第10話 甲斐谷優希の生き方
「唐揚げ美味いな」
「母さんに言われた通りの味付けだから」
あれだけ細かく指示されてたら、失敗なんてまずしないと思う。
「……揚げ茄子も美味い。結構サッパリしていい感じだ」
「殆ど母さんがやったから」
俺がやったのは母さんの監視の元、茄子を切ったくらい。
「…………味噌汁も、うん美味いな」
「母さんに味見して貰ったから」
俺が唐揚げを食べながら父さんの感想に返して行く。
「お前なぁ……素直に褒められろ」
父さんが呆れた様に言う。
「はあ、まあ……それで、今日はなんかあったか?」
なんかあったかと言うのは漠然としているが、学校から先生が来たと言うのが父さんの求めてる答えになるだろう。
「先生が来て反省文の原稿用紙と謹慎中の課題を渡してった」
俺が答えると父さんは「他にも何か言われたんじゃないか?」と聞いてくる。別に隠す必要はない。倉世を殴ったと言うことで父さんには叱られたんだし、この事は今更だ。
「進路のこと。俺、指定校無理だって」
「そうか」
「え、それだけ?」
父さんの反応は思ったより素っ気ない。
もう少し何かあると思った。いや、別に俺のために先生に対して怒りを見せるとかを期待したわけでもないが、何かしら言ってくるものだと身構えていたのに。
「いや、別に指定校じゃなくても普通に受ければ良いだろ」
あまりにも正論。
「まあ、そうなんだけどさ」
指定校が可能性から無くなったと言うだけの話なのは確かにそうだ。別に大学に絶対に通えないって事じゃない。極めて重要な話だったのはそうだが、考えてみれば絶対に必要な物ではない。そう言う選択肢も本来ならあったと言うのがなくなった。そう言う話だ。
「……あと、オバさんが来た」
話すべきことと言えば、後はオバさんが来たことくらいだ。
「そう。光代さん来たんだって。晩御飯の支度で帰ったんだってさ。アタシも光代さんと話したかったな」
母さんがオバさんとすれ違うのは朝に家を出る時くらいだろう。他の時なんて、仕事で会う事はないだろうからまず会わない。後は学校行事くらいか。
「何の話をしたんだ?」
「……それが倉世の事なんだけど。一昨日の夜から記憶がおかしかったんだと」
俺としては分かっていた事。
たた初めて聞いた父さんが難しい顔をした。
「え、それお母さん初耳。話してくれても良かったじゃない」
母さんにも言ってなかったし、この反応も何となく想像できてた。
「タイミング見失った」
料理の準備の確認をされて、慣れない料理をしていたら母さんに切り出すタイミングがなくなっていた。父さんがこうして話を始めてくれて助かった。
どの道、二人に話すべきだっただろうし。
「……一昨日からか。なら、お前が殴ったのが原因じゃないって事だよな?」
父さんが俺の顔を見て確かめる様に呟いた。
「まあ、うん」
まず、俺が殴りかかったのは三谷先輩だし、三谷先輩を殴ろうとしたのは倉世の記憶がおかしくなってたからで前後関係が色々とおかしくなっているんだが、俺の言葉を信じてくれる人が居なかったから。訂正の余地も無かったわけで。オバさんという証言者も居て助かった。父さんは一先ず納得してくれると思う。
「はあ〜……」
父さんが長い息を吐いた。
何だか、重たい荷物を下ろしたふうに見える。
「大丈夫?」
母さんが確認すると「ああ、大丈夫だ」と小さい声で答えた。
「倉世さん
随分と心労が掛かっていたのだろう。
「ごめん」
自然と謝罪が口から出ていた。
「……まあいい。お前が反省してるのは分かってる。俺は何も言えん」
「…………」
父さんの複雑そうな顔はそのままだ。俺のせいでない事と、倉世の記憶の事で感情を表しにくいんだと思う。
「智世ちゃんに謝って許して……」
父さんは倉世の記憶についてどこまで知っているんだろうか。
「なあ、父さん母さん」
父さんの言葉に被せて呼びかける。
「どうした?」
「何?」
二人が俺に顔を向ける。
「倉世の記憶の事、どれくらい聞いてる?」
俺の確認に母さんは殆ど知らないと首を振り、父さんは「混乱があるってのは……」と微妙な顔で言う。
「倉世は、オジさんの事もオバさんの事も覚えてなかった。勿論……俺の事も」
俺の言葉に父さんと母さんが目を見開いた。
「……混乱どころじゃなくて、記憶ないのか?」
三谷先輩の事は話さなくて良い。
俺のこの暗い感情は父さんと母さんに話さなくて良い事だ。
「そう、らしい」
俺はこの問題を俺なりに調べ上げて、三谷先輩の事を……。
「…………」
父さんが黙り込んでしまって、母さんも父さんを心配する様に見ていた。俺は唐揚げをつまみ茶碗の上に持ってくる。
「俺が、倉世の事なんとかするし。変に心配しなくて良いから」
記憶が取り戻す、その方法を俺は探すとオバさんと約束したのだ。
「ねえ、優希」
「うん?」
何だろうか。
「無理しないでね?」
何のことだか俺には分からなかった。無理だと言う感覚は無かったから。
倉世の事は、俺の事だ。
俺は。少なくとも俺はそう思って生きてきたんだ。
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