第14話
「で、昨日の女刑事とは何も無かったんだ」
昼食のハンバーガーをテイクアウトした帰り道で、駿が昨日のことを訊ねてきた。一緒に歩いているところを、彼にも目撃されていたらしい。
「年上のお姉さんと、これ見よがしに目立ってたのに」
「やっぱりそう思う?」
駿は目を丸くして、真っ直ぐこちらを見つめて頷いた。やっぱり、米利刑事の方が良かったか。リモートが終わるまでに、学校中のみんなが忘れてくれることを願おう。リモートが終われば、すぐに期末試験で夏休みのはず。
駿は両手に下げた買い物袋を、左と右とで入れ替える。在宅勤務の母と、小学校もリモートになった真珠の分も含まれていた。わざわざ二人で来なくてもいいだろうに、朝からウチで一緒に勉強していた駿は、「外に出るなら、ツーマンセルで行こうぜ」と提案し、それを明確に否定する材料もなく、そのまま復路を歩いている。
往きで特に問題はなかったし、帰りも同じ道を通るならトラブルはないだろう。場所によっては、昨夜のニュースや今朝の情報番組でやっていたような、デモ隊の衝突とか小規模な騒動は起きているらしい。
ほぼ住宅街のこの辺りでは、そんなに目立つ不穏な出来事は見当たらない。昨日見たような、選挙前の街頭演説に近いアピールがせいぜいだ。ただ、オフィスや教室といった閉鎖空間、部活動といった場面で暴力沙汰、数人単位の小競り合いはあったようで、リモートにできるところはリモートで、という会社や学校は出ている。そのおかげか、普段よりこの辺りを出歩く人は若干多い気もする。
「大人も上手いこと、サボってるんだな」
駿は、誰にいうともなしに、ボソッと呟いた。本来なら授業を受けている時間に、自由に外を出歩いているのは、我々だけではなさそうだ。
公園に隣接した公民館や、大きめのスーパーで、大勢で集まって怪しげな集会をしている人たちがいない訳ではない。警ら中の制服警官、お巡りさんも増えているのは、ありがたかった。
昨日も集会が行われていた、大きめの公園まで戻ってきた。ここの三叉路を曲がれば、家まであとちょっと。今日も幟が何本か立っていて、ビールケースをひっくり返してまとめたような、簡易のお立ち台も出来上がっていた。
昨日より少し多めに人が集まっている。極力絡まれないよう、関わらないように、目を逸らしてさっさと横を通り抜けてしまおう。そう思って横を見ると、駿はお立ち台の方を見ながら足を止めている。
「何やってんだ。早く行くぞ」
駿の背中を軽く引っ張って、小声で促す。駿は「でも、アレ」とお立ち台へ上がる人物を指差した。目の前の人だかりを避けながら、その先を確かめた。
私服の稲荷さんを見るのは初めてだった。彼女らしいゆるふわな、ファンシーとかガーリーと言った印象の服を着ている。身体の線をできるだけ強調しないようにしているのだろうか。
そのファッションには似つかわしくない拡声器を、腕章をつけた係員みたいな男から受け取った。スイッチを入れ、何度か声とマイクの調子を確かめる。
「機械が我々の創造主など、ありえない。機械の創造主は、我々人間だ。被造物は大人しく、人間に隷属すべきだ。対等な関係、人権なんて必要ない」
やや低いトーンの落ち着いた声からは想像しにくい、ちょっぴりキツい主張が飛び出した。周りの人間が、「そうだそうだ」と同調し、彼女をどんどん煽っていく。集団の一番後ろに、私服のテッちゃんも立っていた。僕らには気が付いていない様子で、お立ち台の稲荷さんをジッと見て、拳を掲げている。
「ロボットは、ひたすら労働、隷属すれば良い。ロボットは、人を傷つけてはならない。カレル・チャペックも、アイザック・アシモフもそう言ってる。機械は、本来のロボットに還れ」
ここから見える彼女の目は、悪ふざけとか単純な好き嫌いとかのレベルを超えた、怒りや憎悪に染められているようだ。テッちゃんも、同じ気持ちなのか?
