第3話 学校を出て、林を出て見たらゴブリンかオークがいた

3.学校を出て、林を出て見たらゴブリンかオークがいた


「ゴ、ゴブリン!」

「オークだ!」

 始とロン毛が同時に叫んだ。

 見事にハモらない。

 いわゆる不協和音だな。

 とか言ってる場合じゃねーだろ。

「ゴブリンだ!」

「いや、オークだ!」

 始とロン毛は無意味に言い争う。

 ……○&D派とロー○・オ○・ザ・○ング派?

「そんな事より、どうするんだよ!」

 美紀が慌てふためく。

 おっとそうだった。

「みんな、とりあえず落ち着け。敵意があると思われたらマズイ」

 オレは生き物たちを見据えながら言った。

「まずは様子を伺うんだ」

「実はあれで趣味ガーデニングかもしれないよね」

 鐶が言ったが、誰もうなずかなかった。

「きっとベゴニアとか植えてるさ」

 いや、約一名いたな。誰かは言うまでもない。

「刺激しないように大人しくしてよう」


 うん。

 うん。


 みんな、素直にうなずいた。

 ゴブリンだかオークだかは、こちらには気づいてるようで、時折こちらの方を見ている。

 今のところ襲ってくる気配はない。

 何でだ?

 その理由が思い当たらない。

 突然、高らかにラッパの音が鳴り響いた。


 げっ。

 オレはうめいた。

 戦じゃんか。

 相手は?

