君が生まれた日──

景華

第1話

ーSideシリルー


「で? なぜ私がこんなところに呼び出された?」


 グローリアス学園の図書室へと朝から呼び出された私は、呼び出した張本人である聖女をジロリと見やる。


 普通の生徒なら恐れ震え出すものをこの聖女はケロリとした顔で、

「作戦会議です」

 と言い放った。


「作戦会議、だと?」

 部屋に集められたのは私だけではない。

 マロー・セリア、アステル、ジオルド、ラウル・セントブロウ、メルヴェラ嬢……、それだけではない。

 レイヴンやレオンティウス、アレンまでもが図書室へと集結している。

 このメンバーで彼女だけがいない、と言うことは、カンザキ絡みか?


 ……嫌な予感しかしない。

 ヒメ・カンザキ。

 あの小娘に関わると大体何か厄介なことになる。


「クロスフォード先生、あの子の誕生日って、ご存知ですか?」

「誕生日?」


 予想外の話題に私は首を傾げる。

 そういえば彼女の誕生日を聞いたことがない。

 彼女がこの世界に転移してきて(正確にはこちらの世界に戻ってきて、だが)五年もともに過ごしてきたが、聞いたことがない。

 私は首を横に振っていなを示す。


「皆は?」


 聖女の問いかけに「そう言えば……」「いつだ?」と互いに首を傾げあう彼らの中で一人、レオンティウスだけが少し考える素振りをしてから、思い出したように呟いた。


「4月……5日……」


 あぁそうか……。

 彼は“知っていた”のか。

 王妃の甥であるレオンティウスだ。

 姫君プリンシアであり従妹であるカンザキの誕生日を知らないわけがない。

 婚約の顔合わせでたった一度会ったきりの私とは違う。


「そう!! さすが歩く18禁クリンテッド副騎士団長!! 女性の情報に抜かりがないですね!!」

 ……彼女は本当に聖女なんだろうか?

 いや、聖女とは皆、このようなものなのか?

 私は亡き妹弟子であり幼馴染でもある前聖女を思い出す。

「私そんなレイヴンみたいな節操なしじゃないわよ、失礼ねぇっ」

 頬を膨らませるな、レオンティウス。


「あはは。は、話はここからで。私、今まで何故か誕生日を把握しているヒメに、誕生日を祝われているんです」


「そういや俺も。誕生日とか言ってないのに、何故か知ってたな」

「私の誕生日もそうね。毎年祝ってくれるわ」

 レイヴンとレオンティウスが頷く。

 それはそうだ。

 彼らは、カンザキの言う「オトメゲーム」なるものの中に出てくる攻略対象者というものなのだから。

 おそらくそのゲームの情報で知っているのだろう。


「僕は聞かれた時に答えたら、それから毎年祝われるな」

 ジオルドの誕生日には屋敷へ帰り、カンザキやベル達と祝いの食事をともにしている。

 カンザキがここへきてから毎年行われるそれに、最初は戸惑っていたジオルドも、最近では照れ臭そうにしながらもその表情は柔らかい。


 冬にある私の誕生日も、毎年手作りのケーキを用意し祝ってくれるカンザキ。


「そんなヒメの誕生日、祝ったことあります?」


 鋭い目つきで私たちを見る聖女にグッと言葉が詰まる。

 それはレイヴン達も同じようで、私と同じような気持ちでいるのだとわかる。


 そうだ。

 彼女の誕生日を私は祝ったことがない。

 知ろうという意識もなかった。

 だが、彼女も【一応】、【一応】人間で、誕生日というものがあるのだ。


 レオンティウスも、最初から彼女が、愛する自身の従妹だと知っていれば違っただろうが、それを知ったのはついこの間。

 つまり今までカンザキの誕生日を知らなかったことになる。


「皆、なさそうね。ということで!! 今更ながらヒメの誕生日を祝っちゃおう企画を始動させまーす!!」

「待ってました、ですわー」

 聖女の宣言にニコニコと手を叩くメルヴェラ嬢。

 なんだこのノリは。


「私が誕生日を聞いた時あの子なんて言ったと思う? あの子『特に必要のない情報だったので、自分に誕生日があったの忘れてました』って言ったのよ? どんな家で生きてきたのよまったく!!」


 あぁそうだ。

 以前聞いたカンザキの生い立ちはかなり複雑だった。

 3歳で他の世界へと転移してしまった彼女は、魔法のない世界で養子として育てられた。

 だがあまり良い環境ではなかったようだからな……。

 そうなるのも当然、なのか。


「ん〜、でももう6ヶ月も過ぎてるぞ? 今彼女、ハロウィン? っていうパーティの準備で一人忙しそうにしてたし」

 ハロウィンパーティ。

 今年もするのか。

 彼女がきた最初の年に、彼女が開催したあちらの世界のイベント。


 毎年騎士団の騎士達がなんらかの犠牲になるので、騎士団ではこの時期【カンザキ注意報】が出て、注意を促している。

 が、今年も無駄だろうな。

  彼女はこういうことにかけては天才的な行動力を発揮する。

 才能の無駄遣いとはまさに彼女のためにある言葉だと思う。


「それよマロー!! 私たちはハロウィンが何かよく知らないけど、皆さんの反応からしてドッキリパーティみたいなものですよね?」


 まぁあれは確かにドッキリパーティというのが相応しいだろう。

「なので、その前に逆ドッキリを仕掛けちゃいましょう!!」


「逆……」

「ドッキリ?」

 マローとアステルが訝しげに首を傾げる。


「アレンさん!!」

「はーい」

 ここのところ体調不良が続いていたアレンだが、今日は心なしか血色も良い。

「この本を使おうと思うんだ」

 そう言ってアレンが取り出したのは、一冊の本。


「『不思議の国のアリス』?」


 これは……確かカンザキが孤児院の子ども達に、あちらの世界の物語を書いて贈った本。

 何故アレンが持っているんだ。


「これが何か?」

「この物語に出てくるパーティを、ヒメに体験してもらうんです!! 皆がキャラクターに扮して」


 キャラクターに……扮して?


「おぉ!! 良いじゃん!! どんな話か知らんが面白そうだし、俺賛成!!」

 こういうことが好きなレイヴンが1番に手を挙げる。


「私も賛成よ。今まで祝えなかった分も楽しませてあげたいもの」

「レオンティウス……」

 奴が言うと重みがある。

 あんな事件さえなければ、毎年祝っていただろうからな。


「俺たちも賛成。ヒメには色々世話になってるしね」

 マローとアステルも顔を見合わせ同意を示す。

 その横ではジオルドも静かに頷いている。


 はぁ……。

 結局こうなるんだな。


 だが……。


 彼女が生まれた日、か……。



『先生!! 生まれてきてくれて、ありがとうございます!!』


 毎年そう言って笑顔をくれる彼女のことをが思い浮かぶ。


 ……悪くない……か。


「わかった。私も参加しよう」


 私が言うと、全員の表情に光が差す。


「よかった……!! クロスフォード先生がいてくれたら、ヒメ、絶対喜びます!! じゃ早速配役発表しますね」


 配役……。

 すでに決めていたのか。


 この配役発表により、すぐに私はこの時の自分の判断を後悔することになるのだった。

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