生涯障害

サトノハズキ

第1話 岐路

 そのおっさんが福祉に出会ったのは、今から数年前の事だった。精神障害と診断されて10年以上が経過していた。


 それまでのおっさんは、働けど長続きせず、社会に適応出来なかった。親や兄の援助を受けながら何とか生きているのが現状だった。息をすることすら面倒くさく、何のために生きているのか分からん日々を過ごしていた。


 おっさんが生きる希望を見出したのは、おっさんがおっさんに片足を突っ込んだ頃、ある一人の女性との出会いだった。


 ほんの少し年上のその女性は、いつも元気でハツラツとしていて、誰とも分け隔てなく笑顔で接する人だった。そんな彼女と同じ時間を過ごすうちに、おっさんの凍えていた心が少しずつ溶けていったのだ。


 どうしようもなくその女性に惹かれてしまったおっさんは、彼女と食事に行く約束を取り付けた。


 そして、食事を済ませた2人は、海を見に行くこととなった。流木に並んで座って海を眺めながら、無言だけれど心地好い時間を過ごした。寄せては返す波音をBGMに、いつしか2人の肩が寄り添っていった。


「キスしとく?」

 おっさんは何気なさを装いつつ、その実、勇気を振り絞って彼女に言った。頷いた彼女の唇にそっと唇を重ねた後

「好きだ。付き合って」

「それは、ズルいよ…」

「ダメ?」

「ダメ…なら来ないし」


 そうして2人は付き合うこととなったのだった。


 人生にイフはない。ライフにはイフがある。


 だからこそ言おう。


 もしも彼女に出会わなければ、おっさんはおっさんになり得なかった。


 もしも彼女に出会わなければ、きっと今ほど幸せにはなり得なかった。


 おっさんの人生において、これほどまでに明確な岐路はないのではないか…いや、ない。


 おっさんは彼女に出会ったからといって、ゲームのように覚醒して社会に即適応できるといった劇的な変貌を遂げることは無かった。

 

 それから今に至るまで、実際に社会に適応出来ているのかと問われれば、社会に適応しているとは言い難い。


 しかし、その出会いがおっさんと社会を繋いだのは、紛れもない事実なのだ。

 半年も動けば半年は動けなくなっていたいた人間が、少しずつその周期が短くなって、今では少し休み易い人。くらいにはなれている。


 おっさんがおっさんたり得ているのは、そんな彼女との出会いと、彼女が齎してくれた3つの命。それとおっさんのちょっとの努力。それと出会ってくれた全ての人への感謝である。

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