第28話

8-1


ウィルヘルムは補給を終えた途端に、戦端を再開した。

ボインの街に押し寄せる。


エリン歩兵隊は防衛戦に専念した。

エリン中の火薬、弾薬、兵士をかき集めているが、街に籠もってマスケットを撃つだけに留めた。

長期化させて相手がまた補給に困るようにとの考えである。


対するウィルヘルムは何度もボインに侵入しようと試みた。

闇夜に紛れて潜入してくる。

その度にエリン歩兵隊に見つけられて戦いになった。

そして、ウィルヘルム兵は敗走を重ねた。


ウィルヘルム側としては被害を嫌っていた。

補給の厳しさが影響している。

ウィルヘルム内の工廠だけでは弾薬と火薬の製造が追いつかないのだ。


「うーむ」

ライアンは唸った。

実際に戦ってみて、その難しさを感じている。

メルク戦の時に火薬と弾薬を使用しすぎている。

その残りに急遽生産を急がせて何とか間に合わせているが、火薬は製造に時間がかかる。

なので硫黄、硝石を輸入している。

これが止まれば終わりだ。

それから鉄が急激に必要になった。

戦をするには、元々から補給が大事であるが、それが更に強まったのだ。


「早めに終結させるべきですね」

家中の者が忠告した。

ベンである。

「仕方ない、チャーリー殿を諦めるか…」

ライアンは残念そうにつぶやくが、

「それはいけません」

別の家中の者が言った。

スティーブンである。

ベンが睨み付けているが、スティーブンは知らん顔だ。

「今、攻撃の手を緩めればエリンは今以上に我らを軽く見ることでしょう」

「しかし、補給はどうする?」

「帝国に求めれば良いかと」

スティーブンは答える。

「それから、海軍を用いてエリンの補給を阻害すべきです」

「ふむ、しかし、プルーセンはやる気がないようだぞ?」

「プロトゥゲザに話を持ちかけてはどうでしょう、ヤツらは先の帝国戦でエリンにやられてましからね」

「……考えてみよう」

ライアンはうなずいた。



バズヴがモーリアンを曳航し、チュールが護衛する。

アルスターへ戻ってきた。

チュールは弾薬、火薬などを積んできている。

護衛船というが、実際は輸送任務の方がウェイトが高い。


もちろん、金はかかる。

物資を購入したいのはエリンなので、足元を見られる形だ。

相場より少し高い価格になる。

フロストランドではこうやってふっかけてくるものの、それを更に他の形で他国へ返して行く方針をとっているようだった。

マスケットがその一つである。

マスケットを普及させたのは、他ならぬフロストランドだ。

最初はメルクに、それからウィルヘルムへ。

そして、周辺国へ。

戦の様式は一辺した。

これまでとは違う火力、消費が負担になってきている。

この負担が、また商売となる。

ブリジットにはよく分らなかったが、既に回り始めたものはそう簡単には止められない。

あちらの世界から来た者が、そうなるように仕向けた。


「ま、考えても仕方ないか…」

ブリジットは考えることを放棄した。

エリンは、それらを利用して儲けられればいい。

その結果どうなるかは考えても仕方がない。


とにかく補給物資が届いたので、荷駄にてボインまで運ぶ。

船団は、港でその指揮をしていた。

既に幹線道路ができているので、輸送は簡単だ。

物資は、すぐに到着した。


歩兵隊では、物資が到着して万全の状態でウィルヘルム兵を迎え討つことができるようになった。

「物資も到着したし、こちらから打って出よう」

マカヴォンが言った。

攻撃を仕掛けるつもりだ。

「相手に打撃を与えて、引かせられたら……」

「ウィルヘルムが引けばいいんですけどね」

部下が心配そうに言う。

「そうだな」

マカヴォンはうなずいた。

「だが、何かしらしなければ相手は諦めない。それにこちらの意思を見せなければな」

「我慢比べですか」

「うむ」

マカヴォンはまたうなずいた。

まるで自分に言い聞かせているようでもある。


エリン歩兵の攻撃が行われた。

今度は戦列を作らず、5名でチームを作り散開して攻撃した。

散兵戦術というヤツである。


ウィルヘルム兵のキャンプでは、攻撃を予測していなかったようで、すぐには反撃できなかった。

