第5話 学校に魔族の軍勢がきました

5.学校に魔族の軍勢がきました


 翌朝。

 魔王の軍勢が来た。

 最初に発見したのは、グランドで木の実やキノコなどの仕分け作業をしていた生徒たちだった。

 幸い、誰も林へ行っていなかったので、林で攻撃をされた生徒はいない。

 ゴブリンだかオークだか分からんが暗黒の尖兵どもは、わらわらと現れて学校を取り囲んだ。

 その数、見えているだけでも500匹以上はいると思われた。


 オレらは三階の教室からその様子を見ていた。

「攻めて来ませんね?」

 バークレーが首を傾げる。

「うむ、ここは一種の城のようなものだからな」

 エリザベスが答える。

 学校の周囲には、それほど高くはないものの壁がめぐらせてあり、重い正門もある。

 最近の物騒な事件などの影響で、セキュリティーが無駄なぐらいに高まってきたのが功を奏したというところか。

 ナイス、校長!

 しかし、既に脳みそトコロテンだがな。

「林を抜けてくるとあれば攻城兵器は出まい」

 エリザベスが言った。

「トロールや魔法を使うモンスターがいなければ何とかなりますね」

 バークレーがうなずく。

 こちらの戦い方は既に固まっていた。

 篭城戦一本だ。

 一階、二階から生徒たちを避難させ、三階に集めていた。

 一階は捨て、二階の階段、三階の階段にエリザベスの兵隊たちを配置していた。

 各階北と南の2箇所に階段が設けてある。

 それ以外の場所からは上ってこれない単純なつくりの校舎だ。

 エリザベスは兵士たちを4隊に分けた。自らもその内の1隊を指揮する。

 兵士たちは荷物の中から石弓を取り出した。

 矢が尽きるまでは、これで敵を上から狙い撃ちにする。

 矢が尽きたら、今度は魔法使いたちの出番だ。

 学校内で炎の魔法を使うと火事になりかねないので、別種の攻撃魔法として、稲妻の魔法を選んでいた。

 それも尽きた場合は、白兵戦をしつつ、全生徒を屋上まで撤退させる。

「最初から屋上へ避難したらいいんじゃねーの?」

 ロン毛が疑問をはさむが、

「アホか、そんじゃ時間稼ぎにもなりゃしねーよ」

 オレは呆れてみせる。

 最初から屋上へ集まったら相手は屋上へ通じる扉を開けるだけで良いことになってしまう。

 屋上への扉は一応鉄製だがヤワな扉だ。ものの数分で壊される可能性が高い。

 その上、全兵温存の相手と戦わなければならない。

「それから敵中に飛行能力のあるモンスターがいたら、屋上にいる者を狙い討ちにされてしまうのだが?」

 エリザベスは淡々と述べる。

 だから、念のため屋上への扉にも見張りをつける。

 鐶、オレ、マサオ、それから兵士の一人。

 生徒たちの中からも運動部の男子、体格のいい男子を選んで、掃除用モップと災害用に備えられた安全ヘルメットで武装させた。

 生徒たちを守るための最後の壁だ。できればここまで戦いが及ばなければよいが。

 これで全兵力の配置が終了。

「さあこい、私の剣の錆びにしてくれるわ」

 エリザベスが言って、持ち場へ直行する。

 オレたちもそれに習った。

 後はとにかく戦うのみ。


 暗黒の尖兵たちが動いた。

 数匹が正門を乗り越えて入ってくる。


 ガラガラ。


 正門を開けたかと思うと、また数匹の尖兵が入り込んできた。

 そいつらは何かを担いでいた。


 どさ。

 

