第9話 最後には不和の女神エリスが微笑むお話
三人の転入生の自己紹介が始まった。
「私はオーストリアから来ました。栗栖美優です。よろしくお願いします」
ミューが黒板に当て字のような名前を書いていく。ハーフいう設定なのだろうか。まったく知らないが……。それにしても、高校生がするような気品ではないんだよな。その所作が美しすぎて場違い感さえある。
続いてドラゴン娘のエルがチョークを手に取る。チョークが黒板に当たった瞬間、チョークがボキッと折れた。だが、エルは気にすることなく折れたチョークを力づくで使ってエル・シヌーと名前を書く。黒板には迫力のある名前が書かれたというか掘られた。
「私はエル。アメリカから来た。よろしく」
素っ気なくお辞儀をして、そそくさとエルは教卓の前から避けた。
「次は私ね。私はリリアス・フィールデント。イギリスから来たわ。よろしくね」
流石に悪魔の名前であるリリスという名前は良くないと判断したのだろうか。リリアスは優雅にお辞儀をすると、こちらにウインクしてきた。
「今、俺にウインクしなかったか?」
「いや、俺にだよ」
前の方で男子生徒がざわついている。
「次に親睦を深めるためになにか聞きたいことあるやつは挙手なー!」
先生の言葉に男子生徒たちが手を挙げる。みんなミーハーだなぁ。僕はそんなことを思いながらボーッとしていた。
「はい! じゃあそこのお前!」
当てられた生徒は立ち上がり、緊張した面持ちで言う。
「えっと、みなさん……彼氏はいますか?」
教室中が静まり返る。男子たちはよく聞いたとその生徒を称え、そして女子たちは一斉に顔を見合わせヒソヒソ話を始めた。
おい、なんだこの空気は……。
「いません」
「いない」
「私もいないわ」
三人の答えに、男子生徒たちは明らかに浮き足立つ。
「よし、次の質問は? どんどんいけよ!」
先生は嬉々として言う。
「はい! じゃあそこの君!」
「はい! えっと……スリーサイズを教えてください!!」
またも教室中が凍りつく。
「ちょっと男子! それセクハラじゃん!」
「流石にないわー!」
女子が男子を咎めるが、まぁ、今になってあらためて思うけど、三人ともスタイル抜群なんだよね。リリスに関してはめちゃ巨乳だし。
今度は女子が手を挙げる。手を上げたのは東雲結衣だった。
「美優さん。シンイチくんとはお知り合いなのですか?」
「あ、それは私も知りたいかも」
東雲の隣に座る半田さんも続くようにそう言った。
「はい。彼は私の幼馴染みです」
「そうなんだ」
「へぇー、幼馴染みねぇ……」
「ふむ……」
なぜかクラスメイトのみんなは興味津々といった様子で僕の方を見る。
「まぁ、質問はこれくらいでいいか。よし。じゃあ、三人は一番後ろの空いている席にテキトーに座ってくれ」
担任の指示に従って、三人とも窓際後方に新しく置かれた席に向かう。僕の席の真後ろだ。だが、僕は嫌な予感がしていた。
「ご主人様ぁ!」
案の定エルが飛びついてきた。さっきまではクールビューティーといった感じで質問に答えていたのに。
「おい! 離れろよ」
「いやですぅ」
エルがさらに僕に抱きつく力を強めてくる。
「シンイチが離れなさいって言ってるでしょう!」
そう言いながら今度はリリスが僕を引っ張った。
「シンイチは私の主人なんだから!」
リリスがそう言うと、エルも負けじと引っ張ってくる。
「ちょっと、二人とも……」
ミューまでも参戦してくる。カオスな状況になったところで、担任の先生の声が響いた。
「お前ら静かにしろー! エリス先生の紹介が控えてるんだぞー」
「あっ、すみません……。ほら、三人とも!」
僕は急いで謝ると、三人娘は渋々自分の席に戻っていった。
「エリス先生、お願いします」
「はい、佐藤先生。この度、3年7組の特別英語教師を担当することになった、エリス・フィナードです。みなさん、よろしくお願いします」
教室の中が拍手に包まれる。外国人にしては日本語が上手すぎる気がするけど……。他の人には美人外国人教師に見えてるんだろうな。本当は不和の女神だなんて思う人はゼロだろう。そんなことを思いつつ、ふと横を見ると、ミューが物凄く羨ましそうな顔をしていることに気づいた。
「どうした?」
小声で聞いてみる。
「いえ……なんでもないですよ」
ミューの顔は笑顔に戻ったものの、どこか寂しげだった。それからしばらくして授業が始まった。だが、授業が始まるまでにクラスメイトたちから転入生との関係を根掘り葉掘り聞かれた。特に祐太のやつが、俺に紹介してくれとうるさかった。
昼休みになると、エルとリリスが弁当箱を持って僕の机までやってきた。
