第46話 夏休み
夏空の下でなく蝉の声が教室の中にまで響き渡る。さらに窓ガラスを超えて突きさす日光のせいで室内は蒸し暑い。教室には一応エアコンが備え付けられているのだが、エアコンが年代物で循環機能が弱いせいで冷気が室内にまわらず、冷風があたる場所が1カ所に集中している。そのためエアコンの風がよく当たる場所に座っている人は夏にもかかわらず上着を着て寒そうにしているが、それ以外の人は薄着でも暑そうにしているという両極端な状況に陥っている。ちなみに藤宮は薄着でも暑いグループだ。
(暑すぎて頭が回らんな……)
授業中であるにもかかわらず、彼はしばらく自身の小説のタイトル決めに頭を悩ませていた。だが、この状況下でこれ以上考えてもいいアイディアは出ないと考え、休息を取ることにした。暑さのせいか、あたりを見渡してみても集中して授業を受けている人は数少ない。夏休みは遊びたいのだろう、配られた夏休みの宿題の答えを写している人が散見された。果たして意味があるのだろうか、しかし彼もやったとこがあるので強く言えないが。彼の後ろの席からもペンを動かす音がしたので、首を傾けてチラッと後ろを振り返った。
(桐嶋が内職なんて珍しい……)
ただ、どうやら彼女は夏休みの宿題をやっているというわけではなさそうだ。彼女の机には何枚もの原稿用紙が広げられていた。
(読書感想文? でも、うちの学校、読書感想文はしなくていいんだけど……)
そうなると、やはり小説を書いているのだろうか。彼女の手には以前に彼がおくったペンが握られている。ずいぶん精力的だ。何が彼女をそこまで動かすのだろう。つい桐嶋のほうを長くみていたら彼女も気づいたらしく、気まずそうにしている。彼女は原稿用紙を両手で覆って隠し、前を向けと言わんばかりに不機嫌な表情をして彼を睨みつける。
「アハハ……」
藤宮は苦笑いしながら前を向いた。
桐嶋は彼が前を向いたことを確認すると、原稿を覆っていた両手を元に戻した。未完の小説を見られることが恥ずかしいという気持ちもあるが、何より恋愛小説でモチーフが藤宮なので見られたらまずい。恋は人を変えるとよく聞くが、しばらく書けなかった自分も藤宮のことを想うと筆がのる。人は意外と些細なきっかけで変わることができる、彼女は身をもってそう実感した。
そのためか、自分と藤宮の間でそういう噂が流れていることは知っていたが、彼女自身はそれ自体いやではなかった。ただ、藤宮がそれを聞いたときにどう反応するのか。こういう噂を立てられるとお互いが変に意識して気遣って、かえってうまくいかないというのはよく聞く話だ。実際、彼女も彼と話すときに一々その噂を意識してしまい、接し方が分からなくなってきた。さっきも彼に強くあたってしまった気がする。
「はい、今日の授業はここまで。この後、帰りのホームルームで夏休みのことについて説明するからすぐに帰らないこと」
教師のかけ声と共にチャイムがなる。
(そういえば、今日は夏休み前最後の日だったな)
仕事で頭がいっぱいで、藤宮はすっかりこのめでたい出来事を忘れてしまっていたことに気づく。夏休みは学生にとって最重要イベントだというのに。それに気づけなかったとは、一足早く社畜デビューをはたしたといった感じだ。ちなみに本場の社会人には夏休みという概念がないらしい。恐ろしくて、とてもじゃないがなりたいとは思えない。
夏休み中の行動についてありがたい説明を受けた後、文芸部もまた夏休み中の活動について話し合っていた。
「もちろん夏休み中も部活はするよ、夏休み中は週一回にしようと思ってるけど」
「私は異議なし」
「うう……異議なし」
いや、話し合っていたといえるのか分からないが。どうやらこの部活は自分の権限が弱いらしい、数ヶ月の付き合いだが藤宮はこれだけは確信できた。結果、文芸部も西条の意見に桐嶋が同意する形で夏休みの通学が決まった。これでも運動部と比べればマシだからよしとせねばならない。夏休みくらいは休めると期待したが、甘かったようだ。
(まぁ、家で引きこもるよりはマシか)
夏休み中に女子と部活なんて青春って感じがしていい、おまけに今年は夏祭りにも行けるのだ。プラスの面に目を向けよう、藤宮は自分の心が満ちていくのを感じた。
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