今まで攻撃をしかける側だったのだ。

攻撃されるとは思っていなかった。

「迎え討て!」

ウィルヘルム兵は叫んだ。

「撃て撃て!」

「おらー!」

マスケットを手に取り撃ち返す。

バヨネットを装着して、突き刺す。

たちまち乱戦状態に陥った。


「怯むなー!」

エリン歩兵はキャンプへ突入していた。

最初は優勢だったが、次第に相手が盛り返してくる。

敵味方入り乱れて戦う。

双方、制服が異なるので見分けられるが、そうじゃなかったら同士討ちが発生するだろう。

戦いは激しさを増してゆき、ウィルヘルム兵は撤退を始めた。

ライアンたちは最初に逃げていた。

隊長以下、幹部クラスは残って戦いを続けている。

その間に部隊はキャンプを捨てて撤退をする。

「引けー、引けー」


「逃がすなー!」

エリン兵が食い下がる。

味方を逃がすのに、ウィルヘルム隊の隊長とその部下たちは死ぬ覚悟であった。


戦いが終わって見ると、隊長以下数名は死亡していた。

名誉の戦死である。



マカヴォンと部下はキャンプを見回っていた。


「慌てて逃げたせいで、物資が置きっぱなしですね」

部下がウィルヘルムの物資を見ながら言った。

「早速、見返りがあったな」

マカヴォンがうなずく。

「物資はそっくり頂く」

「ちゃっかりしてますね」

「死亡者が多く出ているからな、せめて物資だけでももらっておかなければ」

「そうですね」


キャンプは撤収することになった。

歩兵隊の兵士たちがテントやら何やらを畳んでいる。

すべての物資を運び出した。



ウィルヘルムの新キャンプでは敗戦ムードであった。

が、ライアンはまったく我関せずであり、ムードに関係なくノンビリしている。

「勝敗は兵家の常だよ」

ライアンは言った。

「まだ勝負は途中じゃないか」

この間まで「チャーリーは諦めるか…」とか言ってたのはおくびにも出さず、

「これから巻き返せばいいさ」

と、うそぶいた。

「しかし、物資をおいてきてしまいましたぞ」

隊長が死亡したので、隊長代理に就任したジョン・ドゥースが言った。

「物資なぞまたもらえばいい」

ライアンは涼しげな顔をしている。

「既に手配済みだ」

「では、それが届き次第、攻撃を再開しましょう」

ジョンは渋々ながらうなずく。

「うむ、それから、プロトゥゲザに協力を乞うている。じきに船でエリン海岸を攻撃してくれるはずだ」

ライアンは自信たっぷりに言った。

「それは心強いですな」

ジョンは相づちを打った。

正直、どうでもよかったが、攪乱にはなるだろう。



しばらく睨み合いが続いて、ウィルヘルムは急に攻撃に転じた。

物資が届き始めたのである。

同時に、アルスターの港へ小型の金属船が現れた。


小型金属船は15隻であった。

帝国のペトルスが指揮を執っていた。

前回の雪辱戦である。

プロトゥゲザは帝国の海兵として名高い。


「今度は前のようにはいかんぞ」

バシッ。

ペトルスは拳を掌に叩き付けた。



ディーゴン船団では、プロトゥゲザ船が現れた途端に大騒ぎとなった。

「敵だ!」

「敵だ!」

「よし!」

全員、退屈していたらしい。

ギラギラしている。

「おい、まだ戦うと決まった訳じゃ…」

ブリジットが言ったが、

「何言ってんですか、相手が向こうから来たんですよ、戦うっきゃないでしょ」

ダブリンは既に戦うものだと思っている。

「……ホント、ウチの連中って」

ブリジットはため息。

自分もそうなのは置いといて、管理者としては下の抑えつけに苦労する。

「とにかく、今は待て」

「了解」

ダブリンはわざとらしく言って見せた。



プロトゥゲザ船は、アルスターの港を囲むような位置を取った。

一列に並び、そして大砲を上に向けて撃つ。


「宣戦布告だ」

ブリジットは言った。

「ウシュネッハへ伝令を飛ばしてくれ」

「了解です」

ダブリンが伝令を仕立てた。


皆、船に乗っている。

こちらは、モーリアン、バズヴ、チュールの3隻だ。

出陣の合図待ちだ。

「出陣だ!」

「おう!」

皆、戦の興奮に身を任せている。


エリン&フロストランド船は、散開して敵船にあたった。