「ご主人様のお弁当を作ってきました!」
エルが得意げに言う。それに続けて「私もよ!」とリリス。
「へぇ、それはありがたいね。でも、なんでまた急に?」
僕が訊くと、エルがはにかみながら答える。
「えっと……。ご主人様に恩返しをしたいと思って……」
きっとエルは僕が魔物から人として自我を与えたことについて恩を感じているのだろう。
「別に気にしなくていいんだけどね。まあ、せっかく作ってくれたんならもらうよ」
僕は二人の手作り弁当を受け取った。
「ありがとうございます!」
二人は嬉しそうだ。そしてなぜかミューが自分の弁当を差し出してきた。
「あの、これよかったら食べてください」
「ああ、うん。ありがとう」
僕はミューからも弁当を受け取る。すると、今度はエルが僕の膝の上に座ってきた。
「ちょっ!? 」
「ご主人様。あーん」
慌ててエルを引き剥がそうとするが、エルは僕の手を掴んで離さない。それどころか、箸でウインナーを挟んで僕の口元に運ぼうとしてくる。
「待て、わかった! 自分で食べるから! 」
僕は諦めて差し出されたウインナーを口に入れた。美味しいことは間違いないが、こんなところをクラスの男子たちに見られたら間違いなく嫉妬される。周りを見る。うん。凍てつくような視線が僕に向けられていた。
「ご主人様、おいしいですか? 」
エルが上目遣いで尋ねる。僕は頷きこそすれ、エルに告げる。
「美味しかったが、すまない。降りてくれるか? 恥ずかしいんだ」
「は、はい……」
エルは仕方ないといった感じ、自分の椅子に戻った。
「一つ聞いていい?」
僕は三人に尋ねることにした。
「何かあったのか? なんか、みんな積極的というかなんというか、変だぞ」
「……ごめんなさい」
三人は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ご主人様。私たちがいきなりあんなことしたので驚いていますよね。本当にご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「いや、怒ってるわけじゃないんだ。ただ、気になってさ。どうしたの」
「エリスが言っていたのですが、この国では一夫一婦制とは本当なのでしょうか?」
「え? そうだけど……」
僕は頷くしかなかった。けど、一夫一婦制という言葉が何故今出てくるんだ?
「ですので、シンイチ様の妻となれるのも一人だけ。私達は誰がシンイチ様の妻になるか、争うことにしたのです」
ミューがそう語るのを聞いて、やっと辻褄が合った。不和の女神エリスが何故、異世界を放おっておいて、僕たちが現実世界に戻るのを勧めたのか。要は、ミューとエル、そしてリリスを争わせるためだったのだ。
この日からシンイチと三人娘の受験生らしからぬ高校生活が始まった。アテナにもらった権能【全知】によって、もうテスト勉強する必要のないシンイチだったが、その存在はクラスで浮いてしまっていた。
その週の土曜日に祐太の家で勉強会が開かれた。
「よう、シンイチ」
「ごめん。遅れて。ってもう一人って、女子か?」
シンイチが祐太の家にあがると玄関に女性ものの靴が置かれているのに気づいた。祐太は一人息子で、姉も妹もいない。その靴は祐太のお母さんが履く物としては若々しすぎたのだ。
「そうだぞ。まぁ、入れよ」
「お邪魔しまーす」
シンイチは祐太の部屋に通される。すると、中には知る顔があった。
「おはよう、シンイチくん」
「あ、おはよう。東雲さん」
僕と東雲さんとの挨拶をジト目で見ていた祐太が「お茶と水どっちがいい?」と聞いてくる。
「お茶で」
「はいよ」
祐太が消えて、東雲さんと二人きりになる。僕の発した「あの」という言葉が東雲さんの発した「あの」と重なる。
「いいよ、先」
「うん。あのさ、栗栖さんとかエルさんとかリリアスさんってシンイチ君の恋人候補なんでしょう?」
「えっと、それは……」
「私もいいかな?」
「えっ?」
「本当はもっとゆっくりと関係を深めるつもりでいたんだけど、やっぱり、私もシンイチ君の恋人に立候補したいです!」
パリンっ! とグラスが割れる音がした。部屋の入り口には戦慄の顔をした祐太が突っ立っていた。
その日から、シンイチを四人の美少女が取り囲むことになった。誰がシンイチの恋人になるかと四人の娘は競い合う。彼女らの姿を、英語教師となった不和の女神エリスは微笑みながら見守るのだった。
異世界チート転移『最も冴えた答え方』 空色凪 @Arkasha
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