片想い相手の幼馴染は俺の事を覚えていない
ヘイ
第1話 彼女は三谷先輩だけを覚えている
「おはよう」
「……誰?」
俺には幼馴染がいる。
女の子で、保育園の頃からずっと一緒の幼馴染だ。昨日だって顔を合わせた。
「俺だって……
覚えてるだろと、肩をつかんでも彼女は首をかしげるばかり。意味がわからないと思って俺は昨日の出来事を話していく。
「お前、昨日
俺が言った瞬間に彼女は顔を真っ赤に染めた。この反応。なんで、コイツ……俺のことは忘れてるのに三谷先輩の事は分かるんだ。三谷先輩と会ったのは生徒会でだろう。
高校生になってからだ。
俺の方が倉世と長く一緒にいたのに。
「おい!
お前は、覚えていないのか。
倉世の肩を掴む手に力が篭る。
「痛っ……!」
「あ、悪い……」
俺が手を離すと彼女は困惑した様な顔をして俺を覗き込む。
「大丈夫?」
茶髪の大人しそうな彼女は間違いなく、俺の幼馴染の倉世
「──なあ、昨日……三谷先輩と何があったんだよ」
納得ができなかった。
俺の心を占めていたのはそれだ。
「…………」
顔を真っ赤にして彼女は口を閉じる。何かがあった事はよく分かる。長い付き合いだ。顔に出やすいんだ、コイツは。コイツの事なら分かるんだ、俺は。
「何があって、なんで俺の事を──」
恥ずかしそうな顔をしながら、それでも彼女は必死に堪える様な顔をして俺を鋭く睨んできた。
「あのっ!」
俺の言葉が止まった。
彼女が何かを言おうとしている。ここで止めるべきだったのかもしれない。
「誰だか知らないけど」
止めろ。
俺の体が震えている。心にヒビが入っていくような感覚がした。
「人の関係性についてしつこく聞いてくるのってモラルが無いと思う」
俺と彼女は……他人になったのだと。
「…………」
語るには、恥ずかしい話だけど。
俺は彼女に恋をしていて、ずっとこの気持ちを伝えられずにいた。それでも、いつか……そう、いつかはこの気持ちをどうにか伝えようと思っていた。
そうして燻っていた結果がこれだ。
「三谷先輩と付き合ってんのか」
「……関係ないじゃん!」
分かってしまうんだ。
ああ、そうだ。
多分、三谷先輩とは付き合ったなどと言う程度では済まされない程に。
「もう、関わってこないで」
赤の他人にとやかく言われ。覚えてないのかと責められる。確かにそれは気持ち悪かった筈だ。
「ねえ、倉世」
女子の声が聞こえた。
誰かが倉世に声を掛けた。
「……? 誰、だっけ?」
彼女の反応は俺に対するものと大きく変わらない。本当に、三谷先輩以外のことを忘れているのか。
「
銀髪の彼女は涼やかな顔をしている。
「あのさ、悪い冗談止めなって……」
きまりの悪い様な顔で後ろ髪の辺りを掻きながら彼女が言うが、倉世はキョトンとするばかりだ。
「喧嘩でもしてるの……?」
「何の話?」
何も。倉世は俺の事も友人のことも覚えていない。
「甲斐谷が何したか知らないけど……」
「さっきそこで会っただけだよ?」
「だから、昨日──」
「昨日? 会ってないと思うし、初めて会うんだけど」
おかしい。
そう感じたのはもう俺だけではない筈だ。
「は?」
どうしてか。
奇妙なことに、倉世の中では三谷先輩の事以外が全て抜け落ちているようだ。整合性という物は知らないが、まるで初めからなかった様に。彼女の中にあるのは普段通りの知識と、三谷先輩の事だけ。
「いや……いやいや、昨日だって会ってたでしょ!」
タチの悪い冗談は止めろと言うように篠森が叫ぶ。何が起こっているのかも分からない。
「こらこら、廊下で騒ぎを起こすな」
眼鏡をかけた知的な印象のある男。
「三谷先輩」
「おはよう、甲斐谷くん」
普段通りだ。
何もかもがいつも通り。
「倉世に何した」
「……? 何もしていないが?」
「そんな訳ないだろっ!」
この男が何かしたのだ。
何かしたのでなければ理解できない。原因はこの男である筈だ。俺は三谷先輩に近づいて胸倉を掴み睨みつける。
「何でっ!」
「…………」
この光景を何も知らない第三者が見れば、俺は子供の様に思えた筈だ。
「何で! 倉世は俺のことを覚えていない!」
「……さあ?」
思わず拳が出た。
カッとなった。コイツが倉世の中から自分以外を消したのだと思って抑えられなくなった。
バキッ、と拳が当たった。
感触があった。
「何、で……」
頬を赤くして鼻血を垂らした倉世が間に入っていた。
「やめて下さい……!」
「違っ……! そんな、そんなつもりじゃ」
「嫌いです。大嫌いっ」
初めて、俺は彼女にここまで嫌悪された。
「智世、保健室に行こうか」
俺にはできなかった事を彼は平気でしてしまう。見ているだけは嫌で「倉世……!」と名前を呼ぶ。
冷たい目が向けられる。
「…………っ」
なんだよ、それ。
どうなってんだよ、これ。
「意味、分かんないだろ……」
目頭の熱に、頬を伝う液体に。俺は咄嗟に隠す様に蹲った。
「何っ、なんだよ!」
何も分からない。
「甲斐谷」
「…………悪い」
声をかけてくれる篠森にありがたさを覚えながら、俺は立ち上がる。
「……キモかったよな」
無理矢理に笑う。
冗談にできるなら、冗談にしてしまいたい。無かったことにしてほしい。
「……うん」
「だよな……そう、だよな」
励ましも慰めも、この時ばかりは要らないと思った。そんな言葉はきっと俺をもっと惨めにするのだと思ったから。
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