第3話 バカ量産くん
私にとって、
『なあ、ちょっと良いか?』
『えっと……竹本くん、だったかしら? 私に何か用?』
『お前、すごく頭いいんだよな?』
『ま、まあ……成績は良い方だと思うけど』
『そっか。実は、宿題で分からない所があるから……』
『ああ、教えて欲しいの? まあ、人に教えると、私にとっても学びになるから、別に構わないけど……』
『お前、代わりにやっといてくれない?』
『……は?』
『あ、報酬がいるか……じゃあ、これやるよ』
『……アメ?』
『コーラ味、美味いぞ。駄菓子屋で、10円で買った』
『……へぇ』
『それでメチャクチャ美味くて満足できるんだから、コスパ良いよな』
『コスパ……コストパフォーマンス……』
『そうそう。俺のモットーだから』
『将来のために、自分の力をつけようとは思わないの?』
『いやいや、個人に出来ることなんて限りがあるし。他力本願、上等。俺は色んな奴らを使って、成り上がるよ』
『…………』
『だから、月島。お前もすごく使える女だぞ』
それまで無愛想な面だったのに。
そこだけ笑顔になって。
すごくムカついた。
当然、断った。
そうしたら、彼はあっさり引き下がった。
そして、その当時、クラスで私の次に成績が良かった男子に宿題をやってもらったとか。
「……クズなのよ、本当に」
男は誠実さが1番大事だと思っている。
私のお父さんも、誠実でお母さんを幸せにしている。
だから、そういう男性が、モテるべきなのに……
『たけもっちゃん、好きだわ~』
『イッチーに、ドキドキしちゃう♡』
……マジでモテていた。
あんな男が……世も末だわ。
そんな評判、事実を知っても、私の気持ちは揺るがない。
あの男は、嫌いだ。
けれども、どうして……こんなにも心が、揺れているの?
動揺しちゃっているの?
分からない。
でも、このままでは……
「…………」
私は基本的に、誠実な人としか関わらない。
だから、むしろ逆に、クズの臭いにも敏感になっている。
あるいは、あの男と同じクラスになっていたから……
「いや~、やっぱり、朝宮かわいいよな~」
「明るいし、乳デケーし」
「けど、乳のデカさで言ったら、月島さんのが上じゃね?」
「あれ、何カップだろうな?」
「まあ、月島さんは高嶺の花で聞きづらいからさ」
「だな、とりあえず、フレンドリーな朝宮にカップ数を聞いて、それ基準にしようぜ」
「でも、あのデカさを基準にしたら、他の女子が可哀想だろ」
「おい、お前ら」
「何だよ、竹本」
「今のところ、投票数は月島と朝宮の2強で、同数な訳だけど……」
「おお、そうだ。てか、あと投票してないのお前だけだろ」
「もったいぶりやがって」
「お前も、その2人のどちらかだろ?」
「まあ、順当に行くと、月島さんか?」
「つか、お前って1年の時も同じクラスだっただろ?」
「ああ、まあ」
「でも、朝宮とも別のクラスだけど話していたよな?」
「はあ? 一郎、おまえ殺すぞ」
「落ち着け、ボーイ共」
「達観ぶるな」
「じゃあ、俺が投票するのは……」
ゴクリ、とみんなが息を呑む。
屋上前の階段の踊り場に、緊張感が走る。
そして、私も……って、何でよ!
「……
…………
「「「「「いや、誰だよ」」」」」
「クラスメイトだろ」
「いや、そりゃそうだろうけど……」
「あっ、山崎って、あの地味子?」
「そうだな」
「いや、まあ、そんなブスって訳じゃないけど……無いだろ?」
「お前、バカなんじゃないの? S級美少女の2人と関わっておいて」
「むしろ、食傷気味か、うらやましいねぇ」
「違うよ、バカ共」
「「「「「あああああぁん?」」」」」
「良いか? 何事も、バランスが大事だ。突き抜けた存在がいるのは仕方のないことだが……そんな中でも、陰日向に咲く花を大事にしないと」
「まあ、一理ないこともないけど……」
「それに、学生時代は地味だった奴ほど、大人になって同窓会で、みんなを驚かせるもんだ」
「あー、それは聞いたことあるかも」
「要はふり幅なんだよ。だから、この1票は投資みたいなもんだ」
「随分と安い投票だな」
「お前やっぱり、クズだな」
ええ、そうよ、その男はクズよ。
「それは悪かったな」
「受け入れんな」
「じゃあ、あくまでも今の山崎には価値がないってことだな?」
「いや、将来の可能性も今の価値だから」
「だったら、今の山崎と付き合ってみろよ」
「んっ?」
思わぬ問いかけに、問われた彼よりも、なぜか私の方が……
「……アリだな」
「「「「「えっ?」」」」」
「仮に付き合って、別れることになっても……将来、きれいになって成り上がった山崎が、元カレという縁で俺に利益をもたらしてくれるかもしれない」
「本当に最低だな」
本当よ!