 それはグランドの地面に放り投げられた。

「……ッ!」

 エリザベスが声にならない叫びを上げる。

「あ、あれはッ!?」

 バークレーが言った。

 そう。

 ラングレーだ。

 魔王の軍勢は思ったより早く到着していたのだ。或いは運悪く遭遇したのか。

 ともかく、ラングレーはボロボロになって帰ってきた。

 もちろんピクリとも動かない。

 あてにしていた援軍はこないのだ。重苦しい事実がオレの胸に突き刺さった。


 ブォーッ


 角笛を吹くような音が鳴り響き、尖兵たちは武器を抜き放った。


 うぉおおぉっ


 野太い雄たけびがして、校舎のほうへ突撃してくる。

 その声だけで、既に泣き出している生徒もいた。

「総員、配置につけ!」

 エリザベスが声を張り上げた。

「「「やーっ!」」」

 兵士たちが、武器をかちゃかちゃ鳴らして呼応する。

 戦では勝てる雰囲気を作らなければならない。

 負ける雰囲気で望めば必ず負ける。

 戦を生業とする彼女らはそれをよく知っているのだ。


 すぐに尖兵たちが階段を昇ってきた。


 びゅっ


 石弓が放たれ、先陣を切って昇ってきた尖兵たちが倒れる。

 それが壁になり、次に昇ってきた尖兵たちを押し留める。

 また石弓が放たれた。

 石弓を持った兵士たちは交代で矢を補給する時間を稼いでいた。

 が、時折、矢を食らっても倒れないヤツや、たまたま運が良くて矢の間をすり抜けてくるヤツが階段を昇りきるが、それは剣を構えた兵士が切り伏せた。

 上から攻撃する者は攻撃しやすい。

 剣を振るって切り伏せれば良し。相手が受け止めれば蹴って階段から落としてやる。

 それの繰り返しで何とか防いでいた。


「問題はこれからだな」

 オレはつぶやく。

「え?」

 マサオが聞き返した。

「敵は次の手を講じてくるってことだ」

 波状攻撃を仕掛けるのは、戦の常道だ。

「それより、ボクの華麗なる棒術を見せるときが来たね、鐶クン」

 マサオは関係ない話をし始めた。

「いや、聞けよ、お前?」

「あんた、棒術できんの?」

 鐶はまったく信じてない。

「ウチに棒術の師匠を招いて教授してもらったことがあるのさ。物騒な世の中だしね」

「ちなみに何流?」

 マニアックなことを聞く、鐶。

「確か、神道夢……」

「それ、杖術だろ!」

 げしっ。

 鐶はマサオの後頭部を叩いた。

 いや、それで分かんなよ。

「カイ殿のおっしゃるとおり、戦はこれからよ」

 兵士が言った。

 確か、名前はガスだ。

 50がらみの男で、筋骨隆々、頼もしいことこの上ない。

「鳥系のバケモノが出てこなければいいがな」

 ガスは、顔をしかめる。

「あの手の連中は厄介だ」

「戦ったことが?」

「うむ、上空からの攻撃はかわしにくい」

「ま、切りつけるにも武器の間合いに入らないとムリだよな」

「まさにその通り」

 ガスはうなずく。

「石弓でも借りてきますか?」

「それはならん」

 ガスは頭を振る。

「前線はあっちだ。あっちの防衛が優先だ」

「そうですね」

「ま、その時はあたしに任せて」

 鐶がにたにたとしている。

 うわ、やっぱ暗器を使うんだろうな。

 とか言ってる間に、


 ケエーッ


 奇声がしたかと思うと、窓ガラスが割れた。

「いかん、ハーピーだ!?」

 ガスが素早く窓へ近寄った。


 キャーッ。


 女子の悲鳴が上がる。

「むん!」

 ガスの剣がきらめき、窓から突っ込んできた鳥のようなバケモノは叩き切られた。

 ギリシャ神話に登場する顔は人間で身体は鳥ってな風体のバケモノだ。

 大きさはカラスを一回りでかくしたくらいか。

 ぼとりと床に落ちたところを踏んでとどめ。

「まだ来る!」

 オレは窓へ駆け寄り、モップを振り回した。

 が、そう簡単に当るはずもない。

 逆に鋭い鉤爪を食らってしまう。

「どりゃあッ」

 ガスは新たに入ってきたハーピーを相手にしている。

 群をなして校舎に襲い掛かってきていたのだった。

「ボクも戦うさ!」

 マサオがやや遅れて駆けつける。

 が、実戦慣れしていないオレとマサオのモップは空振り連発。


 ひゅっ


 傍らで何かが空を切った。


 グエッ


 ハーピーが悲鳴を上げてのけぞる。

「はい、どいて、どいて! 怪我するよ!」

 鐶だった。

 手にはロープ状の武器。

 ロープの先には小ぶりだが凶悪な星型鉄球が取り付けられている。

 それをブンブン振り回して、飛び込んでくるハーピーを叩きのめしていた。

「床に落ちたら、そいつにとどめを刺して!」

 鐶が指示を飛ばす。

「おう!」

「任せてくれたまえ」

 オレとマサオがうなずいた。

 一戦闘員としては未熟なオレであるが、とりあえずは床に落ちたハーピーを叩き殺すことに専念。

 他の武装した生徒たちも、がむしゃらにハーピーを追い返そうとしていた。

 みんなで協力したこともあり、ハーピーたちは諦めて引き返していった。

 戦はまだ始まったばかりである。

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