 見ると小高い丘の向こうから甲冑を身に着けた一団が、わっと現れる。

 現れたと思ったら皆、一斉に暗黒の尖兵たちへ突撃。

 一団は20名程度。

 対する暗黒の尖兵たちは、100匹以上。

 数では圧倒的に負けてるが、それを物ともせずってな感じの行動だ。

 前面にはでかい盾を構えたヤツらが、後方には軽装の鎧を着た杖を持ったヤツらの姿が見えた。

「あれって魔法使い?」

 鐶が訊いた。

「多分な」

 オレはうなずいて解説してやった。

「盾を持ったヤツらが敵の攻撃を防ぎつつ突っ込んで、後ろの魔法使いが攻撃魔法をガンガン打ち込む戦法だろうな」

 そして敵陣を突き破り、今度は体勢の整っていない敵の背後を叩く。

 予想は当った。

 魔法使いたちが励起していた魔法を敵陣へ叩き込む。炎の魔法だった。

 敵陣で連続して爆発が起こり、その余波として熱風と炎が自分たちにも及んだが、なぜか平気で駆け抜けて行った。

「レジスト・ファイア」

 耐火の魔法だな。

 事前に味方全員に掛けておいたのだろう。

 ということは、つまり…。

 短期決戦。

 全力を傾けて相手を打ち破り大勢を決する気だ。

 暗黒の尖兵たちは炎に焼かれ、混乱の極みに達していた。

 闇雲に攻撃を仕掛けるヤツ。……デカイ盾で防がれてしまう。

 逃げ惑うヤツ。……逃げ切れる間合いではない。

 一団がぐるりと転回して、再び突撃を掛けた。


 ごわん。

 ごわん。


 どごぉっ。

 どごぉおんっ。


 打ち込まれた炎の魔法が、敵陣で爆発炎上した。

 一方的な殺戮。

 戦では、優位に立った者がそうでない者を叩く場合、往々にしてそうなる。


 うわあっ。


 暗黒の尖兵たちは恥も外聞もなく逃げ出した。敗走である。


「なあ、あれ、人間か?」

「そう見えるけど」

 ロン毛と始が言った。

「人間なら助けてもらえるかもな」

「やった、これで食糧危機とはおさらばだ!」

 おめでたいヤツらだ。

「喜ぶのはまだ早い」

 オレは努めて冷静に言う。

「まずはどんな連中かを見極めるのが先だ」

「で、どうする?」

 若干の間の後、ロン毛が訊いた。

「とりあえず挨拶をしてみよう」

 オレは躊躇することなく言い、一団の方へ歩み寄って行った。

 他のメンバーも恐る恐るオレの後を着いてくる。

 若干距離があるので、殺戮現場まで1、2分かかった。

 一団の面々は、ぎょっとしてこちらを振り向いた。

 が、いきなり襲ってきたりはしなかった。

 ただ、オレたちを見て警戒している様子である。

 あちらからすれば、どこから来たのか、何者なのかも分からないだろうしな。

「こんにちは」

 オレは笑顔で挨拶をする。

 先手が基本だ。

「……何者だ?」

 甲冑武者の一人が言った。

 不思議なことに相手の言ってる事が分かった。

 異世界召喚ファンタジーにありがちな、いわゆる『言語は通じる』現象だろう。

 若干、甲高い声。

 背丈は高くがっしりしてるが、他の武者たちと比べると体が丸みを帯びており、女性のようだ。

「オレはカイといいます。オレたちはこの先の林の中から来ました」

「林? ……あそこには村も集落もないはずだが」

 隣の甲冑武者が首を傾げる。

 こちらは間違いなく男。

「オレたちは突然ここに来てしまいました」

「……どういう意味だ?」

 最初にしゃべった女武者が聞き返す。

「つまり、オレたちはどこか別の場所から、ここに来てしまったということです」

 オレが繰り返し説明すると、


 おおっ。


 歓声にも似た声が一団から沸き起こった。

「お告げの通りだ」

「天の御使いが降臨なされた」

 驚きが多少なりとも含まれていたが、マイナスイメージが含まれていない。

 オレは直感的に分析する。

 相手の利害に合致した存在とみなされたようだが、これはいい傾向とは言えない。

 なぜなら、相手の思惑に沿った事をやらされる可能性があるからだ。

 例えば、伝説の勇者とかいう存在なら、魔王を倒してくれ! ってな展開になるってことだ。

「オレたちが、その御使いってのかどうかは分かりません」

「そうだな」

 女武者がうなずく。

「失礼とは思うのだが、念のため、センス・エビルを掛けさせてもらえるとありがたい」

「どうぞ」

 オレは即答。

 ここで拒絶してしまうと、オレらの立場が危ういものになる。

 すっと、後ろから魔法使いと思しき軽装の兵士が出てきて、

「聖なる神よ、その御眼力をもって邪悪なる者を看破せしめ給え」

 呪文のようなものを唱えた。

「この者らは邪悪な心の持ち主ではありません」

 魔法使いは女武者に伝える。

「ご苦労」

 女武者はうなずく。

「私はエリザベス・フォン・フェアリーテイル。アルヘイムのフェアリーテイル家だ。そなたらは、これから予言された『天の御使い』と目されることになる」

「それはつまり…」

 オレは言葉を詰まらせた。

「そう、我々に同行してもらおう」

 エリザベスは有無を言わさない口調。

「でも、オレらの仲間が、まだ90数名ほど林の中にいるんですけど?」

「なにっ!?」

 エリザベスは驚きを顕わにした。

「お告げでは、そんなに大勢現れることになっていたか?」

「いえ、エリザベス様、お告げでは御使いの数は言及されてませんね」

 魔法使いが肩をすくめた。

「うわー、そんな人数抱えて旅することなどできぬわっ」

 エリザベスは叫んだ。

 どんどんと地団駄を踏んでいる。

 な、なんだ?

