淡雪に消えた恋 〜あれから数年、あなたに届いてますか? 私の祈り〜

山村久幸

淡雪に消えた恋 〜あれから数年、あなたに届いてますか? 私の祈り〜

「まーまー! ゆーきーふってきたー! ゆきゆきゆきー!」


「あら? アルブ? そうなの……、今年もってきたのね……」


 元気な4つくらいの男の子が母親に対し、雪がってきたことを激しく主張する。そして、兄とは全然似ていない1歳にも満たぬ女の子を抱いた母親は空を見上げ、追憶にひたる。



 その追憶は母親が若かりし頃の思い出。とてもとても幸せな思い出。あれは6年ほど前の冬であっただろうか?


「雪がってきたね……。アリー?」


「ええ、そうね。ライ」


「手をつなごっか……」


「はい……」


 雪がる寒い朝。街を寄り添いながら歩く男と女……。それは誰が見ても幸せそうな光景だった。



 だが、そんな幸せな日々はそう長くは続かなかった。雪の中、手をつないだ日の翌年。不幸な運命が2人を襲う。


「残念ですが……、彼はもうそんなに長くありません。冬まで持つかもわかりません」


「うそでしょ? この夏は元気に私と一緒に海で遊んだのよ? そんな彼がなんで死ななければならないのよ!」


「彼は子どもの頃より身体からだの中に異常に増殖する悪い奴が住み着いてましてな……。それでも最新の魔導医療技術で、貴女と元気に過ごせるくらいまでには悪い奴をボコボコに叩きのめしたんですがな……。奴はしぶとい上に折角あれだけボコしたのに全盛期の強さまで復活してきやがった。それが発覚したのがつい先日のこと。つい先日、ライハルト様が倒れられたその日、私が診察した結果、分かりました。アリシア様、ご覚悟ください」


「そうですか……。わかりました。先生、教えてくれてありがとうございます」


 秋の初め……。婚約者の主治医から婚約者の病状を伺い、一瞬は取り乱すものの、詳しい話を聞いて覚悟を決めた一人の女。



 ある夜。婚約者の寝室の部屋。部屋の寝台の上で婚約者にしなだれかかる一人の女。


「ライ……。ねえ? 貴方の子どもが欲しいの……。私、未婚の母になるわ」


「そっか。聞いたんだね。僕のこと。良いのかい? それは大変だと聞くけど……」


「いいの……。私、ライの子種が欲しいの……。だから、貴方の体力が許す限り、私を毎晩愛してくれるかしら……?」


「ははは。そうか。頑張れるだろうか……。でも、アリーを目一杯愛するということに関してだけは人一倍頑張れる気がするし、それにそれを毎日繰り返してたら病気なんてやっつけられるかもね?」


「そうね! その意気よ! だから、早速……――シュル……シュル……――」


 婚約者の主治医から婚約者の余命宣告を受けた日の晩。婚約者の男に子種を求める女。婚約者の男は女に覚悟の程を問う。でも、女にすれば、つらい生活なんて婚約者のいない悲しみに比べたら耐えられないことなんて無かった。


 婚約者の男も覚悟を決めた女の魅力あふれる表情にクラッと来た。だから、服を脱ぎ始めた女に視線を向けると下半身がうずいた。そして、男はその晩、野獣となり、女の初めてを奪い去っ――。



 時は過ぎ、季節はひとつ進む。


「残念です。ライハルト様はたった今……」


「ライ……。ライ? ラーーーーーーーーイ! ねえ? 聞いてよ! ライの子がここにいるって、さっき分かったばっかりなのよ?」


「…………」


「ねえ? 黙ってないで聞いてよ! 貴方の子が出来たの! 喜んでくれたっていいでしょ!」


 その年、初めての雪が降った夜……。婚約者の男は逝った……。女は婚約者の男との子が成せたことを報告しに向かった矢先の事だった。



 それから更に時は進み……。女はいまだに婚約者を失った悲しみに打ちひしがれていた。


「アリシア様、返事をしなくてもいいから、そこで黙って聞いていてくれ? 俺、ライハルト様が亡くなられたと聞いた時に……、とんでも無く汚い考えが浮かんでしまった。俺はアリシア様に拾ってもらった一護衛に過ぎないっていうのに……」