「よし、善は急げだ。今日の放課後、山崎に告白するか」
「えっ、マジで?」
「てか、どうやって呼びだすん?」
「朝宮に連絡先を聞く。あいつは誰にでも優しいコミュ力優等生だからな。既にクラスの女子の連絡先はゲットしているはずだ」
「ああ、確かに」
「全く、使える女だよ」
「だから、クズなんだって」
…………
「おっ、さすが朝宮、レスポンスも早い。本当に、使える女だ」
「もう、お前には参ったよ」
「んで、マジで山崎に告んの?」
「ああ」
「てか、もしフラれたら、お前の黒歴史じゃね?」
「あんな地味女にフラれたって」
「それはそれで、誰かしらの同情を引けるから構わない。そこからまた、新たな利益を模索する」
「お前は本当に……すごいわ」
「でも、ああいう地味子って、ウブいから……案外、イケるかもな」
「そしたら、お前すぐに童貞卒業できるじゃん」
「いや、童貞は既に卒業済みだ」
えっ……
「マジで!? いつだよ、コラ!」
「まさか、朝宮と?」
「いや」
「じゃあ、もしかして……月島さん……とか?」
いやいや、違うから。
私そんなクズ男と……シ、シてなんかいないわよ!
「…………」
何で朝宮さんの時みたいに、すぐ否定しないのよ!
「……あの女は、面倒だな」
そのダウナーなため息がすごくムカつく……
「マジかよ……月島さんが処女じゃないとか……世も末だな」
それはこっちのセリフよ、クソ男子どもめ。
勝手に人の貞操をネタにしてくれちゃって……
「……お前ら、最低だな」
「「「「「えっ?」」」」」
「仮に、月島が処女じゃなかったら、嫌いになるのか?」
「いや……」
「お前らの気持ちは、そんなものなのか?」
「だ、だって……」
「なぜ、お前らが、月島が処女じゃないと許せないか、教えてやろうか?」
「な、何でなんだよ?」
「そもそも、お前らは自分が、月島と付き合えるとは思っていないからだ」
「「「「「…………」」」」」
「あくまでも、高嶺の花。憧れの存在。だから、きれいなままでいて欲しい……そうだろ?」
「……おっしゃる通りです」
「良いか? 美人と付き合えるのは、美人に告白した奴だけだ」
彼の言葉に、いつの間にかみんなが引き込まれている。
かくいう私も……って、何でよ!
「確かに、一郎の言う通りだ……」
「じゃあ、俺たちも……月島さんに、アプローチしても良いのか?」
「ああ。何なら、すぐに告白してみれば?」
えっ?
「いやいや、告白なんて、さすがに……」
「言っておくけど、告白は受験みたいに1発勝負じゃないから」
「そ、そうなのか?」
「むしろ、連発しろ。そうすれば、いずれは……根負けして付き合えるだろ」
こ、この男は、何を言って……
「そ、そう言われると、何だかイケる気がして来たぞ」
「俺も」
「オレもだぜ」
えっ? えっ?
「じゃあ、こうしよう。俺は今日、山崎に告白する。だから、お前たちは、月島に告白しろ」
ちょっ、まっ……
「「「「「よーし、やるぞおおおおおおおおおおぉ!」」」」」
最初の陰気な空気が嘘のように、まるで青春スポーツマンガみたいな雄叫びを上げる男子たち。
こいつら、揃いも揃って……
「じゃあ、お前ら。今日の授業料、1人1,000円な」
「「「「「いや、金とんのかよ!」」」」」
「バカ、たった1,000円で、あの月島と付き合えるかもしれないんだ。お得だろ?」
「まあ、そう言われると……」
「ちなみに、本当に付き合えたら、プラス1万な」
「うっ……ま、まあ、妥当な金額だ」
「むしろ、安すぎるまである」
「最悪、バイトするわ!」
…………
「よし、今日はここまでだな」
彼はノートを閉じる。
あれが何だか、悪魔のノートに見えるのは、私だけかしら?
いやいや、ていうか、このままだと……
「なあ、月島さんと付き合えたら、どうする?」
「いや、まずはデートだろ?」
「何回目のデートで、キスして良いんだ?」
「キスする時、おっぱい揉んでも良いのか?」
ワイワイ、ガヤガヤと……
ああ、今すぐ飛び出して行って、叫んでやりたい。
『このクソ男子どもめ!』
……って。
いや、それ以上に、あのクズに……
……ていうか、私ってば。
さっきから、胸の内とはいえ、随分と汚い言葉を……
……最悪だわ。それもこれも、あの男……竹本くんのせい。
彼に毒されている。このままだと、まずい。
何よりも、目下、私に危機が迫っている。
怒涛の告白地獄が……
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