 突然キレたぞ。

「失礼、御使い殿。エリザベス様はストレスが溜まっておられるので」

 魔法使いが弁解する。

「くおらっ、バークレーッ!」

 エリザベスは、魔法使いに食って掛かった。

「だーれーがぁ、ストレス溜まって爆発寸前かっ!?」

「拙僧、そこまで言ってませぬが」

 魔法使い(僧侶?)はバークレーという名前のようだ。

「うるさい、うるさい、うるさーいっ!」

 エリザベスはわめき散らした。

 みんな、ぽかーんとエリザベスを見ている。

 ピ○ピ○ド○ーンって、オ○ムが大○火しそうな感じだ。

 怪○君ですか。

 何があったんだろう、よく分からんが、あまり立ち入るべきでもないしな。おいおい分かることだろうが。

「あの、まずはこちらの事情を話します。その後で教えてくれませんか? お告げのこととか、さっき戦っていた相手のこととか」

 オレはやはり冷静に言った。

「よかろう」

 エリザベスは喚き終わって、ある程度すっきりしたのか、うなずく。

「ここでは何だ、そなたらの仲間のところへ案内してくれ」

「はい」

 オレは同意した。

 どのみち、いずれは生徒たちに会わせなければならなくなるしな。

 林に戻ることになった。


 学校の正門をくぐり、グランドを横切って校舎に入る。

 職員室に接客スペースがあるのだが、脳みそトコロテン状態の教師たちがうろうろしてるので、代わりに体育館を使用した。

 椅子を運んできて、一団に座ってもらう。

 鎧が重いので椅子が持つか心配だがないよりはマシだ。

 しかし、学校にファンタジー系の人物がいると不気味だ。

 マジ合わねー。

 文化祭の仮装でもこんなのない。

「という訳で、オレたちの居た所には、学校という教育機関があって子供はそこに通うのが義務とされているんです。オレたちはその学校に通っている生徒なんです」

「ふむ、ミッドガルドにも学校機関はあるが、義務ではありませんなぁ」

 甲冑武者の一人が言う。

 ミッドガルド。

 アルヘイム。

 ……北欧神話系の世界なのか?

「お話を聞いていると、相当に体系化のなされたところのようですね」

 バークレーがしきりに感心している。

「さすがは天界だ」

 そうきたか。

「いえ、恐らく、バークレーさんの考えているような天界とは違う世界ですよ」

 オレははっきりと言い切った。

 ここで幻想をもたれてしまうと後々、困ると思ったからだ。

 オレらが彼らの都合の良い力を持っていると解釈されたら怖い。

「オレたちの世界でも、戦乱や混乱はあります」

「なんと…ッ」

 みんな、本気で驚いている。

「平和な国は世界でも数えられるぐらいしかありません」

「ふん。現実はそれほど甘くはないわッ」

 エリザベスが鼻を鳴らした。

 まだ機嫌は悪いままだった。

「そもそも『天の御使い』などという、お伽話を素直に信じる方がどうかしている」

「またそういう事をおっしゃられる」

 バークレーは苦笑した。

「事実ではないか」

「そうは言っても我々は教会に従うべきですよ」

「ふん」

 エリザベスは顔を背けた。

 兜を脱いでおり、素顔をさらしている。

 金髪。

 りりしい眉と口。

 目は切れ長。

 鼻先はすっとしている。

 とりあえず美人。お約束だな。

「ではこちらの番だな」

 エリザベスは律儀に言った。

「まずは『お告げ』ってのを教えてください」

 オレが言うと、

「うん、それには我々の教会を知ってもらう必要がある」

 エリザベスは傍らのバークレーを見た。

「教会は天の神を信仰しております。教会には多数の司教がおり、大司教がトップです。で、先の大司教が命を賭して行ったのが『お告げ』です」

 バークレーは言った。

「『お告げ』は要するに霊感を最大限に高めるために五穀を断ち、身を清め、祝詞を唱え続けて300日、精神がピークに達した時に聞こえてくるといいます。先の大司教はそれを実行し、『天の御使いが降臨する』と言い残して世を去りました」

「……天に召されたということですね」

「そう。我々はそのお告げに従い、事の真偽を見極めるために、新たな大司教に使わされました」

 ふーん。

 その過程で何か揉め事があったのかもな。

 面倒な仕事を押し付けられたってところか? エリザベスのさっきの態度とか言動から推測するに。

「さっき戦っていた相手については?」

 オレは次の質問に移る。

「あれは魔王の軍勢よぉッ」

 武者の一人が唸った。

 他の武者たちも、『チッ』だとか『ケッ』だとか恨みと蔑みの篭った言葉を漏らす。

「魔王?」

「魔族の王だ」

 エリザベスは淡々と述べた。

「魔族は我々人間の敵だ。人間を奴隷化し、あまつさえ食べる者さえいる。強大な軍勢を率いて諸国を侵略し、版図を拡大している。魔王の軍勢もそなたらを狙ってきたのであろう。魔王もお告げに匹敵する予知能力を有すると聞く。『天の御使い』であるそなたらが我々の手中にあれば、我々ミッドガルド人の結束が高まる、魔王にとってはやりにくくなるわけだ」

