第6話 泥棒がいるとか

 アンナに連れられ、城の地下へと逃げ込む。地下から流れるんだ……不思議な構造なんだな。地下からは人の声が聞こえてくる。

「よかった、他の人もいるんだね!」

「ええ……けど、なんかおかしいわ」

「え?」

 アンナは立ち止まり、耳を澄ませる。そして、何か小さな言葉を呟いた。

「あ、アンナ、何してるの?」

「シッ、静かに」

 アンナは何かに集中しているようだった。そして、途端に顔を顰めた。レベッカは不安で仕方がなかった。今にもここから逃げ出したい気持ちで溢れそうだった。アンナと繋いだ手がそれを止めている。

「……今すぐ引き返さないと」

「えっ、何があったの!?」

「静かに……地下に泥棒がいるわ。地下の脱出口から逃げようと考えてたみたいだけど、そこは他の使用人が塞いでる。だから、私たちが来た、地上から出て逃げるつもりよ」

「何でわかったの?」

「補助魔法よ。補助魔法で私の耳を強化して、あの話し声を盗み聞きしたの」

 これでも昔は魔女になりたかったのよ、とアンナは可愛く微笑んだ。



 二人は急いで長い階段を駆け上がった。しかし、ここに来るのにそれなりに速いペースで走ってきたため、体力も限界に近かった。

「……泥棒も走って上がってきてるみたいよ」

「そ、そんなぁ……」

「私たちに気づいたみたい」

「なら、早く逃げないと」

 二人はさらにスピードを上げた。そしてようやく地上への出口へ出た。しかし、地下への階段を塞ぐ扉が作動していた。


「そんなっ、何これ!」

「騎士たちは地上に泥棒がいると思ってるみたい。脱出口がある地下を塞いだのね」

 開けるには時間がかかる、とアンナは言った。

「レベッカ、私のいう通りにこの扉を開けて。私が足止めをするから。ないとは思うけど、私が死んでも振り返らないで」

「えっ、アンナ死なないで! 私まだあなたと話したいことがたくさんあるの!」

「……そう簡単に殺されないけどね」

 アンナはメイドの長いスカートを捲り、日に焼けていない白い太ももをさらけ出した。そこにはナイフと、少しボロボロの魔法の杖があった。

 アンナはナイフと杖を取り出し、ナイフの方はレベッカに渡した。

「ちょっ、これどうすれば……!」

「大丈夫、勇者様は殺させはしない」

 アンナは魔法の杖を力強く握った。ちょうどそこに泥棒もやってきた。



「……魔法使いの一族、舐めないでちょうだい」


 アンナは軽く杖を振った。すると、鋭い風が泥棒に向かって吹き始めた。泥棒の皮膚を軽く傷つけている。

「切られるのは皮膚だけじゃないわよ。嫌ならその聖剣をおろしなさい」

「……無理だ! どうしても必要なんだ! ここを通せ!」

 泥棒はアンナに盗んだ聖剣を向けた。

「く、クソォォォォォ!!」

「体幹がなってないわ、こんなんじゃ執事にもならない」

 アンナはもう一度風を吹かせた。男の長く結んだ汚れた髪の毛が、綺麗に短く切られた。

「次は右耳よ」

「くっ……」

「嫌なら早く、諦めて降参しなさい!」

 それでも男は諦めず、レベッカに向けて剣を振った。


「先にお前からだ!」

「やめて!」

「させないわ!」

 アンナは咄嗟に魔法を放ち、レベッカに空気の盾を作って攻撃を防いだ。

「なら、お前からだ!」

「お断りよ!」

 アンナはもう一度風の魔法を放った。しかし、男は間一髪でそれを避け、アンナに向けて剣を振った。


 それはアンナも予想できなかったのか、ハッとした時には、もう目の前に青白く輝く聖剣があった。


「……私は」


 死ぬの、と、アンナがそっと口にした時、男の目の前にナイフが飛んでいった。



「うわあっ!」

 男はそう叫びながら避けて、聖剣は無事に見当違いの方向に落ちて行った。

「アンナ、大丈夫!?」

「レベッカ、あなた——」

「生きることだけを考えよう! 五体満足生きてればいいの!」

 レベッカは足を日本の地震並みに震えさせながらも、泥棒の前に立った。


「わ、私が相手だ! この国の召喚された勇者である、レベッカ・クラレンスが相手だ!」


 そして、男に向かって手を伸ばした。

「その皮膚の傷以上に痛い思いしたくなければ、今すぐ降参しなさい!」

「こっちにはこの剣がある!」

 男は先ほどの失敗した攻撃で石畳の階段の上に刺さった剣を掴んだ。そして、剣を抜こうと——抜こうとした。

 全くもって抜けなかった。これにはレベッカも驚きだ。もはや男に頼れる武器は無くなっている。

「何故だ、何故抜けない!!」

「あなた、もしかして他国から来たわね?」

 アンナは高笑いをした。


「聖剣が一度地面に刺さると、選ばれた人しか抜けないこと、知らないのね?」


 男は悲鳴をあげた。そして、大きく頭を下げた。

「許してください! 私は、私は、金のために動きました! 妻と息子がいるんです! それでも、稼ぎが良くなくて、それで」

「なら、両手をあげなさい。逃げるんじゃないわよ、話は王にしなさい」

 アンナは泥棒をレベッカに任せて、外へ出る扉を開け始めた。もちろん、レベッカは泥棒にビビっていたが、泥棒は勇者であるレベッカにビビっていたので何もできなかった。




 ようやく外に出れた二人は、泥棒を引き連れて騎士を探した。

「ちよっと、アンタたち!」

「アンナ、何故ここに……その男は、泥棒!?」

「捕まえたの。聖剣は無事だけど、地下のどこかに刺さっちゃった」

「では今度、バジル様に抜いてもらいましょう」

「えっ、バジルって選ばれた人なの?」

「王家に伝わる聖剣よ? 王には血筋があるの」

 レベッカは改めてバジルが凄い人なのだと実感した。

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