08 未桜の選択



「親父……」


 呆然とするわたるに、翔琉かけるは叱咤する。


「亘しっかりしろ! もし刺されてたとしてもおっちゃんは大丈夫だ!」

「……翔琉」

「おっちゃんは刺されたぐらいで死ぬやつじゃねえ。お前が信じてやらないでどうする! あいつの言うことに惑わされてるんじゃねえ! 俺達の不安を増幅させ、こっちの戦力を弱らせるあいつのせこい手段だ! 呑まれるな!」


 翔琉は両手で印を結ぶ。


「【心壁しんぺき】」


 すると全員に淡い水色の光りの壁ができた。


 人間は不安という感情を持つ。不安は人間を疑心暗鬼にさせ行動を鈍らせる。

 ナグナスは、その不安を増幅させ絶望まで追い込む術を使う。それで時朗もやられた。その術を弾き飛ばすのが【心壁しんぺき】。奏時の時から出来るようになった術だ。


「これ以上、やらせねえ!」


 ナグナスは目を細める。


「そうだったな。操ることは出来なかったな。ちょうどいいや。じゃあこれはどうかな?」


 ナグナスは黒呪金剛杵こくじゅこんごうしょを右に持ち、前へ突き出した。


「呪言【苦業禁術くぎょうきんじゅつ】」


 ナグナスが唱えた瞬間、一瞬その場が光る。刹那、翔琉達の体が動かせなくなった。


「体が動かねえ!」

「くそ! 外れん!」

「呪術か!」


 シュラの言葉にナグナスは笑いながら応える。


「その通り。体に呪いをかけ、行動、術式を禁止するものだ。やはり黒呪金剛杵こくじゅこんごうしょの呪術は人間はもちろん、守護神にも効くようだ。さすが呪具だな。さあ翔琉、今日こそ死んでもらう」

「!」


 ――くそ! 術を発動させるのを怠った。最初からこっちが狙いだったか! 【光壁こうへき】なら防げた呪術だ。


 ナグナスが剣を出現させると、一気に翔琉へと間合いを詰め、斬りかかった。


「くっ!」


 目の前に迫ってくるナグナスが翔琉にはスローモーションのように遅く感じた。これが命が終わる時の感覚かと錯覚する。同時に後悔に苛まれる。


 だが後悔しても遅い。もうどうすることも出来ないのだ。

 斜め右前のシュラが自分に向かって叫んでいるのが見える。


「翔琉ー!」


 シュラの顔を見て思う。


 ――ああ、またあいつを悲しませることになっちまうな。


 もう避けることは出来ない。ナグナスが剣を自分に向け、目の前まで来ていた。


 ――短い人生だったなー。


 なぜか恐怖は感じない。不思議だと思う。



 その頃シュラもどうしようもないこの状況に、時朗じろう奏時そうじの最期の光景が過る。


 ――またあいつを失うのか! 


 絶望感がシュラの心を覆い尽くそうとした時だ。翔琉の前に影が落ちた。


「!」


 ポニーテールの黒髪が翔琉の前で揺れる。


 ――未桜!


 未桜は両手を広げ翔琉の前に立ち塞がった。


「未桜!」


 サラの叫び声が響く。ナグナスの剣先がまさに未桜の胸に刺さろうとした時、ナグナスの動きが止まった。


「お前……」

「翔琉は殺させない!」


 未桜はナグナスを睨み低い声音で言う。


「未桜? なんで……」


 翔琉は目の前で未桜の背中に話しかけるが、未桜は何も言わない。ただ時が止まったかのようにその場に静寂が起きる。皆何が起こったのかが分からないでいた。

 するとナグナスが口を開く。


「やはりな。お前は動けたか。呪術も効いてないようだな」

「…………」


 ナグナスは剣を引き自分の肩に乗せて不適な笑みを浮かべる。


「で、どうするよ? お前1人で俺に立ち向かうか? だがお前は戦いは出来ないよなー。お前、名前を未桜とか言ったか?」

「……なぜ私の名前を……」

「調べさせてもらった。気になったからなー」

「……」

「さあ、どうするよ? お前が出来るのは二択しかねえよなー」


 未桜はギッと歯噛みする。ナグナスが言う通り未桜に出来ることは2択しかない。このまま翔琉を守って防御をし続けるか、それか――。


「翔琉だけ守ったら、他のやつらを俺は殺すぜ」

「未桜!」


 サラが叫ぶ。


 ――ああ。だから嫌だったのよ。こうなることはさっき先読みで見えてたんだから。でもどうあがいても覆すことが出来ないのもこの先読みなのよねー。


 未桜は「はあ」と大きなため息をつく。


 ――ああ、ついてない。翔琉を1人助けるか、他の者を守って翔琉を見捨てるか、か……。時を司る神はこうなることが分かってたのね。分かってるなら最初から教えなさいよね。



 1年前、未桜が初めて時渡りの仕事を始める時に時を司る神から出された質問がこれだった。



 『仲間1人を助けるか、仲間1人を見捨てるか。どうする?』



 その時未桜は仲間1人を見捨てた。後のことを考えたら1人助けるより4人を助けたほうが確実に勝算は上がるからだ。後味はとても悪いが仕方ないと答えを出した。


 それに対し神は良くも悪くもその選択も有りだと言った。だがその後ずっと未桜は心の中がもやもやして納得いかなかった。


 後悔した。


 だからずっとどうすれば後悔しないか、自分が納得いくか暇さえあれば考えるようになっていた。そしてある1つの答えを導き出した。


「知ってた? これ、3択あるのよ」

「なんだと?」


 ナグナスが怪訝な顔を向ける。予想だにしていなかった顔だ。

 未桜は目だけをサラへと向ける。そこには心配そうにこちらを見るサラがいた。


 ――ごめん、サラ。


「翔琉」

「?」

「私は大丈夫だから後でちゃんと私を助けなさいよ」

「え?」


 未桜は両手を祈るように合わせる。すると双眸が一瞬光る。


「【無二解術むにかいじゅつ】」


 パーン!


 何かが弾け飛ぶ音が響くと同時、翔琉達は動けるようになった。驚いたのはナグナスだ。


「なに!」


 だがその隙を見逃さなかった。未桜は驚いているナグナスの腰に抱きつくと呟く。


「【時遡行じそこう】」


 刹那、2人の姿がその場から何かに吸い込まれるように消えた。


「未桜ー!」


 サラが発狂する声がその場に響き渡った。





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