防壁が護る北西側に転移しようと考える。

門に近い位置だと、人に見られる危険性が高くなるから。

その為、町に入る為の門から最も遠ざかった北西側を選択。


リンは周囲の探索の為にスタトリンの防壁を周回してみたこともあり…

転移のマップもその場所は網掛けがなく、クリアに表示されている。


「…リリム、お姉さん、お、お待たせ、しました」

「うふふ…♡リンちゃんのお手々………はっ!な、なあに?」

「い、今から、町のそばまで、い、行きますね」

「え?」


リンと恋人つなぎで手をつなげている幸福感に、ひたすらだらしない顔で浸っていたリリムに声をかけるリン。

幸せに浸っていたリリムは、リンのそんな声に慌てて反応を返す。


「(よし…【空間・転移】)」


リンの言葉に、間の抜けた反応を返してしまうリリムを置き去りに、リンは【空間・転移】を発動。


瞬間、リン達の視界がブレたかと思うと…

リン達は、スタトリン外周の防壁の北西側。

ちょうど、リンが転移しようと思っていたその場所。


「(うん…ちゃんと行けた。あとは、ぼくが旅をして行動範囲を増やしていけば、いろんなところにいける…楽しみ)」


そこに寸分違わず、一瞬で移動できたことに、リンはこの技能の手ごたえを感じて嬉しそうな微笑みが浮かんでくる。

これでスタトリンには、どこからでも一瞬で戻ってこれることが分かったので、リンは安心して旅に出ることができると確信。

これからのことを思うと、楽しみが膨らんでいくのを感じる。


「え?え?こ、ここって、スタトリンの防壁…よね?…え?…さ、さっきまで、魔の森の結構深いところにいた…のに?」


一方で、リンと共に転移してきたリリムは、一瞬で景色が切り替わって、馴染みの町であるスタトリンのそばに今、自分が立っていることに驚きを隠せず…

事態を呑み込めなくて軽いパニックを起こしている。


リンとリリムが最初に居た場所は、スタトリンからはそれなりに離れており…

直線距離にしても約3kmは離れている。

当然、森であるため木々などの障害物も多く、それなりに迂回が必要なこともあり、実際に歩いていくなら、さらに距離は伸びることになる。


その距離を、こんな一瞬で移動した、ということ…

それが、リンの持つ技能で、ということ…


そのことをしばらく呆然としてから、ようやく自覚することになり…

リリムは、またしても守り通さねばならない秘密ができてしまったことに、またしても脱力感を覚えてしまうので、あった。

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