02 何者?




「ほんとにいとしみというものは厄介だ。いとしみだけは俺の意識に関係ない場所にある」


「?」


 未桜は意味が分からず眉を潜める。


「分からねえか? 俺らには7つの情がある。よろこび、おそれ、いかり、かなしみ、にくしみ、いとしみ、よくの7つだ。俺はその中で俺には必要ない、いらない3つの情を捨てた。それがかなしみ、おそれ、いとしみだ」


 夢で見た玉だと未桜は思った。


「だが捨てたはずの情があの翔琉とお前に入ってしまった。そのせいで天部のやつらに特殊な術がききやがるんだがな」


 ナグナスが言うのは、天部だったナグナスの一部が翔琉と自分に入ったという意味なのだろう。だから翔琉と自分は守護神達に術が効くのかと納得する。


「お前達がいることで俺は完璧な俺ではない。特にあの翔琉という人間はいるだけで、虫唾が走る」

「だから翔琉を狙って……」

「そうだ。この手で、自分自身であいつを殺さなければこの憎悪はなくならない。永遠に続き、今の俺は俺が望む理想とする存在になることが出来ない。あいつがいるだけで何とも言えない感情が沸き起こり不愉快になる」


 ナグナスは拳をぎゅっと握る。


「だがお前は近くにいても憎悪も嫌悪も感じない。これがいとしみだからだろうな」

「?」

「喜び、おそれ、いかり、かなしみ、にくしみ、よくは相手や物や行動があって沸く感情だ。だがいとしみだけは違う。もともとそこにあるものだ」


 その顔が今まで感じたナグナスではないと未桜は感じた。元天部だとトスマが言った。これが昔天部だったナグナスの名残りなのだろうか。


「なぜ私に?」


 ナグナスにしてみれば弱点になることを話す必要はないはずだ。


「……なぜだろうな。俺にも分からねえ」


 ナグナスは頭をかく。自分自身でも何故か分からない。これもいとしみが関係しているのだろうか。


 目の前で自分の感情に戸惑いを感じているナグナスを見て未桜は目を細める。もしかしたら天部だったナグナスが捨てた3つの感情は、いらないのではなく本当は欲していたのではないか。だからその感情に今のナグナスは戸惑っているのではないか。


 だが天部だったナグナスはもういない。ならば今、目の前にいるこの者は何者なのか。


「今のあなたは何者?」


 すると今までのナグナスに顔が戻り不適な笑顔を見せる。


「俺か? ナグナスの器をかぶった別物と言えばいいかな」


 その不気味な笑いが未桜をゾッとさせる。ナグナスの言ってることは間違っていない。ナグナスの中に渦巻いているのは、憎悪と嫌悪などの負の感情の固まりだ。そして今のナグナスの性格は暴虐で酷薄、残忍さしか持ち合わせていない悪魔みたいなものだ。魔の集合体と言ったほうがいいのかもしれない。


「天使の皮を被った悪魔ね……」

「うまいこと言うじゃねえか」


 するとナグナスは未桜の顎をくいっと持つ。


「お前は生かしておいてやる。有り難く思え」


 そして未桜の顎をぐっと握り力を入れる。未桜は痛さで顔を歪ませる。顎が砕けそうになるのをぐっと堪える。


「いいね。その苦痛の顔。このまま握り潰してやりたいが、それも出来ねえ。ほんと厄介な体だ」


 ナグナスは不本意だと言った表情で未桜の顎から手を離す。ナグナスの思いとは別に天部だったナグナスの名残がそうさせているのか、強制的に体が未桜を殺すことを阻んでいるようだ。だとすれば一応殺されないようだと未桜は安堵のため息をつく。するとナグナスがすっと立ち上がる。


「小娘、おしゃべりはここまでだ」

「?」


 怪訝な顔でナグナスを見上げると、未桜の後ろにある出入り口を見ている。何事だと振り返ると、そこにはサラがいた。


「サラ!」

「未桜! よかった生きてた」


 するとその後ろから翔琉達も入って来た。


「未桜! 言われた通り迎えに来たぜ」




 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る