「………………」


「なあ? アリシア様? 俺、何ヶ月かけても貴方の事を口説くから。もちろん、今お腹にいるライハルト様とアリシア様の間の子も俺が面倒を見るのを手伝う」


「……ごめん。今はまだセルゲイノフのことを男としてみることが出来ないわ。ライのことやお腹の子のことしか頭にないから……」


「アリシア様はそれでいいんだ……」


 女が婚約者を失った年の終わりの事……。幼き頃に幼き女に拾われ、その恩に報いるべく努力を重ね、護衛の座に上り詰めた男。そんな男が女に恋心を持たない、愛さないということはあり得なかった。だからこそ、婚約者の不治の病を知った時、死を知った時、護衛の男にはどす黒く汚い感情や計算が頭の中をよぎった。だからこそ、自責した。でも、幾日かの猶予は護衛の男に冷静さを取り戻させたようだ。さりとて護衛の男に潜む情というのは決して激しさが抑えられたわけではない。むしろ青白く温度を上げて燃える炎のような感情を内に秘めている。

 女はそれに焦がされることはないのであろうか?


 年は明け、季節は更に2つ進む。その間にも女のお腹には亡き婚約者から授かった種が大きく育っていった。


「んぎゃーぁあんぎゃーぁあんぎゃーぁあ」


「おめでとうございます。元気な男の子ですよ!」


「んぎゃーぁあんぎゃーぁあんぎゃーぁあ」


「元気でちゅねぇ。貴方の名は……決めたわ! 貴方の名はアルベルトよ! 愛称はアルブでいいわね」


 暑さで氷も溶けるくらいの炎天下の頃。女は昨年失った婚約者との子を生んだ。それはそれは元気な男の子だった。


 季節が一巡り。更に一巡り。更に……。女が生んだ子どもはすくすくと成長を遂げていく。


「まったく……セルゲイノフったら、アルブを自分に懐かせるなんて反則よ!」


「まあ、当たり前です。アルベルトくんもアリシア様の子ですから。それに懐かせてしまえば、アルベルトくんがアリシア様のことを説得できるでしょ?」


「ままー? せるげーがぱぱになるの?」


「まったく……。降参よ……。って、雪ね」


「ああ、道理で寒いと思ったんですよ。風の匂いも冬の匂いでしたし……」


 あれから数年たった冬も始まるかという頃。護衛の男は女が生んだ子を口説き落とした勢いで女を口説き落とした。

 本当に長年の思い、長年の女への求愛行動がついに身を結んだ。


 再び、場面は冒頭の頃に戻る。


 今でも思い出せるわね。ライ、貴方との思い出を……。ライ、私の横にはセルゲイがいます。今、セルゲイとの子もお腹の中にいるの……。本当はライ? 貴方が隣りにいるはずだった。でもそれは叶わなかった。

 ねえ? ライ? アルブ、ことアルベルトは最近おませさんになったの。可愛い女の子を連れてくるようになったの。でも、アルブの動き、どことなくライの面影を感じさせることがあって、たまに切なくなるわ……。


 ねえ? ライ? そちらの生活はどうかしら? もし、別の人生を歩み始めたとしたら、どんな生活を過ごしているのかしら?


「あ、リア? 今日も寒いな。ほら、手を繋ごうか! と言いたい所だけど、セシーを抱っこしてるんだな。リアは。仕方ないな。リアは俺が抱いてやるから、アルブ! お前がリアと手を繋げ! いいな? アルブ!」


「はい! ぱぱ!」


「セルゲイありがとっ。はーい。セシリアちゃん、セルゲイに抱っこされてね?」


「んぎゃーんぎゃー」


「おお! よしよし! セシー、泣き止んでくれな! よしよし」


「キャッキャッ!」


「おお、セシー! えらいぞ!」


 今日も今日とてセルゲイはセシリアに構いっ倒しよ。


「あ! ママ! しゃがんでー!」


 あら? アルブ? どうしたの?


「――アリー? こっちの体でもよろしくね? セルゲイがパパかー。いいんじゃない?」

 え! え! うそ! うそでしょ! ライ! ライなの!


「――シーッ。記憶戻ったのついさっきなんだよね。アリー? 愛してたし愛してるけど、アルブとして生きている今、別の子のことを好きになるけど、許してね?」

 ええ、そんなの構わないわ! アルブがライだったとしても、そんなの構わないわ! 嬉しいわ! だから……。


「――許すわよ。だから……、手を繋ぐなら貴方がリードしてね? 私の小さな騎士様!」


「ああ。承知しましたよ。アリーお姫様」


 神様……。感謝申し上げます……。ライの新たな人生をこうして近い所で見守ることができた。それを感謝申し上げます。


 Fin

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