第19話 早起きの朝
スッキリとした目覚めではなかった。
試験前の不安と似た様な物を抱えながら目を覚ました。
感覚としては似ているが、この不安は試験前の物とは大きく違っている。対策不可能な問題に直面しているという、まず前提からしてズレている。
俺はゆっくりと起き上がってスマホで時間を確かめる。
「…………」
六時を少し過ぎた程度。
尿意を感じてトイレに向かうために立ち上がる。部屋の扉を開けて階段を降りるとリビングに灯りがついてるのが確認できる。
「あ、優希、もう起きたの?」
母さんが台所で作業をしている。
「目覚めた」
「昨日、寝るの早かったもんね。あ、ご飯作るの手伝う?」
母さんの言葉に何も返さずに俺は台所に近づく。
「何作るの?」
まず聞いてみてからでもいいと思って、母さんに尋ねると「卵焼き」と答えが返ってくる。
「あとはミニトマト入れるくらいね」
随分と簡単にできるらしい。
「作るのは卵焼きだけだから作って見る?」
母さんの言葉を断りきれずに俺はフライパンを受け取ってしまう。
「その前にトイレ行ってくる」
コンロの上に四角の小さなフライパンを乗せてトイレに向かう。鍵を閉めて、便座に座り込む。
「…………」
卵焼きを作るのは別に良い。
ただ、ずっと頭の中に不安がチラつく。
「はあ……」
スマホの電源を点けて何ともなしに弄ってみる。少しだけ不安から解消されようと自分と同じ状態の人がいないかと検索してみるが出てくるはずがない。Q&Aなんかを見ても、やはり自分とは何処かが違う。
好きな人を取られただとか。
友達に嫌われたのが不安だとか。
そんな事を調べても、参考にはならない。少しだけ重なっている様な気がして安堵を覚えてから、やはり違うと余計に不安が募る。そもそも、俺は解決のしようがない程にどうしようもない状態になっている。
「記憶……」
例えば倉世の記憶がまた消えれば、俺はちゃんとできるのかもしれないと馬鹿みたいな事を考えてしまう。
「馬鹿かよ」
そんなのは良くない事だ。記憶が戻る様にするのが俺の役割のはずだ。最低な考えだと思う。こんな考えが出てきてしまう自分が嫌いになりそうだ。
「よいしょっ……と」
立ち上がってトイレを流す。
「…………」
コンティニューなど望めるわけがない。リセットなど許される筈がない。倉世の記憶がもう一度無くなることを望むなど、自分勝手なクソだ。
ちゃんとしろ。
「三谷光正の事だろ、今は」
余計な思考をするのは良くない。
こうであれば良いとか、考えるのはダメだ。事実を調べ上げて、倉世が記憶を失った原因を確かな物にする。もう一度も、もしかしたらも考えるだけ愚かだ。
あるかも分からない事、あってはならない事に縋るなんて人間として良いものではない。
「母さん、戻った」
俺はキッチンに戻って、手を洗う。
タオルで濡れた手を拭いて母さんに聞く。
「卵焼きの作り方教えて」
「はいはい」
ガチャガチャと母さんは必要な物を用意する。既に取り出されていた卵と砂糖の他に、ヘラと油、茶碗が並べられる。
「後は自分の箸で卵混ぜて。洗い物増やしたくないし」
順序は簡単で茶碗に卵を入れて、砂糖を加えて混ぜたら油を引いたフライパンに回数を分けて入れて焼いて巻いてを何度か。
「……難っ」
「お、破けたね」
いつも弁当に入ってる様な綺麗な形にできない。母さんはこうなるのを分かっていただろう。
「ほら、優希見てな」
母さんが俺と位置を変わってフライパンの持ち手を握って、慣れた手つきで卵焼きの続きを作ってく。
「どう? こうやるんだよ」
「わかんないって」
こうやるって感覚の話だ。
これだから慣れてる人は。
「ま、今日のチャレンジは失敗って事で。また明日〜」
卵焼きが完成する。
「優希、皿取って」
「うん」
適当な白い皿をテーブルに置くと母さんが卵焼きの乗ったフライパンを持ってきて、皿の上にそっと乗せる。
「ん、おはよ。優希、早いな」
「おはよ」
父さんが起きてきた。
「あ、お父さん起きたんだ。おはよ」
母さんがそう返すと、父さんは迷いなく椅子に座る。
「ほら、優希。ご飯自分で盛りな。あ、お父さんの分もよそってあげて」
母さんに言われるがまま、俺は自分の分と父さんの分の米を茶碗に盛ってテーブルに置いて腰を下ろす。
母さんはまだ作業を続けている。
「はい、おかずは昨日の残りとさっきの卵焼きの端っこ」
弁当に入らなかった残りが朝食になる。父さんが小さく「いただきます」と言って、食べ始める。
俺も父さんに倣って食べ始める。母さんも作業が終わったのか椅子に座って食べ始めて、食べ始めた順番通りに食べ終わり、父さんは直ぐに仕事に行ってしまう。
「じゃあ、アタシも行くから。学校行くときはちゃんと戸締りよろしく」
母さんも少し慌てた様な感じで家を出た。俺ももう少ししたら家を出る。
……いや、昨日より遅く出よう。
「もうちょっとゆっくりするか……」
何となくテレビを点けて、ニュースを聞き流して時間が経過するのを待つ事にする。
表示される時間が一分増える毎に不安が少しずつ大きくなっていく。
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