第13話 予想外

 放課後。


「おい、山崎」


 彼女の机を訪れ、


「行くか?」


「うん」


 素直に頷く彼女と共に、教室を出る。


 その際、背後から主に2つの視線を感じたが、あえて無視をした。


 正直、ここ最近、あの巨乳2人と関わって、俺は疲れた。


 だから、こんなこと言ったら、大変申し訳ないけど。


 見た目も性格も胸も控えめであろう、山崎に癒されたい。


「どこの本屋に行くんだ?」


「西町のショッピングモールにあるところ」


「ああ、あそこか。でも、バスだと移動が少し面倒だぞ? まあ、1回乗り継ぐだけだが」


「駅前の方がアクセスは楽だけど……ちょっと狭くて、人も多いから」


「なるほどな」


 控えめな性格どおり、人混みも苦手のようだ。


 ちなみに、月島と朝宮も、あまり狭くて混む場所はやめた方が良いだろう。


 あいつらは、表面積がデカいからな。


 他の客に迷惑だ。


 俺と山崎はバスを乗り継ぐ。


 目的の本屋には、40分くらいで着いた。


「ここは広いし、たくさん本もあるから」


「ああ、そうだな」


 自動ドアを抜ける。


 人はそれなりにいるが、広々とした空間だから、圧迫感を覚えない。


 時間をかけて、来た甲斐がある。


「で、山崎よ。将来、役に立つための本と言ったが……それだと、少しざっくりし過ぎだ」


「うん、そうだね」


「だから、ざっくりとで良いから、方向性を示してくれ」


「じゃあ……なるべく、平穏に暮らすために役立つ本で」


「それは……お前らしいな」


「ありがとう」


「これが月島なら、経営者の本をススメるし。朝宮なら、健康的なカラダ作りの本をススメて……」


「あの、竹本くん」


「何だ?」


「今はわたしのことだけ考えて」


「お、おう……」


 予想外の一言に、俺は少したじろぐ。


「集中して、選んで欲しいから」


「そ、そうだな」


 俺はコホン、と咳払いをする。


「山崎は、特別に大きい成功を望まない。慎ましくも、平穏な日々を送って行きたい……それで合っているか?」


「うん」


「じゃあ、ミニマリストになるのが手っ取り早いな」


「そうだね、憧れる」


「ちなみに、結婚願望は?」


「……竹本くんは?」


「はっ? 俺か?」


「うん」


「俺は……まあ、無理に結婚しようとは思わないな。有益な結婚生活が送れる相手が見つからないなら、生涯独身でも構わない」


「有益な結婚生活って?」


「誰よりも稼ぎたい、という野望はないが。少なくとも、搾取される一般層になるつもりはない。俺は富裕層として生きる」


「じゃあ、わたしみたいなのんびりした女は、足手まといかな?」


「ん? どうした、山崎? さっきから、ちょっと変だぞ?」


「まあ、気になる男の子と、デートしているから」


「……これって、デートなのか?」


「一応、そうじゃないの?」


 メガネの奥の瞳が、ジッと俺を見つめて来る。


「……お前にも、ちゃんとそういう願望があるんだな」


「うん、今まではあまり無かったけど……竹本くんのせいで、芽生えちゃったかも」


「……この前の、告白か?」


 山崎は頷く。


「それは……すまないことをした。お前の平穏な生活に、余計な横やりだったか?」


「そんなことは思わないよ。普通に、嬉しかったし」


「そうか」


「けど、この胸の奥の疼きは……ちょっと、苦しいかも」


 山崎は、心なしか、胸を寄せる。


 あれ? 何か思った以上に、制服にシワが深く出来ているような……


「竹本くん?」


「……いや、何でもない」


「ミニマリスト以外には、どんな本を読んだら良いかな?」


「じゃあ、この辺りの地味な資産形成の本を……」


「これ、かな?」


 少し低い段の本を取ろうとするから、山崎は前かがみになる。


 すると、何だか重力にひっぱられる、膨らみが……


「……山崎」


「えっ?」


「お前、何か俺に隠しごとをしていないか?」


「か、隠しごと……って?」


 山崎は、少しだけ焦る。


「他人の全てを知るなんて、そんな傲慢なことは思わない。けど、少なくとも、俺はお前を認めているし、これからも関わりたいと思っている」


「あ、ありがとう?」


「だから、ちゃんと知っておきたいんだ。一見すると地味で冴えない、何もかも控えめなお前の、本当の姿を」


 俺が真っ直ぐに見つめて言うと、山崎はコクリと喉を鳴らす。


「……ここ、出よ」


「えっ?」


「同じエリア内に、服屋さんがあるから……そこに」


「……ああ、分かった」


 俺は妙な胸騒ぎを覚えつつ、山崎の提案に従う。




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