第6話

 朝、いつものようにジャックの手伝いのために洗濯籠を抱えて雑居房を周回していた。部屋の扉を開けてその場に洗濯物を置いていく。

「あんがと」

「ありがとうございます」

「気にしないで」

 洗濯物を運ぶことは元々僕の仕事だったかのように板についてきた。


「何よ! あんたら」

 震え、涙。言葉から滲んだ感情。悲鳴が聞こえた。空の洗濯籠を放り投げて走る。十分近づいたところで速度を落としコンクリートの反響音を隠す。

「何って説明する意味があるのか。ねぇな。甘ったれた女犯すためにわざわざあの女に尻尾振ってきたんだぞ!」

 細身で筋肉質な男がサラを壁に押しやっていた。口元は獰猛に笑っている。後には気弱そうな太った男が興奮で息を荒げている。こういうシチュエーションが好みなのだろうか。もう一人の細身の男は無言で舐め回すようにサラの四肢を見つめている。特に大きな胸を重点的に。

「ばっかじゃないの! あんた、後で地下行きにされるわよ」

「……ここで暮らすよりはよっぽどましだぜ! こんな毒沼、どこが良いんだか! 剣持って男殺して、女犯して、金巻き上げる。あれ以上性に合ったものはなかった」

 男はサラの頬を掴み上げ顔を向けさせる。茶色の瞳に涙が滲み、足が震えている。本質的に大人しい性格なのだろう。恐らくそれにあの男は勘づいている。だからこそ標的にしている。

「助け……」

 サラが悲鳴を大きくあげようとした。男はすぐさま拳を振り上げ顔面に右ストレートを決めようとする。僕は地面を蹴って飛び出した。背後の二人の取り巻きは反応できない。飛び上がって主犯格の男の顔面に右回転の蹴りを叩き込む。男は咄嗟に両腕を合わせて防ぐ。

「いってぇな! 誰だてめぇ!!」

 獣のように唸りながら男は身構える。僕は取り巻きの二人を睨みつけた。二人は引きつった笑みを浮かべると、転びそうになりながら逃げていく。

「姦淫は許されれざる罪です。主はおっしゃいました。『配偶者以外と行為に及ぼうとしたものに対してはその性の代償を持って償わせると』。適当に考えましたけど似ていますか。その女に」

 僕は本を持っているふりをしながら唱える。視線は男の一挙一投足を追う。男は心底不満そうに下唇を噛んだ。

「はっ! 素晴らしい演技だな。虫酸が走る。あの女のファンかよ」

 間違ってはいないかもしれない。色々な要因を考慮すると。

「で、なんだ。俺をあいつに報告するのか」

「面倒だししませんよ。貴方がここで立ち去って二度とサラに手を出さないって言うなら」

「そいつは無理だな!!」

 当然の結論だろう。そもそも僕がアンジェルに伝えない保証はない。実際、そのまま下がったら報告するつもりだった。男の拳が僕の顔面に迫る。体重を上手く乗せた一撃。首を軽く捻る。拳が僕の髪を揺らす。空振ったせいで男の体勢が崩れる。男は目を細め僕を睨みつけてくる。僕の腹を狙って右脚が蹴り上げる。僕は冷静に後方に飛ぶ。蹴りが空振った男は舌打ち。

「最近こっち来たばっかの新人の癖に随分とやるじぇねか。S19世界なんてぬるま湯にもできる奴は居るらしいな!」

 成りたくて成った訳じゃない。繰り出される軽い右手のジャブ。僕は身を捻り避ける。すぐさま男は左腕の高速ストレートに変更。フェイントか。顔面が殴打され視界が揺れる。頭上を見上げていた。足元を見ずに相手の足を払う。ふらついた男の足音。僕は後に下がる。逸らしてた体を急激に戻し、前屈姿勢。そのまま渾身の右ストレート。顔面に直撃した。

「ぐおぉぉ」

 男はくぐもった声をあげる。僕はじーと白い手袋についた血を見ていた。後で洗わなくては。

「は、早く逃げよ。努君」

「ああ、うん」

 僕は助けようとした女の子に手を引かれその場から離れた。


「はー、怖かったー」

 サラはぺたりと冷たいコンクリートに膝を着く。

「災難だったね」

「本当だよ。まさかこの収容棟にあんな変態が居るなんて。もう最悪。……てか、努って強かったんだ」

「第二収容棟は危ないからね。これぐらいできないとやっていけないよ。まあさっきの人は、体がなまってんだよ」

「うわー、絶対強い。こういう奴絶対強い。……えーと、そのありがとね。かっこよかった」

「……あ、うん」

 褒められ慣れてない僕は少し照れながら曖昧に返事をした。


「はあー、みっともないな。私ももうちょっと強くならなくちゃって、ずっと思ってるんだけど。難しいよ。昔から助けられてばっか。私の昔の友だちがね、騎士団に連れてかれる時、怖くて何もできなくて。本当変わってないなー」

「気にしないでよ。肉体的に強くあることだけが力って訳じゃない。だからきっと僕は君より弱いよ」

 僕の言葉が信じられなかったのか、サラが見てくる。本当だよ。僕は弱いよ。きっとここに居る誰よりも。

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