「おい、行くぞ」
駿は、僕より先に人だかりから離れながら、小声で言った。僕が先にそう言ったのに。忍足で徐々に小走りへ遠ざかる予定が、ビニール袋と中のバーガーの匂いのせいで、集団の中の一人に気付かれた。こちらを振り返られただけなら、危害は加えられまい。
「おい、そこの機械!」
そこまで高くないお立ち台でも、平場よりは見通しがいいらしい。稲荷さんが拡声器で僕らのことを教えると、集団が一斉にこちらを向いた。正常な連中なら、何もない。一瞬足を止めて振り返る。目つきや息遣いが、若干怪しい。
コレはマズイと思っていると、大通りの方から別の集団が近付いてきた。どうやら公園で集まっているメンツと相反する主義のデモ行進らしい。
「機械差別はやめろ〜。被造物の立場を弁えろ〜」
機械が人間を造ったという、チャカル教の言い分を間に受けている方々の、シュプレヒコールがぶつけられる。
「隷属すべきは被造物だ。創造主に跪け〜」
さっきまでこちらに向いていた危ういエネルギーが、デモ隊の方へ向く。助かったと言い切れない状況で、怪しい空気は加熱していく。
「今まで散々虐げられてきた機械の怒り、長年の恨みを忘れるな。世界も街も、我々が造ってるんだ!」
デモ隊の戦闘で、拡声器を持つ男性が、公園で集まる集団に向けて叫んだ。
デモ隊について来た二人の巡査は、一人は無線で応援を呼び、もう一人は二つの集団の間に入って、物理的な衝突が起こらないように制している。たまたま自転車に乗って通りかかった巡回中の警官も、「そこまでだ、止めなさい」と大きな声で忠告している。
住宅街の中、狭い通りが人で渋滞しつつあった。応援で呼ばれたパトカーや、宅配のトラックが双方から侵入してくる。一方はサイレンを、もう一方はクラクションを鳴らしながら、道を開けろと要求していた。
トラックの同席者が降りてきて、集団の一番後ろにいた男性に、「道を開けろよ」と突っかかる。警官はそれを諌めながら、集団の解散とデモ隊に立ち止まらないよう指示を出す。何者かに押された警官が、近くに居たバンドマン風の兄ちゃんとぶつかった。
「痛ぇな。何すんだよ」
彼が警官を軽く突き飛ばすと、今度はデモ隊の先頭近くにいた恰幅の良いおばちゃんが尻餅をついた。彼女は、「ちょっと、何すんのよ」と尻を払って立ち上がる。
掴み合いの喧嘩が、いつ始まってもおかしくない。双方が距離を詰め、胸倉を掴み合い始めた瞬間、応援に来た警察官が拳銃を抜き、空に向かって撃った。大きな音が、周りにいた人間の足を止めさせる。
「我々の指示を聞いてください。歯向かえば、公務執行妨害で逮捕します」
駆けつけた多数の警察官により、公園で集まっていた集団は解散させられ、デモ隊は予定通りの更新を再開した。双方拡声器の使用は止められ、交通整理ができて道が通れるようになったら、宅配のトラックはうちの方へ曲がって、ずっと先まで走って行った。
幸か不幸か、稲荷さんやテッちゃんがこちらへ流れてくることはなかった。警察に誘導されて、交番で簡易の事情聴取になると、一番近くにいた警察官が僕らに教えてくれた。
「まだ、真偽不十分の状況でコレか」
騒動をじっと見て動けなかった僕を小突いて、駿は一足先に歩き始めた。昨日の教室の時点で相当おかしかったけど、アレを真に受ける人たちが段々増えている?
「あそこにテッちゃんがいたのはショックだな」
駿も彼を見つけていたようだ。流石に分かるか。テッちゃん以上に、あの稲荷さんがあそこまでの演説を打つとは思わなかった。文学少女なだけに、そういう世界にも明るいのかもしれない。
「実はこんなに嫌われてるとは、思わなかったよ」
昨日突っかかってきた押井ならまだしも、仲の良い幼馴染三人組としてやってきたテッちゃんにも、あんな風に思われていたとは、確かにショックだ。最悪、僕ら個人への恨みつらみじゃないと良いけど、稲荷さんの方はかなり本気っぽかったなぁ……。
例の協定、違反の中身やラインが全く分からないけど、この調子なら、ザ・シティが振りかざした「リセット」とやらも思いの外、近いかもしれない。
「どうしたもんかねぇ」
僕の呟きを、昨日の出来事を一部しか知らない駿は、「ん? どうした?」と明るい調子で聞き返してきた。僕は「なんでもない」と返し、簡単には話せない辛さというのを、今更ながら味わった。
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