第14話 固まる

 こんな風に、胸騒ぎを覚えるのは、久しぶりだ。


 けれども、決して不快と恐れを告げるそれではない。


 何だろう、この気持ちは……


「……少し、待っていて」


 試着室に入った山崎は言う。


「ああ、分かった」


 俺が頷くと、シャッとカーテンを閉める。


 少ししてから、衣擦れの音が聞こえて来た。


 普段なら、さほど心臓が揺れ動くこともないだろうに。


 今は先ほどから、少しばかり落ち着かない……


「……竹本くん、いる?」


「えっ? ああ」


「ちょっと、中に入ってくれない?」


「はっ?」


 この山崎という女は、地味な見た目に反して、面白い。


 そのことは、あの告白をした時から知っている。


 ただし、この発言は予想外だ。


 下品な乳を揺らすあの2人とは違い、ちゃんと慎ましい女だと思っていたが……


「……分かった」


 俺は周りの様子を確認した後、試着室に入る。


 そこには信じられない光景があった。


 山崎が服をはだけている。


 いや、問題はそこではない。


 俺は、自分がまだまだ、未熟だと思い知らされる……


「……何だ、その大きさは」


 デカい。


 ずっと、小さいと思っていた。


 山崎の胸が……デカい、大きい。


 俺の見立てだと、これは……


「……Fか?」


「……うん」


 山崎は頷く。


「よく、今までこんなデカいの、隠して来られたな」


「だって、誰もわたしになんて注目しないから……竹本くん以外は」


「……ふっ、そうか」


 何だろう、無性に喜ばしい気持ちが溢れて来る。


「でも、ガッカリしたでしょ?」


「なぜだ?」


「だって、竹本くんは……いつも巨乳の月島さんと朝宮さんと一緒にいるから、貧乳のわたしに癒されるって……言ってくれたから」


「ああ、そうだな……けど」


「けど?」


「どちらにせよ、お前は癒し効果バツグンだよ」


「ほ、本当に?」


「ただ同時に、暴力的な魅力もあるけどな」


「ぼ、暴力的?」


「地味巨乳とか、そそるジャンルの1つだからな。どう料理するか、悩みどころだが……」


「りょ、料理……されちゃうの? わたし……竹本くんに」


 モジモジとする山崎を、俺はジッと見つめる。


「……決めたぞ、山崎」


「は、はい?」


「楽しい未来が見えた」


「た、楽しい未来? そ、それって、まさか……」


 山崎が、にわかに期待の眼差しを向けて来る。


「お前も、グラドルになれ」


 直後、なぜか山崎の目が死んだ。




      ◇




 放課後、ファストフード店に集う。


「今日は俺のおごりだ」


 ヒラヒラと札を泳がせる。


「それ、私をダシにして稼いだお金でしょ?」


「ああ、そうだ」


「本当にクズな男……」


 月島が苛立たしげにため息をこぼす。


「で、イッチー。大事な話って、何なの?」


 朝宮がチューチューとジュースを吸う。


「うん。ところで、お前ら、知っていたか? 山崎が隠れ巨乳だってことを」


「「はっ?」」


 既存の巨乳キャラ2人は蔑むような目を向けて。


 新種の巨乳キャラは何だか複雑そうな面持ちだ。


「聞いたところによると、Fカップだそうだ。朝宮よりも、少しデカいな」


「イッチーのえっち……」


 朝宮が両手で胸を覆い隠して睨んで来る。


「そこで、俺は提案した。山崎も、グラドルになれと」


「それって……あたしはもう、用済みってこと?」


「何を言っているんだ、朝宮」


「ほえっ?」


「色々なタイプのグラドルがいた方が、事務所も盛り上がるだろうが」


「事務所って?」


「ああ。高校時代に、これだけ素晴らしい人材に巡り合えたことは、実に幸運だ。だから、俺はこの幸運を、最大限に生かす」


 グッ、と拳を握って見せる。


「俺は将来、芸能事務所を立ち上げる」


「マジで?」


「朝宮、山崎。お前らは、そこに所属しろ」


「ま、またそんな、勝手に……稼げる保証もないのに」


「安心しろ、朝宮。お前たちのことは、必ず俺が輝かせる。メシも食わせてやる」



「ほ、本当に?」


「ああ」


「わーい。でも、アッキーは? まさか、仲間はずれ?」


 朝宮が何気なく言うと、月島は「うっ」と呻く。


「べ、別に、そんな下らない野望……いえ欲望になんて、付き合う義理はないから。むしろ、清々するわ」