味方3隻で敵船15隻を相手にするので、味方1隻あたり敵船5隻を相手にする事になる。

今回はプルーセン戦の時のような手は通じないと考えるべきだろう。


プロトゥゲザ船は逃げ回って翻弄してくる。

これは予想していた。

「作戦Aだ」

ブリジットは手旗信号を送った。

「了解」

「了解」

バズヴ、チュールから返事。


作戦はこうだ。

個別に追い回しても逃げられる。

なら、最初からこちらの船を並列にすればいい。

相手の攻撃は効かない事は分っている。

被弾は覚悟の上である。

それよりも戦列による砲撃を優先する。

動き回って逃げる相手には、砲弾の弾幕を浴びせる。

ただし、3隻しかいないので弾幕は薄い。

タイミングを合わせる必要がある。


どーん!

どーん!


プロトゥゲザ船は頻繁に砲弾を撃ってくる。


ばしゃーん。

ばしゃーん。


砲弾が近くに落ちた。


「行けー!」

モーリアンを中心に3隻は相手を追ってゆく。

相手は逃げ回り、翻弄してくる。

「くそー、軽々と逃げやがる」

ダブリンが悔しそうに言った。

「せいぜい調子づかせとけ」

ブリジットは気にしてる様子はない。

しかし内心では焦りを感じている。

「うらー、行けー」

ブリジットはグルグル腕を回している。

「わはは、行け行けー」

「追い込めー!」

コミカルな動きが、乗組員の笑いを誘った。


「撃て、撃て!」

ペトルスは部下に命じて大砲を撃ちまくった。

何発かは当たっているものの、船が大きいため効いていない。

「乗組員に当てないとダメだな」

ペトルスはつぶやいた。

「もっと撃て!」

「へいッ」

部下たちが叫ぶ。


両者とも全開である。


プロトゥゲザ船は逃げ回りながら大砲を撃ちまくった。

撃ちまくるしかない。


対するエリン&フロストランド船は、戦列を維持したまま追い詰める。

相手を逃がさず追い詰めるしかない。


しばらく逃げる、追うを繰り返していたが、ある時、


「ここだ!」

ブリジットが叫んだ。

「展開!」

手旗信号で味方船に伝える。

すぐにモーリアン、バズヴ、チュールがさっと横向きになる。

船横を敵に向けた。

「撃てー! 一斉射撃だー!」

ブリジットが叫ぶと、


どーん!

どーん!

どーん!

どーん!


横向きになった船体から大砲の一斉射撃が行われる。

3隻同時に一斉射撃をする。

8門、8門、4門の合計20門だ。

これにはプロトゥゲザ船はひとたまりもない。

砲撃を受けて5隻が撃沈した。

沈み行くプロトゥゲザ船から乗組員たちが飛び降りる。


「……」

ペトルスは沈黙した。

雪辱戦だ。

今回は逃げるわけには行かない。

決断の時である。

「全船、突撃!」

ペトルスは命令を下した。

体当たりを敢行する。

「帝国に栄光あれ!」


「撃てー!」

体当たりをしてくる敵船に一斉射撃を続ける。

モーリアンとチュールがガトリング砲を撃ちまくった。

弾幕を張って敵船を撃破する。

8隻が撃沈。

残り3隻が体当たりを行ったが、味方船は沈まなかった。

モーリアンに2隻、バズヴに1隻とぶつかってきたが、威力不足であった。

チュールは中型船なので狙われなかったようだった。

外す確率を考えたら大型船のモーリアンとバズヴに専念したようだった。


しかし、モーリアンとバズヴは航行不能になった。

モーリアンは修理したばかりである。

浸水を防ぐために乗組員は大忙しである。


ペトルス以下、プロトゥゲザ船の乗組員たちは救助され、捕虜となった。

この辺は、いつもの流れである。


「また修理か…」

ブリジットは頭を痛めている。

「戦の度に修理とか、自分たちで修理できるようになるべきだな」

「あ、そうですね」

ダブリンは、うなずいている。

あんまりものを考えていないようだ。

(なんも考えてない…ある意味羨ましいな)

ブリジットは思ったものの、多くの船団員はこんなもんだ。

上の言うことを忠実にこなすヤツらが多い。

(それはそれで、いいんだけどな)

ブリジットはそう思うことにした。

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