 つまり、オレらを取り合っているってことだな。

 となると一刻も早く人間側に着いて保護してもらう必要があるな。

 でも、天の御使いとしての力を期待されているので、そこが難しいところだ。

 オレらみたいな一般生徒に何が出来るかを考えないとな。

 今は話の内容に集中と。

「兵法ですね」

 オレは言った。

「なんだそれ?」

 エリザベスは首を傾げた。

「正々堂々、正面から戦うのではなく、事前に相手の体勢を弱めてそこを打つ」

「まあ、そういうことだな。卑怯くさいが」

 エリザベスは眉をしかめた。

 かなりフェアプレー精神が強いようです。どっちかってーと、珍プレー気味に思えるけど。

 対する魔王の軍勢は卑怯なやり方を嫌わないということだな。 

 てことは、魔王軍はまた攻めてくるな。

 今の説明の内容だとオレらなんかいない方がいいわけだから、抹殺指令でてるんじゃないかね。

「そうなると、オレたちは魔王に狙われてるってことですね」

「そうだな」

 エリザベスは、うーんと頭を悩ませている。

「オレたちは死にたくありません。なんとか力を貸して頂けますか?」

「もちろん、我々にはそなたらを守る必要がある。でも、防衛戦となると何時まで持つか分からん」

「魔王の軍勢が来る前に移動するってのは?」

「この人数では追いつかれるな」

 そうだな。

 学校に篭っても城じゃないから、すぐに陥落するだろうし。

 移動しても追いつかれてしまう。それだけならいいが、他にも軍勢がいたら挟み撃ちに合う可能性だってある。

 防衛しつつ援軍を呼びに行くってのはどうかな?

 ミッドガルドまで、どんだけかかるのかは分からんが。

 オレは提案してみた。

「ミッドガルドまで行くには徒歩では3日以上かかる」

 エリザベスは言った。

 そんなに持たないよな。

「エリザベス様、この領地を治める諸侯方に援軍を要請すれば何とかなるでしょう」

 バークレーが言ったが、

「ぐっ……」

 エリザベスは難色を示した。

「あのエリックにかッ!」

「そう、あのエリック男爵に、です」

「ぐ…し、しかたない、援軍を要請するしかないか」

 エリザベスは歯軋りしながら、渋々承知。

「すいません、エリザベスさんを困らせてしまうことを言ってしまいましたか?」

 オレはとりあえず謝る。

 あまりストレスを与えるとまた爆発するかもしれないからな。

「いや、良いのだ」

 エリザベスは何とか耐えていた。


 それから地理を教えてもらった。

 この場所は隣国との国境にあたり、地方豪族とでもいうのかミッドガルド国に友好と儀礼を示す諸侯が治める領地だとのこと。

 隣国が魔王の軍勢に蹂躙されかかっており、魔族が頻繁に入り込んでいるのだとか。

 それなら魔王の軍勢を追い払う事には協力してもらえるかもな。

 オレは単純に思ったのだが、エリザベスは何だかその諸侯に対して個人的なモヤモヤがあるらしい。

 話し合いはここで一旦打ち切って、食事をしてからということになった。

 食事の準備をしている間、エリザベス一行様には体育館にいてもらうことにした。

 その間にオレらは生徒会室で代表者会議。

「いきなり大ピンチじゃん」

「魔王の軍勢だしな」

「こえーオレら食べられちゃうじゃんか!」

 代表者たちは話を聞いてすぐにパニックに陥った。

「いや、現地人のバックアップを得られたから、それまで持ちこたえれば大丈夫だ」

 オレはみんなをなだめる。

「それ、いつ来るんだよ?」

 ロン毛が批判めいたことをいうが、

「諸侯のエリック男爵とかいう人のところへは半日かかるからな、行って半日、戻って半日で計一日もてばいい。魔王の軍勢が何時来るかはわかんねーから、食事が終わったらすぐに援軍の要請をしに行ってもらう」

 援軍の要請を伝える使者は一人だけ。

 エリザベス一行から選抜してもらおう。

 オレらが行っても地理が分からんからな。

 残りの人間は、防衛に当る。

 そのような内容をみんなと話した。

 みんな険しい表情だったが、最終的には同意した。

 それをクラスに持ち帰ってさらにクラスの生徒たちへ説明する。

 クラス単位では、予想していたほどのパニックには陥らなかった。

 ただ、理不尽な情勢に追い込まれたことにより、一部の生徒たちが泣いたり、悔しがって八つ当たりしたりというのは見られた。

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