第6話 責任と言うもの

「待って待って……どういう事?」

 

 母さんがテーブルに両肘をついて僅かに前のめりになって俺に聞いてくる。

 

「…………」

 

 母さんに何と説明しようか。口を動かそうとしても言葉が用意できない。用意できないから舌が回らない。

 

「コイツは智世ちゃんの事を殴ったんだと」


 何があったかなら、それが正しいのかと思った。それは事実そのもので、ただ、俺の事情なんて一つも入っていない。

 違う、と思った。そう内心で唱えた。


「智世ちゃんを……?」

 

 どうして、と母さんが首を傾げた。

 けど父さんがすぐに口を挟んだ。

 

「理由なんて関係ない。お前は友達に手をあげたんだ。しかも女の子にだ」

 

 それは父さんからしたら理由など関係なく男として恥ずべき行為なんだろう。幼馴染という関係上、倉世と喧嘩したこともあるが父さんには何度も言われた。それを守って生きていた。

 

「……はあ」

 

 父さんが溜息を吐き、失望したような顔をする。

 ここに座っているだけでも嫌になる。この空気感が苦手だ。

 

「どれだけ嫌なことがあっても自分から手をあげるな。暴力に頼るな」

 

 理由を聞くつもりはないのか。事実として俺が倉世を殴ったという客観的事実だけが教師からは伝えられたんだろう。

 

「女相手に手をあげる男は最低だ」

 

 俺も父さんの言葉に同意できる。女に手をあげる男が最低だという考えが当然にあるから、この家は安泰だったし、幸せだったと思う。

 

「…………」

 

 それでも、納得ができない。

 俺は倉世とは何もなかったし、殴るつもりなんてなかった。何かあったと言うなら三谷先輩だろ。だから、的外れな指摘を受けているような気がして弁解をしたくなるが、父さんは認めてくれないだろう。

 

「そう、だよな。……うん」

 

 下唇を噛み、俺は無理矢理に言葉にする。納得したという姿勢を見せなければならないのかも知れない。

 

「智世ちゃんは記憶にも影響が出てるって話──」

「それはっ!!」

 

 勢いよくテーブルを両手で叩きつけて立ち上がる。椅子が倒れ、ガタンと大きな音が鳴る。

 記憶がない事を俺の責任にされるわけにはいかない。

 

「…………」

 

 声を荒げたからか無言で睨まれる。

 それは俺の言い訳を聞くための姿勢ではない。

 

「それは……」

 

 それでもみっともない言い訳をこねくり回して、三谷先輩という他人のせいにして。そんなので父さんは納得しないだろう。

 違うと吐いても、俺の感情論だ。論理的に自らの正当性を証明できるような気もしない。

 

「お父さん」

 

 母さんが話に入る。

 

「アタシにはまだよくわかってないけど」

 

 母さんは真っ直ぐに父さんを見つめていた。話の流れだけじゃ、理解は十分にできないらしい。

 

「優希は智世ちゃん殴ったこと……反省してるはずだから」

「それとこれとは……」

「もうこの辺りにしてご飯作らないと」

「母さん!」

 

 母さんがいつも通りの目に戻って立ち上がり冷蔵庫に近づく。

 

「顔見れば反省してるって分かるでしょ」

 

 冷蔵庫を開け、中身を確かめながら母さんが言う。

 

「……それは」

「息子の事なんだから、お父さんも分かってるでしょ」

「…………」

 

 父さんが押し黙った。

 

「それ以上、アタシたちが何言ったって優希が辛くなるだけじゃないの」

「だけど、親としてだな──」

「なら、分かってあげるのも必要じゃない」

 

 子供の責任を取るべきだと、父さんは考えているんだ。母さんは、俺が今回の事を一番わかっていると思っている。だから、寄り添ってあげるべきだと。

 どっちだっておかしくない。

 

「……ごめん、なさい」

 

 俺が下らない意地を張って、事実を言って訂正なんてしようとした所でどうにもならない。

 

「謝るのは俺にじゃなくて」

「……分かってるから」

 

 父さんが言いたいことは分かる。

 倉世に謝らなければいけないのは俺だって分かってる。でも、謹慎が明けるまで俺は家にいなければならない。

 

「でも、迷惑かけて……ごめんなさい」

 

 とにかく謝ると言う事しか俺にはできなかった。何とも子供じみた行動だと思う。ただ、俺はこんな時、謝る以外を知らなかったのだ。


「……謹慎明け、ちゃんと智世ちゃんに謝りに行け」


 父さんが言って、一先ずこの話は幕を閉じる。


「え、謹慎?」


 父さんの言葉に母さんが反応する。

 そう言えば一言も触れてなかった。


「そう。……なら、晩御飯お願いするわ。あ、あといつも通り肩揉みも」


 母さんの言葉に父さんがフッと吹き出して「それが良い」と賛同した。


「……ん。智世ちゃん、鼻血が出た以外は特に傷はなかったらしい」

「そっか」


 携帯を見てから、父さんが腕を組んで少しだけ安堵したような表情で俺に言う。


「優希、料理手伝って〜。明日も学校休みでしょ」

「……うん」


 俺は母さんの方に行く前に父さんに顔を向ける。


「優希。ちゃんとやれよ」


 たった一言にどんな意味が込められているのか。料理の事を言ったのか。倉世の事を言ったのか。

 少しばかり深読みしてしまう。


「はい、野菜切ってね」


 母さんにじゃがいもと玉葱を渡されて、父さんから目を離す。次に目を向けた瞬間にはスポーツを取り上げているニュースをじっくりと観ていた。

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