第22話 カイくん、イチャつき出す
22.カイくん、イチャつき出す
「え?」
オレは事態が飲み込めず、
振り向くと、覆面姿の何かが立っていた。
とっさに頭の中にエリザベスの「そんな事をしてると後ろからブスリと刺されるぞ」という言葉が蘇る。
鐶か!? 闇化?!
いや、違うだろ。
それに全然、気配とかしなかった。
……うげ。
がくっ
オレの両足から力が抜ける。
オレの身体は意志とは関係なく、地面へ這いつくばってしまう。
痛みはまだないが、徐々にしてくるだろう。
そいつはオレの息の根を止めるべく、別の短剣を抜き放った。
『キャーッ』
ヒルデか?
思ったが、別の女子だった。
夜遅くに外に出たため、運悪く遭遇したと見える。
そいつは若干、迷ったようだったが、その女子をしとめるために投擲のフォームに入った。
……ダメだ。
何故か、オレの視界の中で、急速にすべての動きがスローモーになっていった。
……みんなを傷つけるのはオレが許さん。
怒り。
オレは、
オレは、
もう、
大切なものを失いたくないッ
ぐおおおおおっ
オレの中で何かが燃え盛り、体中を駆け巡った。
それは本当に炎として発現された。
背中の短剣が見る間に溶けて流れ落ちる。
傷口がひとりでに塞がれてゆく。
なぜか背中に目があるかのように、その様子が分かった。
視界にあるすべてのものは、まだスローモーなままである。
オレは風のようにすっ飛び、覆面姿と女子の間に割って入った。
そこで、時間の流れが戻ったらしい。
『キャーッ』
悲鳴とともに短剣が飛び、
ぐさっ
オレの掌に突き刺さる。
オレは意に介さず、
ぐしゃり
掌を握り込むと、
しゅーっ
短剣が溶けて地面へ流れ落ちた。
くるっ
覆面は背を向けて逃げた。
逃がすかっ!
追いかけようと思ったが、
『うううっ…』
狙われた女子のすすり泣きが聞こえたので、追跡は諦めて女の子の方へ駆け寄った。
*
認識が甘かった。
よもやピンポイントでオレを狙うとはな。
つーか、オレの存在がよほど邪魔と見える。
魔王?
……誰かは知らんが、つーか誰でもいいから後でボコってやる。
何にしても、殺しても死なないぐらい強えー身体でよかったが、問題はみんなに危険が迫ってるってことだ。
すぐに代表会議が開かれた。
一応、鐶が見張りについている。
「幸い、オレは怪我一つない」
オレは言った。
「でも、みんなの安全を考えると、エリザベスさんに頼んで見張りの兵士をつけてもらうのがいいだろうな」
「そうしてください」
藤田が震える声で言った。
怖いのだ。
今までは学校でゴブリンたちと戦った時でさえ、みんな直接的な死の恐怖は感じていなかった。
誰かが戦ってくれたからだ。
今回はみんなが狙われる可能性があるのだ。
その恐怖心は段違いだろう。
「今日は見張りを立てよう」
オレが立候補したのだが、
「ダメダメ、カイ君は怪我したばっかりなんだからね!」
美紀が有無を言わさず、オレを寝室へ連行した。
代役にはマサオが立った。
「これまでの地道な練習が実を結ぶ時がきたさー!」
とか喜んでんじゃねェッ。
……鐶の身が危ないッ!
「食らえっ!」
オレは速攻、マサオを殴り倒した。
ちろっと炎出てたかも。
見たか、嫉妬の炎の力!
「ぎゃーっ! なんてことすんだよッ!」
美紀が喚いたが、
「いや、気づいたら手が出てた、ごめん」
オレは悪びれもしない。
「この、アホッ!!!!!!!」
オレは、美紀に投げ飛ばされた。
バタンキュー。
*
気づくとオレは自室のベッドに寝かされていた。
「あ…」
美紀がオレが起きたことに気づき、心配そうにのぞき込む。
「大丈夫、カイ君?」
いや、お前がやったんだろっつーの。(苦笑)
でも、そんなことは言えるはずもなく。
怖いから。
「うん…大丈夫」
オレは言った。
「ごめん、やり過ぎちゃった…」
美紀は、何だかしょぼんとしている。
「大丈夫だ、いつもの単なるスキンシップだろ」
オレは美紀の手を取った。
引き寄せると、美紀は若干、はにかみながらオレの側に寄ってくる。
「でも、今回はケガしてたし」
「そうだな、ちょっとは状況を読め……って、オレも人のこと言えた義理じゃないけど」
マサオは今頃、夢の中で鐶を追っかけてることだろう。
…ちっ。
夢でもそんなことはオレが許さん。
またぞろ嫉妬の炎が出そうだったが、
「ごめん、ホント、ごめん」
美紀はまた謝った。
「じゃあこうしよう」
オレは言った。
「え?」
美紀は、かがみこんで後に続く言葉を待っている。
ふふ…引っかかりおって。
オレは心の中で悪役に徹しながら、
ちゅっ
軽くキスをした。
「あん…もうッ」
美紀は咎めるように言うものの、嬉しそう。
「ねえ…」
そして、すぐ『続き』と言わんばかりに目を閉じてくる。
オレと美紀はキスを交わした。
「ん…」
美紀の色気がレベルアップしてゆく。
閉鎖空間だし。
いや、オレ、キスだけで収まりそうにない勢いですよ?