「何を言っているんだ、月島。お前も俺のチームの構想に入っているぞ」


「えっ?」


「お前はマネージャーになれ」


「マ、マネージャー?」


「ああ、そうだ」


「い、いきなり、そんなこと言われても……」


「ちなみに、そこには明確な戦略と狙いがある」


「一応、聞きましょうか?」


「明るく可愛い朝宮と、地味でそそる山崎。この2枚看板をウリにして行くが……ファンたちは、だんだんとザワつく」


「何て?」


「あのマネージャー、美人で巨乳じゃね?……ってな」


「…………」


「そして、ある時……そのマネージャーが、脱ぐ」


「…………」


「とりあえず、限定的なグラビアデビューと題してだが……場合によっては、マネージャーとグラドルの兼業をしてもらう」


「…………」


「そして、我が事務所はウッハウハの大安泰だ」


「…………」


「どうした、月島?」


「……バカじゃないの? 私がグラビアなんて……そもそも、向いていないって言ったくせに」


「向いていない、とは言っていない。ただ、朝宮が王道の魅力に溢れるせいで、気付きが遅れた。けど、山崎という新たな人材を得て、その素晴らしいアイディアに至った」


「くだらないアイディアの間違いじゃない?」


「ところで、月島。お前はその2人よりも大きい、Gカップだろ?」


「へっ?」


「「はっ……?」」


 3人とも、目をパチクリとさせる。


 月島はどこか焦り、他2人はジトッとした目になる。


「じ、Gって……色々な意味で、ゾっとするわ」


「ゴキブリの隠語でもあるもんね」


「こら、ザッキー、それ口にしちゃ、メッ!」


 とツッコミした後、


「てか、アッキー! マジでGカップなの!?」


「ちょ、ちょっと、声が大きいわよ!」


「うるせー! 大きいのはあんたの乳じゃ~!」


 プチキレた朝宮が月島に掴みかかろうとする。


 山崎が間に入って、何だかなだめようとする。


「フハハ、愉快な光景だ」


「ちょっと、竹本くん。ふざけないでちょうだい」


「俺は至って真剣だよ、ガールズ」


 ゆっくりと、コーヒーをすする。


「もちろん、強制はしない。人生は、あくまでも自由だからな」


「本当に?」


「まあ、俺はもう心に決めたから。もし、お前らが断ったら、あの手この手で脅し……説得するけどな」


「はぁ……こんなクズな男と関係を持った時点で、人生オワリだったわ」


 月島は額に手を置き、深くため息をこぼす。


「絶望したか?」


 俺が問いかけると、月島はおもむろに顔を上げる。


「……この世に、完璧な絶望は存在しない」


 と言う。


「だから、ほんの少ない可能性に……賭けてあげる」


「おっ、毎度あり~」


「って、何をあっさりと……はぁ~」


「アッキー、気持ちは分かるけど、そんな風にため息ばかり吐いていたら、幸せが逃げるよ?」


「もう、とっくに逃げているから、今さらよ」


「ふむ、乳は厚いが、幸は薄い女……か。月島、お前の売れ線も見えて来たぞ」


「誰か、この男を黙らせちょうだい」


「って、言われても……」


「じゃあ、おっぱいで黙らせる?」


「って、ザッキー!? また、意外にも大胆な発言を……」


 賑やかになって来た所、俺はパンパンと手を打つ。


「さて、諸君。将来の目標が決まったところで、分かっているな?」


「えっ、何が?」


 朝宮が小首をかしげる。サイドテールもマヌケに揺れた。


「ちゃんと将来のことを考えて、今から行動すること」


「って、言われても、具体的にどうするの?」


「とりあえず、朝宮はちゃんと今の体型をキープしろ。何なら、もうちょい絞っても良い」


「えぇ~、美味しいモノ食べたいのに~」


「山崎は、むしろもう少し肉をつけろ」


「う、うん」


「月島は……」


「な、何よ?」


「……今のままで良い」


「ふ、ふん。元より、あなたの指図を受けるつもりはないわ」


「ただし、覚悟は決めておけよ」


「覚悟?」


「出来れば、将来グラドル有望な君たちには、恋愛はして欲しくない。けど、そこまでプライベートを縛りたくない。一応、友人でもあるかな」


「友人……か」


「んっ?」


「な、何でもないよ」


 朝宮は笑ってごまかす。


