第47話 秘密

 夏休みは学生にとってのオアシスだという人もいるが、高校生に限ればそうとは言い切れない。受験を控えた高校三年生はもちろん、高校二年生にとっても大事な時期だ。また、高校生になると中学までとは部活の忙しさが段違い。夏休みもほぼ毎日部活という人も多いらしい。そう考えると文芸部がとても恵まれた部活に思えてくる。


「せっかくの夏休みなので、感想会を開きたいと思います!」


 夏休みに入る前の部活で、西条はこう言っていた。感想会とはその名の通り、自分が読んだ本の感想を語り合う会なのだが、この部活のルールは全員が同じ本を読むことだ。一週間の間に指定された本を読んで、週に一回の部活で感想を話す。これは自分と他人の視点の違いが分かって意外と面白い。以前まで文芸部は個々で作業をしているのに近かったが、このように最近は部活動っぽいことを多く行っている。


 人によって、バッドエンドとハッピーエンドの捉え方が違ったり、台詞の解釈も違ったりする。この世には同じ人間はいないことを知ることができて、楽しさの中に少しの寂しさが滲む。


「――だから、なんで大人しくて性格のいいキャラほど酷い目見なきゃいけないのか、ホントに分からない」


 桐嶋はどうやら今回の小説がお気に召さなかったようだ。彼女の熱弁を聞いているとそんな寂しさはやがて薄れ、藤宮もまた口を開いた。


「まぁ、残念だけど恋愛ではいい人は負けるからな」


 現実でもそうなのだから、その小説はキチンと現実を反映していると言える。それに対して小説の中では夢を見させてくれと不平を言うか、現実に即していると論評するかは読者に委ねられるわけだが。


「その子は他の子との関係に悩んでしまって何も言い出せないのに、結局無神経に言いたいことだけ言って泣いてるキャラが勝つのはあんまりよ」

「……言いたいことは分かるけどな」


 一旦議論が落ち着き、彼は話題を変えた。


「そういえば、今度行く祭りはどこに集合するんだ?」

「学校の最寄り駅だよ、そのほうが文香と合流しやすいから」


 彼の問いに、先ほどまで二人の議論をにこやかに見ていた西条が答えた。何か仲裁の手を差し伸べてくれてもよかった気がする。


 何はともあれ三人でどこかに行くようになったため、藤宮も改めて三人の距離が近くなったことを実感する。だが、それはまるで逃れられずにどんどん圧迫されているというほうが近いのかも知れない。


 やがて部活を切り上げ、彼らは荷物を整理して校舎を後にする。夏休み中だからといって特に何か変わることはない、代わり映えしない帰路。だが、唯一変わったこととすれば寄り道をするようになったこと。


 桐嶋と別れ、西条と二人で駅へと向かっているとき、しょっちゅう寄り道をするようになった。駅舎の周辺に立っているショッピングモールやデパートで、夏の暑さを避けてしばらく涼む。建物の中はエアコンが効いていることもあって、この時間は居心地がよかった。


「ねぇ、今日はそこでアイスを買おうよ」

「それいいな。今日も暑かったからな~」

「私は抹茶にするけど、宏人君は何にするの?」

「う~ん、そうだな……俺はバニラ&クッキーにするよ」


 彼らはそう言ってアイスクリーム店の前にやってきたが、夏のせいか店の前には行列ができていた。


(はやく回ってこないかな、なんも話すことが……)


 案の定、待ち時間が長いせいで藤宮と西条の間で会話が途絶えてしまうが、彼女のほうを見ても機嫌はむしろ良さそうだ。


「何かあった?」

「特にないよ」

「えっと、……じゃあ、何もないのになんでそんなに嬉しそうなの?」

「何もないというのは悪いことじゃないと思うよ。むしろ、静かでも何もなくても、それが心地いいと感じられる関係がいいんじゃないかな」

「……確かに、そうかも」


 西条に大切なことを教えられた気がして、一瞬立ちすくむ。今まで男としての体裁を整えようとしてばかりだったと感じて、少し恥ずかしくなった。彼女はいつでも自然体を許容してくれているみたいで、周囲には冷風が吹いているが、心は温まった気がした。やがて順番が回ってきて、彼らはアイスを受け取る。


「ねぇ、お互いのアイス、ちょっとだけ交換しない?」

「えっ!?」

「いいでしょ?」


 唐突な彼女の言葉に驚いて一瞬固まってしまうが、念を押すように聞いてきたので勢いでつい頷いてしまった。彼が頷くと同時に、彼女は藤宮が持っていたアイスの端のほうを一口かじった。


「!?」

「あっ、もしかしていやだった? それならごめんね」

「いや……、そういうわけじゃないんだけど……」

「ほら、私のアイスも食べていいよ」


 彼女はそう言って、自分のアイスを彼の顔近くに持ってくる。


「いや、それは遠慮しとくよ」


 彼にはそこまでする勇気はなかったので断ったが、決して悪い気はしなかった。時折西条の距離感の近さに驚くこともあるが、彼女と二人きりの帰路は藤宮にとってささやかな楽しみになっていた。

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