「美紀」
オレは美紀の腰に手を回した。
「はい、そこまで!」
どかん。
ドアを開けて、鐶が入ってきた。
ああん。
オレと美紀の親密で濃密でラブラブなオーラがぁッ!?
「ちょっと目を離すとこれだ、チミはッ」
鐶はナイフのような研ぎ澄まされた視線をオレに向ける。
え、オレだけ?
ぐしゃっ
思うヒマこそあれ、鐶の踵落としがオレの胴体に叩き込まれました。
「ぐえ」
悶絶。
「ふん、ちょっとはスッとしたよ」
鐶は言って、
「ほら、美紀ちゃん早くしなよ」
「う、うん…」
でも…。
後ろ髪引かれる様子で美紀。
「あ、でもその前にッ」
鐶は何を思ったか、急にオレに接近し、
ちゅう~っ
オレの唇を奪ったのだった。
ちゅぽん。
なんつーかオレの周りだけ、唇奪い放題、無法地帯なんですけど。
「い、いや~ん。犯されるぅっ」
オレが思わず悪ノリすると、
しゅうしゅうっ
あ、美紀がスーパー○イヤ人になった。
すっげぇ、早いサイクルのシーソーだなあ。
ぎっこんばったん。
ラブラブしたり、体罰受けたり。
で、野球の投手フォームを真似たフルスイングパンチを食らいました。
*
でもその割りに、鐶と美紀は見張り中では仲が良いのでした。
美紀はもちろんマサオの代わり。
「ラブラブ話で盛り上がっている」
こうしてると普通の女の子たちなんだけどなあ。
いや、オレが何で知ってるかと言うと、いつもの幽体離脱で見てました。
愛しのヒルデちゃんと一緒に。
『ちっ…』
でもヒルデちゃんはご機嫌な斜め。
理由は言うまでもなく、鐶と美紀とキスした回数が増えたから。
『わかってるんなら、しないでよね!?』
ヒルデは、ジロリとオレを呪い殺すような目。
『てゆーか、『ちゃん』付けしないでよ…って、そろそろこのセリフ言うのも飽きてきたわ』
「そんなこと言ったってさー」
オレは弁解口調。
「鐶も美紀もオレのスイートハートだしィ…」
『物事には順列ってもんがあんの』
ヒルデはぶちぶちと文句を垂れる。
『王侯貴族だって、娶る女にはキチンと順位をつけてくのよ?』
「ああ、1号さんとか2号さんだっけ?」
『単語の意味はよく分かんないけど、ムカつくわね』
ヒルデは女の勘だろうか、鋭い。
でも彼女の言わんとすることは分かる。
『あたしが一番じゃなきゃイヤッ』
あ、言われた。
「あのね、オレはキミたちに順番つけるなんてできないよ。キミたちは物じゃないし」
『ま、それもそうよね』
ほ…。
オレは心の中でため息をついた。
『……』
ヒルデは、ちらとオレを見やった。
あう、待ってらっしゃるぅっ!
これは、
『キスして』
なフンイーキに他ならないっ。
うん、ボク、キス大好き。
オレの前世は、もしかして『キス魔』だったんじゃないだろうか。
「ヒルデ」
オレはヒルデの側へ立ち、彼女の腰に手を回した。
『ふん、そういうのだけは素早いのね』
憎まれ口を叩くが、頬が赤くなっている。
オレたちはキスを交わす。
『ん…』
ヒルデは頬を上気させていた。
いいですなっ!
グッドですなっ!
『また明日もちゃんと会ってよ?』
「会う会う。ボク、可愛いヒルデちゃんとキスするためなら毎日会う、死んでも会う」
『バカ、ヘンタイ、スケベ』
う~ん、その恥ずかしそうな素振りがサイコー。
「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど」
『なに? 仕事向きの話?』
「うん」
オレはうなずく。
「石炭って上流階級ではよく使われるのか?」
『高級品よ、それ。貴族とかが冬になると懐炉ケースに入れて使っていたわね』
「そうか、ありがと」
オレはうなずく。
『石炭っていえばニダヴェリール産よね』
「今はムスペルヘイムから輸入してるってよ」
『ふーん』
ヒルデは昔を懐かしんでる風だ。
「ま、限られた業種では石炭が必要とされるだろうけどな」
『どんな?』
「今使われている泥炭ではできないようなところ」
簡単に言えばエネルギー効率なのだろうか。
不純物が多いのかも。
となると、大型の機械工業とかはやっぱ石炭が必要なんだろう。
安定した高出力の火力が必要になるだろうし、蒸気機関車も石炭が燃料だったよなー。
いずれは必要になる物資だ。
『……難しすぎて何言ってるか分かんないわ』
ヒルデに話したら、
ぐるぐる
目を回しかけたので、ストップ。
基礎から学ばせないとな。
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