「で、朝宮は普通に陽キャでモテるだろうし。山崎も大人しい感じだから男から誘って来るだろう。つまり、この2人は普通に彼氏が出来ると思う」


「イッチー……」


「だが、月島……残念ながら、お前はやらみそになる可能性が高い」


「やらみそって……」


「つまり、30歳になっても処女ということだ」


「う……うるさいわよ、バカ!」


 つい声が大きくなった月島は、ハッとして口を押え周りを見渡す。


「まあ、仮に俺と道を共に歩まず、普通にOLとかやったとしても、モテるだろうが高嶺の花って感じで、結局はやらみそだろうな」


「う、うるさいわねぇ……」


「あ、ちなみに、ちゃんと処女卒業したい?」


「だから、うるさい……」


「もし希望するなら、俺がちゃんと責任を取るから」


「……はっ?」


「そ、それって……」


「お前が望むなら、イケメン俳優とか、パイプつないでアテンドしてやるよ」


「…………」


「月島?」


「……本気であなたのことが嫌いになりそう」


「おい、どうしてだ? お前だって初めては、イケメンが良いだろう?」


「イッチー」


「んっ?」


「頭いいけど、やっぱりバカだね」


「おい、ちょっと待て、朝宮。少なくとも、お前には言われたくない」


「何だとぉ~!」


「竹本くん」


「何だ、山崎?」


「あまり、月島さんをイジめちゃダメだよ?」


 そう言われると、何だか胸にチクリ、と刺さるようだった。


 改めて、月島を見ると。


 どこか、悲しげに、瞳が揺れている。


「……悪かった。さすがに、無神経すぎた」


 俺は詫びる。


「……別に良いわよ。あなたの無神経さなんて、知っているんだから」


「はは、それほどでも」


「いや、褒めていないから」


 月島はお決まりのため息を漏らす。


「……ちゃんと、あなた自身が責任を取って」


「えっ?」


「もし、私がその……哀れな売れ残りになったら……」


「だから、お前は売れるって。隠れ巨乳みたいな魅力で」


「そっちの話じゃなくて!」


「分かった、分かった。俺で良ければ、いくらでもしてやるよ」


「べ、別に、そんなのは望まないけど……」


「……アッキーばかり、ズルい」


 朝宮がジト目を向けて来る。


「イッチー、あたしもやらみそだったら、責任取ってくれる?」


「えっ? だから、お前は大丈夫だって……」


「責任、取ってくれる?」


 ズイ、と迫られる。


「オ、オーケー、オーケー」


「じゃあ、わたしも」


「山崎、お前まで……」


 今度は、俺がため息を吐いてしまう。


「全く、こんなクズのどこが良いんだか」


「あら、ちゃんと自覚しているのね」


「だから、前からしているよ」


 俺が少し疲れたように言うと、月島が小さく笑う。


 こいつ、俺が不幸そうだと笑うな。


 まあ、無理もない。


 何だかんだ、普段からひどいことをしているから。


 嫌われているのだろう。


 そう胸の内で呟くと、何だかまたチクリと痛む。


 あれ? 少しおかしいな……


「イッチー、どうしたの?」


「……いや、何でもない」


「ねえ、わたしハンバーガーもう1個、頼んでも良いかな?」


「ザッキー、どうしたの?」


「ほら、さっき竹本くんに、もう少し肉をつけろって……」


「もうついとるやないかーい!」


「あんっ……つ、つままないで」


「ちょっと、朝宮さん、やめなさい」


「てか、お前も胸のサイズ詐称してたやないかーい!」


 むぎゅっ。


「あんっ……」


 いつの間にか、朝宮が月島と山崎をホールドしていた。


 何だ、この光景は。


 パシャリ。


「って、竹本くん?」


「よし、いざという時の脅し……いや、交渉材料ゲット」


「クソ最低ね……んっ」


「おい、月島。公衆の面前で感じるな」


「う、うるさいわね!」


「朝宮、そろそろ離してやれ」


「そうしてあげたいけど……何かこれ、ちょっとクセになりそう」


「ふむ、そうか。明るく爽やかなイメージのお前が、そんなゲスい変態性を秘めているのは、商品価値を下げるか……いや、それもアリなのか?」


「このクズ、さっさと助けなさい!」


 こうして、俺たちの結束は固まった(?)




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